第8話 主人公無双! それでこそコナタの眷属だよ。いいこいいこ

「液体の盾で防いだ?」


 ネグロは、訝しむように声をくぐもらせた。

 その疑問に答えるように、桜月は得意げに語った。


「岩や氷の【個体】の盾は、まるごとひび割れ砕けて攻撃が貫通してしまう。でも、液体の盾は砕かれない。敵の攻撃をまるごと飲み込んで、横から水圧を加えて、軌道を変えられる。水は森羅万象全てを防ぐ万能障壁だよ!」


 桜月が指をさして言い切ると、ネグロは復元した右腕の調子を確かめるように拳を開閉した。


「なるほど、やはり君は危険だ……今、この場で始末させてもらおう」

「けっこうな自信だね。コナタの眷属の力がまだわからないのかい?」

「気遣いは無用。遠間が効かぬなら、直接切り伏せるまでだ」


 ネグロが右手を一振りすると、一瞬で巨大な鎌が出現した。

 俺は驚いて、悲鳴を上げるように叫んでいた。


「お前、リッチじゃないのか!?」

「魔法を得てとするリッチが、戦士であってはならぬと誰が決めた? もっとも、魔法も使わせてもらうがね」


 やや皮肉めいた口調で、ネグロが嘲笑すると、その身体から黒が奔った。

 夜の闇なんて比べ物にもならない、明かりを失った地下室のような漆黒の闇が、辺りを包み込んだ。


「桜月! そこにいるか!?」


「大丈夫だよ朝俊! これは闇魔法だ。周囲の光が全て消されているだけだ! 落ち着いて対処して!」


「落ち着いてって言われても……」


 当たりは、本当に何も見えなかった。目を閉じている方が、まだ光を感じる。

 視界のない視界の中で、ネグロの声が、不気味に鼓膜をなでた。

「生ある者は光に頼る。だが我らレヴナントは、命の声を聞く。君の所在は明白だ」

「俺だって、足音を頼りにすればお前の位置はわかるぞ!」

「ならば、こうしよう」


 タンッ、と地面を蹴る音がした。


 跳ばれた。まずい。


 音もなく落ちて来られたら、攻撃のタイミングがわからない。

 高く跳んだなら、真上か。

 いや、浅く弧を描くように跳んだなら、ほぼ正面からだ。


 それもフェイントで、ネグロが空を飛べたら、真後ろからくる可能性もある。


 あてずっぽうに過熱水の砲弾を放って、桜月や同級生に当たったら、取り返しがつかない。


 積んだ。

 無理だと、勝てないと、俺は心が挫けた。


 せっかく桜月のおかげで魔法を使えるようになったのにこれが現実。

 やっぱり、俺の人生が好転することなんてないんだ。

 そうして、俺が勝つ方法を考えずに自虐に走ると、頭の中に、桜月の声が響いた。


 ――朝俊!

 ――桜月!?


 テレパシー? 眷属ってそういうこともできたのか?


 ――スカしたあいつを、罠にハメてやれ!


 戸惑う俺を導くような、自信に満ちた声に、意識が覚醒した。

【罠】という単語に、彼女の言葉を思い出して、脊髄反射に近い速度で過冷却水のドームを張った。


 直後、背後から着水音が鳴った。


「そこだ!」


 振り返りながら、右手でアクアブレイドを形成して突き出した。

 その瞬間、常闇が晴れた。


 俺の目に映ったのは、胸板をアクアブレイドに貫かれ、小刻みに震えるネグロだった。


 大鎌を掲げたポーズで氷壁に埋まり、身動きを封じられている。


「氷結させるタイミングを、どうやって計った?」

「過冷却水は、刺激を受けると自動的に凍るんだ。俺の意思は関係ない」

「……美事(みごと)」


 満足げに賛辞を贈るネグロの額を、空いた左手でわしづかんだ。

 過熱水による水蒸気爆発を指向性で、零距離から叩き込んでやった。

 鼓膜をつんざき視界を覆う白い爆轟がネグロの首から上を消し飛ばした。


 アクアブレイドに心臓を、過熱水に脳を破壊されたネグロは、光の粒子となって消えた。


 コートも、大鎌も、この世に存在していた残滓を何も残さず、ネグロが消滅すると、俺は自問した。


「勝った? …………ッッ」


 実感と同時に、今まで味わったことのない充実感が胸を支配した。


 ――俺は、無力じゃないんだ!


 たとえ仮初でも、借り物でも、自分の手でレヴナントを倒せたことが嬉しくて、俺は幸せを噛みしめるように、自然と奥歯に力が入った。


「朝俊!」


 明るい声に振り返ると、桜月が無邪気に飛びついてきた。


「桜月!? ちょっ、あのっ」


 女の子の、いや、桜月の体温や感触、香りに、心が激しく揺さぶられてしまう。


 ――他に敵はいないか、こんなことをしていいのか?


 辺りを見回して、色々考えていると、桜月が、キスの射程圏内で笑った。


「えへへ。よくやったね朝俊。それでこそコナタの眷属だよ。いいこいいこ」


 頭に、優しい感触が降れた。


 信じられないぐらいくすぐったくて恥ずかしい、なのに嫌じゃない感覚に頭がしびれる想いだった。


 ――女の子に頭をなでられてポ~ッとするなんて恥ずかしい。でも……。


「んん? どうしたのかな?」

「い、いや……」


 人の心を見透かすような、小悪魔めいた笑みを作られて、視線を逸らした。


 ――好きな女の子になら、仕方ないかな?

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