第11話
敵意を剥き出しにして、今にも龍崎を切り殺しそうな迫力があった。
「な、なんだお前、オレは勇者一門、龍崎家嫡男! 龍崎辰馬だぞ! 魔族の分際でオレの前に立つな!」
あからさまな挑発に、だけど桜月は、むしろ敵意を鎮めた。というより、敵意を向けるにも値しないと判断したように、視線が侮蔑のソレに変わる。
「大海を知らない井の中の蛙が虎の威を自身の力と勘違いしているわけか。こんな自惚れ屋のタカビー野郎が幅を利かせているようじゃ、人間国で暮らす朝俊の苦労が忍ばれるよ」
「なっ!? きさっ、撤回しろ、このオレがカエルだと!?」
一瞬、激昂しそうになるも、姫様の顔をチラ見してから、龍崎は言い直し、取り繕った。
「撤回する必要はない!」
力強く宣言して、桜月は言い切った。
「素人に銃を持たせてクマに勝てる? コナタの眷属になるだけでレヴナント幹部を倒せるなら苦労はない。そもそも、逃げずにネグロと戦ったのは朝俊だけだ! コナタは手助けをしないと言った。朝俊は初陣だった。それでも、彼はネグロ相手に一歩も退かず戦った! 魔力が借り物だから勝って当然? そう思う奴は明日、魔力バッテリーを全身に巻き付けて戦えばいいさ!」
桜月の親指が、自信たっぷりに、背後の俺を向いた。
「たとえ魔力がコナタからの借り物だろうと、彼の勇気は本物だ! お前如きボンクラ風情が、コナタの眷属を愚弄するなッッ!!」
――桜月……。
彼女の言葉に、俺は涙腺が熱くなった。
今まで、こんなにも他人からかばわれたことはなかった。
昇進なんてどうでもいい。でも、彼女を裏切りたくないと、奥歯を噛みしめて決意した。
女帝の風格すら漂う、威厳ある桜月の口調に、広場は水を打ったような静寂に包まれた。
本物の姫である帝宮神楽様でさえ、桜月に瞠目していた。
一方で、龍崎は額に青筋を浮かべながら、勇者にあるまじき鬼面で震えていた。
「それに、さっきから新人伍長が魔界軍少将のコナタに、随分と偉そうな口を利くな。お前は戦場に出る前に常識を身に着けたらどうだ?」
「黙れ! 神に背きし邪悪な魔族が、オレら人間と対等なつもりか! 勘違いするなよ。誰もお前のことなんて信用していない! レヴナントを滅ぼしたら次はお前らだ! 当代の勇者の力を思い知らせてやる! だが、今はその前に眷属だ!」
龍崎は、姫様へと首を回すと、表情を改めて進言した。
「姫様! どうかわたくしめに、この男の化けの皮をはがす機会を! 魔族の眷属が勇者よりも格上となれば末代までの恥、ひいては初代様に顔向けができません! この男と決闘し、わたくしめが勝った暁には、この男の軍曹昇進を取り消し、武功一番の証であるMVPの誉れはこの龍崎辰馬に!」
龍崎が怒涛の勢いでまくしたてると、広場に集まった生徒たちも、口々に後押しした。
「そうだ! 魔族の眷属が軍曹なんておかしいぞ!」
「姫様! 勇者様に汚名返上のチャンスをあげてください!」
「水属性のくせにインチキしてんじゃねぇよ!」
これが集団心理なのか、みんな強気になって、ステレオタイプの魔族のイメージを妄信して、口々に桜月と俺を非難して、龍崎の弁護を始めた。
対する姫様は、眉間にしわを寄せ、やや悩んでいる様子だった。
けれど、黙考の末に、毅然と胸を張った。
「いや、私の決定に変更はない。ネグロ討伐の功は紛れもなく、桐生朝俊のものだ」
「姫様!」
意外な決定に俺が驚く一方で、龍崎は食い下がるように声を上げた。
すると、あらたな闖入者が、俺らの間に割って入ってきた。
「まぁいいじゃないか神楽。平等主義もいいけど、民意を汲み取るのも王族の役目だぞ?」
いつの間にか壇上に上がってきたのは、姫様と同じ金髪で、長身の男性だった。
年は、二〇代前半だろうか。
――この人も、確かテレビで見た気が……。
姫様の表情が曇る。
「兄様、何故ここに? 兄様が指揮する第一連隊の論功行賞は終わったのですか?」
思い出した。この人は人間国の王子、帝宮天承(みかどみやてんじょう)だ。
女性ファンは多いみたいだけど、なんだか偉そうで、俺は好きになれない。
姫様の反応を見る限り、兄妹仲は良くないらしい。
「そんなことはどうでもいい。それよりも神楽、兵が仲間に疑念を持ったままでは士気にも関わる。ここは士気を維持するためにも一度、新進気鋭の魔英雄殿と未来の勇者様に決闘をしてもらうべきじゃないかな?」
「それには及びません。この非常時に身内で決闘など愚かにも程があります」
「まぁ硬いことを言うなよ」
自分から問いかけておきながら、王子は姫様の主張を封殺して、デバイスのマイク機能を使った。周囲のデバイスに、自身の声を増幅させて拾わせる効果がある。
「人間国第二王子、帝宮天承の名の下! 桐生朝俊、龍崎辰馬の決闘を承認する! 日取りは明日の午後三時、場所はこの国営公園! そして見事、勇者龍崎辰馬が勝利した暁には、彼に軍曹の地位を与えよう!」
広場は拍手喝采だった。
誰もかれもが王子の強引な決定を英断とばかりに褒め称えている。
この異常で気持ちの悪い空間に、だけど俺は怒りや悲しみよりも、熱い闘志に燃えていた。
やってやると。
のぼせ上ったこの三流勇者をボコボコにブチのめして、桜月の眷属がどれだけ凄いかわからせてやる。
そんな、らしくもない好戦的な想いに駆られていた。
「これで決まりだな使い魔野郎。いいか、間違っても逃げるんじゃないぞ」
姫様の前なのに、龍崎は少し本性を垣間見せた。
それから、龍崎と王子は目配せをし合った。
どうやら、二人は懇意らしい。
平等主義の姫様と、エリート主義の王子、そんな、正義と悪の構図を察しながら、俺は桜月のために頷いた。
「逃げないさ。桜月にいいところを見せる絶好のチャンスだからな」
俺と龍崎は剣呑な視線をぶつけ合い、互いに一歩も引かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます