第7話 いきなりのボス戦!


 冷たい声が響いたのは、その直後だった。


「いや、ご足労願うまでもない」


 背筋に悪寒が走った。

 肉声とは思えないほど体温がなく、けれどデジタル音声と呼ぶにはあまりに生々しい、死人の声だった。


 息を止めて、ジャガースケルトンたちのいた道路の奥を瞠目すると、ソレは居た。

 黒いコートにドクロを模した仮面の長身。

 資料で目にした、魔道師ネグロその人が、悠然と歩みを進めていた。


 彼が一歩足を運ぶごとに、背後の地面から影が立ち上り、レヴナントが増えていく。


 まるで地獄の大名行列だと、恐怖で奥歯を噛んだ。

 俺と桜月の背後で、同級生たちは震え、か細い悲鳴を上げていた。


「ふふ、フザケんなよ……ネグロって、文禄市を制圧した幹部じゃねぇか……」

「そんなのに勝てるわけないじゃない……」

「あいつは明日、大人の本隊が戦うんだろ? 俺らの管轄じゃねぇよ……」

「だ、騙されるなみんな!」


 佐辺が叫んだ。


「ネグロってもっと奥の、南区本陣にいるんだろ? こんなところに大将がいるわけねぇじゃん! どうせ影武者って奴だよ!」


「だ、だよな! みんな、一斉放火だ!」


 取り巻きの伊林の呼びかけで、みんなは次々に、思い思いの魔法を放った。


 突き出した手の平に幾何学模様を含んだ光の円、魔法陣が浮かぶ。その中央から、炎が、雷撃が、岩石が、疾風が、氷塊が、光線が、何百と言う弾幕を形成して、ネグロの部隊に殺到していく。


 傍目には飽和攻撃にしか見えない絶対的優位。

 なのに、俺は恐怖で噛んだ奥歯を緩めることができなかった。


「煩い」


 ネグロが指を鳴らすと、弾幕がネグロの数メートル手前で掻き消えた。


 まるで、世界の支配者のように超然とした佇まいは、フィクションで目にした【魔王】以上の威圧感があった。


 あまりに圧倒的で、現実味のない光景に、戦場が静寂に包まれる。


 時間が止まっているように静かな世界で、ただネグロだけが、淡々と次の行動を起こしていた。


 ネグロの頭上に、無数の刃が形成されていく。

 柄も鍔もない、用途不明の長い剣身が、一斉にその切っ先をこちらに向けた。


 ――まずいっ!


「みんな盾を張れ!」


 無数の刃が、弾丸のような速度で、一斉に放たれた。

 頭上を通り過ぎるソレを反射的に振り返ると、そこは惨劇の後だった。

 少年大隊の面々が、何人にも地面に倒れ、アスファルトを赤く染めている。


 俺の言葉に反応できた生徒は、岩や氷の壁を作ったものの、それは粉々に砕け、残骸のうしろで血に濡れていた。


 ――そんなっ……。


 アスファルトに倒れる生徒は、知らない顔があれば、知っている顔もあった。


 今まで、散々俺のことを馬鹿にして、意気揚々と、元気よくイジメてきた生徒が、精工な人形のように動かなかった。


 ――死んだ? 本当に……。


 同級生の死に、俺が少なからずショックを受けていると、誰かが悲鳴を上げて逃げ出した。


 それを引き金に、生徒たちは一斉に逃亡を始めた。


 けれど、佐辺のように一部のプライドの高い生徒や、逆に恐怖で動けない生徒はその場に残って、膝を震わせたり、地面にへたり込んでいた。


 俺も、さっきから心臓が痛いほど緊張している。

 本能が、逃げろと叫んでいる。

 でも、それを上回る感情が、すぐに恐怖を塗り潰してくれた。


 ――戦える! 桜月と一緒なら!


「朝俊、あいつ、キミに任せてもいいかな?」

「え!?」


 ――一緒に戦ってくれないのか?


 軽くショックを受けるも、桜月はなんてこともない風で、ケロリと言った。


「約束するよ。ピンチになったらコナタが助ける。だからキミは、コナタが教えた全てを以って戦うんだ」


 約束と言って、彼女は右手の小指を差し出した。


 その意味を察して、俺も右手の小指を差し出すと、彼女の小指が甘えるように絡みついてきた。


 この非常時なのに、桜月の素肌のなめらかさと体温に、胸が違う意味でドキドキしてくる。


 鼓動が高鳴る程、闘志が湧いてくる。

 彼女への信頼と比例した勇気に、俺は頷いた。


「あぁ、いざって時は頼んだよ、桜月」

「任せてくれ。だから任せたよ、朝俊!」


 俺らが力強い笑みを交わし合うと、ネグロが口を開いた。


「これは重畳。一〇〇万人に一人の稀少属性、水魔法の使い手を見つけたので、力をつける前に狩り取ろうと思い足を運んだのだが」


 絶対零度の殺意を込めて、仮面の下から愉悦が漏れた。


「逃げずに相手をしてくれる、ということでいいのかね?」

「そういうことだ!」

「散れ」


 ネグロの部下たちが、一斉に両手を前に突き出して、炎の塊を放ってきた。


 その直前、俺は靴底から水流を噴射させた零秒加速で、一息にネグロたちの頭上を取った。


「捷い……」


 感心するように喉を唸らせるネグロ。

 その頭上から、過熱水の砲弾を連射した。水蒸気爆発による爆撃だ。


 赤い炎を伴わない、白い爆裂が立て続けに起こり、眼下は霧に覆われた。


 爆音が街中に響き、反響すらも波が引くように静まり返ってから、俺は元の場所に着地した。


 本物の霧と違って、水蒸気爆発の名残はすぐに晴れて、視界が回復した。


 そこには、右手が千切れ、左腕もおかしな方向に曲がっているネグロが、独りで立ち尽くす姿があった。


 ドクロを模した仮面のせいで表情は読み取れないものの、当惑しているように見える。


 ――よしっ! 効いている! 俺の魔法が、レヴナントの幹部、魔道師ネグロに!


 当然、相手は不死の軍団、油断はできない。

 それでも、傷つけられた、という事実は、俺に大きな自信を与えてくれた。


 案の定、ネグロのねじれた左腕は、時間を逆行するように、本来の形を取り戻していく。


 千切れた右腕の断面の肉が盛り上がり、再生していく。


 コートや手袋に隠されない皮膚は灰色で、血の存在をまるで感じさせない、無機質な印象を受けた。


 復元していく自身の身体を眺めながら、ネグロは息をついた。


「一応……戦車砲の直撃にも耐えるのだがね……これが万能属性と呼ばれる水魔法の精髄か。しかし、噂とは誇張されるのが常だ。君を被検体に、真偽を確かめさせて貰おうか」


 ネグロが指を鳴らすと、みんなを防壁ごと貫通した、あの刃の弾幕が放たれた。


 弾幕は速くて、広範囲に渡っている。


 水のジェット噴射じゃ間に合わない。

 アレは、防ぐ必要がある。


 だから俺は、目の前に高速で回転する巨大な水柱を形成した。


 すると、俺に殺到した剣身は、着水と同時に軌道を逸らされて、明後日の方角へ飛んで行った。


「液体の盾で防いだ?」


 ネグロは、訝しむように声をくぐもらせた。

 その疑問に答えるように、桜月は得意げに語った。

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