第6話 戦場で始まる実践訓練
一時間後。
南のほうが騒がしくなってきた。
どうやら、佐辺たち同級生が追いついたらしい。
「おい、あれ桐生じゃないか?」
「は、ざまぁないな。もう追いついてやった……はぁっ!?」
佐辺たちの顔が、驚愕に固まった。
俺も、自分で自分の力に驚愕している。
「そうそう。いい調子だよ朝俊! アクアブレイドはチェーンソーと同じで、触れさえすればいいんだ。体重を乗せることよりも手数を意識して!」
俺は、両手に水の剣を作り、レヴナントたちに真っ向から切り込んでいた。
アクアブレイドは剣身部分の水がチェーンソーのように回転、循環していて、触れるモノ全てをウォーターカッターのように水圧で削り斬る。
軍事学校で習った剣術とナイフ術を参考にしながら、容赦なく振るい続けた。
アクアブレイドで薙ぎ払えば、頭蓋骨も兜も真一文字に刎ね飛んだ。
アクアブレイドの切っ先を叩き込めば、死体の心臓もマネキンの胸板も、すり抜けるようにして貫通した。
抵抗がなさすぎて、斬っているこっちが不安になるレベルだった。
不死の軍勢であるレヴナントたちには恐怖心がないのか、骸骨や死体、甲冑やマネキンたちは、四方八方から襲い掛かって来るも、俺に触れることは叶わない。
俺は靴底や背中、肩から水を噴射して、三六〇度全方位への零秒加速と回転が可能だ。
スケート選手が氷上を滑るように、俺はレヴナントたちの間隙を縫うように疾走して、通り過ぎざまに頭や胴を刎ねてやった。
最後に、十人一組の西洋甲冑が、槍を手に突っ込んで来た。
だから俺は、アクアブレイドの剣身を、五メートルの長さに伸ばして、鞭のように大きく振るった。
チュイン。
という鋭い音の後、勝負は決した。
甲冑は一体残らず、胸から上をアスファルトに落として、全身が崩れ落ちた。
水は無形。だからこそ、その形状や射程は自由自在だ。
もちろん、刃こぼれもしない。
「いいよ朝俊。これでここら一帯のレヴナントは駆逐したかな。と言いたいところだけど、新手だ」
桜月の視線を追うと、道路の奥から、ネコ科動物を思わせる骸骨の群れが、広いストライドで疾走してきた。
この五年間、数えきれないほどの人間を食い殺してきた、ジャガースケルトンと呼ばれるレヴナントだ。
「おい、どうする佐辺!?」
「どうするって、やるしかないだろ!」
見れば、同級生たちの顔には疲れが見えた。
最初は手柄を立ててやると息巻いていた彼らも、ここにくるまでかなり苦労したんだろう。
でも、実戦の厳しさに懲りたのか、最初の勇ましさはなかった。
「朝俊、水の温度を絶対零度にしてアスファルトに広げてみて」
――絶対零度って、それじゃ氷になるんじゃないかな?
「わかった。こうか?」
桜月に言われるがまま、俺は絶対零度に設定した水を、アスファルトに広げた。
何故か、氷ではなく、液体のまま、水はジャガースケルトンたちへと延びていく。
そして、ジャガースケルトン達が絶対零度の水たまりに足を踏み入れた途端、
「■■■■■■■■■■■■■■■■」
五十音では表現できない、レヴナントのうめき声と共に、骸骨の群れは何かに足を取られて転倒した。
そのまま、一体残らずアスファルトに張り付いて、見えない拘束から逃れるように、必死にもがいている。
「なにが起こっているんだ? いや、あれは……」
目を凝らすと、ジャガースケルトンたちは皆、徐々に凍っていた。
「過冷却水」
俺の疑問を晴らすように、桜月が冷静な声を漏らした。
「水は零下に冷やしても、刺激がないと凍らない。だからゆっくりと冷やした水は零下の水、過冷却水になる。こいつはわずかな刺激で一瞬で凍る性質を持つ。手品のタネにも使われるんだけど、トラップとしてはかなり優秀だ。そして、今度は水温を二〇〇度にして水のボールを投げてみて」
「おうっ」
今度は何が起こるんだろうと、期待しながら、俺はバスケットボール大の熱湯を作り、遥か前方にいるジャガースケルトンに放った。
砲弾のように飛来した熱湯弾は狙い過たず、一体のジャガースケルトンに直撃した。
同時に、まるでダイナマイトでも炸裂させたような轟音が生まれて、衝撃波が俺の肌を叩いた。
「爆発した!? いや、まさか水蒸気爆発か!?」
「その通りだよ朝俊。あれは過冷却水の逆、過熱水だ。よく勘違いされるけど、爆発イコール炎じゃない。爆発は、空気が音速を越えて膨張することで衝撃波が発生する現象のことだ。水が瞬間的に気化して膨張することで発生する衝撃波は水蒸気爆発と呼ばれ、その威力は事故で工場ひとつ吹き飛んだ例もあるぐらいだ」
「凄いぞ桜月! まさか水魔法にこんな破壊力があったなんて!」
ジャガースケルトンを全滅させた俺は、感動のあまり、桜月の肩につかみかかってしまった。それですぐ冷静になった。
「あ、ごめん」
俺が手を離そうとすると、桜月は俺の手首を握って、むしろ自分の肩に押し当てた。
「謝ることなんてないよ。キミはコナタの眷属じゃないか」
彼女は俺を落ち着かせるように冷静に、大人びた品格を感じさせる態度で接してくれた。
「桜月……」
「じゃあキミの訓練も終わったことだし、そろそろネグロのところに行こうか?」
「もう?」
「ネグロとかいうリッチが文禄市南区を支配しているんだろ? ならそいつを倒せばこの戦いは一区切りじゃないか。文禄市中央部にある敵本陣への橋頭保を、今日築こうじゃないか。もちろん、コナタとキミの二人でね」
最後は、ちょっとセクシーな響きを含んだ声だった。
一瞬、みだらな考えがよぎって、俺はすぐに妄想を振り払う。
冷たい声が響いたのは、その直後だった。
「いや、ご足労願うまでもない」
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