第5話 キミ、チョロすぎない?


 一方で、俺は感動に打ち震えていた。


「すごい、俺、空を飛んでる!? 飛行魔法なんて、一流の風魔法使いじゃないと使えないのに」

「はは。質量の小さい風じゃそうだろうね。でも、風圧と水圧とじゃ反動が違うよ。人間国にも、フライボードってのがあるだろ?」

「おう」


 前にテレビで見たことがある。

 確か、海水を噴出して空を飛ぶ、マリンスポーツの一種だ。


 風圧で人が飛ぶには巨大なプロペラが必要なのに、水圧なら足の裏程度の面積でいい。


「じゃあ、一気に文禄市まで行くよ。朝俊も、そんなライフルしまって」


 桜月は俺の手からライフルを取り上げると、虚空へとかき消した。


「え、何今の!?」

「ストレージっていう収納魔法だよ。収納量は個人差があるけど、コナタなら家一軒分は入るよ。おかげでここまでは身一つで来たよ」


 そんな魔法があるなら、兵站や輜重の概念が大きく変わる。

 数百両の輸送トラックを動員している人間軍の現状に、なんだか負けた気がした。


「それより、早くキミも足の裏から水を出してみて。魔法神経はコナタと共有するから」


「いや、魔法を手の平以外から出すのって凄く難しいんだけど、あれ?」


 靴底から水が出た。

 それはもう、なんの抵抗もなく。まるで慣れ親しんだ動きのように。


「よし、行くよ!」


 笑顔をはじけさせながら、彼女は体を前に倒して、飛行機のように空を飛び出した。


 腰を抱き寄せられる俺も、一緒に飛んだ。

 なのに、不思議と顔にかかる風圧はそよ風程度で、息は苦しくなかった。

 俺の表情から疑問をくみ取ったのか、桜月が答えてくれる。


「コナタが魔力で力場を張って風圧をゆるめているんだ。さ、キミもやってみて」


 言うや否や、桜月は俺の腰から手を滑らせて、背中、腕をなでて、手の平を握った。

 ハグから、握手に変わった形だ。


「そんな、急に体を離されたら、ぶはっ、風圧! え?」


 魔力で力場を張ろうとしたら、風圧が弱まった。

 それに、俺は彼女と手をつないだまま、空を並走していた。


「なんで?」


 高度な魔法技術は、利き手ではない手で箸を使おうとするような難しさがある。


 でも俺は、利き手で箸を使うように、ただやろうとしただけで、靴底から水魔法を出して空を飛び、魔力の力場で風圧をやわらげた。


「これが、魔法神経の共有だよ。すごいでしょ?」


 いたずらっぽくウィンクを飛ばされて、俺は胸がキュンとした。


 高度な魔法を使えていることよりも、彼女の可愛さに幸せを感じているとバレたら、何を言われるんだろう。


「あ、握手よりもハグのほうがよかった? 抱き合って飛びたいなんてキミはえっちだなぁ」


 からかうようなジト目と上がる口角に、俺は反論した。


「思ってないし! ただ魔法を使えた感動よりも桜月のウィンクに感動しただけだから!」


「キミ、チョロすぎない?」

「え、いや……」

「将来、美人に騙されないよう気を付けてくれよ」

「騙されないよ」


 ――だって、桜月のウィンクだから気を取られただけだし……。


 そのとき、耳のデバイスに、担任からの通信が入った。


『よし貴様ら、進軍開始だ!』

「桜月、どうやらみんな進軍を始めたらしい」

「OK。でも、コナタらには勝てないよ!」


 言うや否や、桜月は高度を落とした。


 目指す先は、片側三車線の巨大スクランブル交差点だった。


 そこには、人や獣の骸骨が立っていた。体の腐敗した獣がいた。中身が空洞の甲冑や、マネキンが支えもなく直立していた。


 あれが不死の軍団、レヴナントだ。


 動画や画像じゃない、肉眼で目の当たりにするレヴナントの威容さ、不気味さに、俺は全身の皮膚が粟立って、さっきまでの甘酸っぱい気持ちが萎えてしまう。


 そんなバケモノが、交差点を所狭しと埋め尽くしている。

 とてもじゃないけど、二人で相手にできる数じゃない。


「ちょっと桜月! いくらなんでもあの中に飛び込むのは無理じゃないか!?」

「大丈夫だよ! これがコナタの持つ魔法適性の一つだ!」


 桜月は俺から手を離すと、空間から黒い剣を抜きだして、急降下した


「はっぁああああああああああああ!」


 剣を構え、裂ぱくの気合いと共に地面に振り下ろすと、紅蓮の光が迸りながら拡散して、交差点に爆撃を仕掛けた。


 アスファルトごと、レヴナントたちが一瞬で蒸発していく。


「凄いっ!? こんなの、教官たちでも使えないぞ!」


 なのに、驚愕の光景はまだ終わらない。

 彼女の待つ、剥き出しの地面に降り立つと、レヴナントたちの異常に気付いた。


「レヴナントたちが、浄化されていく?」


 桜月の一撃で、数百体規模のレヴナントが駆逐された。


 でもそれは、破壊光線で体を消滅させられたからじゃない。


 明らかに肉体の損耗が軽いレヴナントが崩れ落ちてから、骨や腐った体が光の粒子へと雲散霧消していく。


 そもそも、あれだけの大魔法を使っておきながら、地面へのダメージが小さすぎる。


「まさか今の赤い輝きは、神聖魔法!?」

「違う違う。今のは死属性だよ。死属性魔法の死は絶対。不死者を強制的に冥府へ送る破滅の光だ」

「し、死属性?」


 そんな物騒な属性は聞いたことがない。

 魔族が邪悪な存在だとか、悪魔の化身だとかいうのは根も葉もない偏見だと思ったけど、やっぱり魔族は魔族なのかなぁ、と思ってしまう。


「それより、レッスンツーを始めてもいいかな?」


 桜月の言葉で我に返って、四面楚歌の危機を思い出した。


 彼女の活躍で、スクランブル交差点中央には空白地帯ができたものの、まだ周辺には無数のレヴナントたちがはびこっている。


 多勢に無勢の状況に、俺は腰が引けた。


「どうする桜月? さっきの、全方位に撃てるか?」

「いや、こいつらの相手は、キミがするんだよ」

「俺が!?」


 あまりに突飛な指示に、やや声が裏返ってしまった。


「ああ。言っただろ? キミの本当の力を教えてあげるって。コナタが、水魔法の神髄を教えるよ。キミは、ただ自分の力を信じればいい。それとも」


 煽るような流し目で、彼女は含み笑った。


「コナタの言葉が信じられないのかな?」


 その一言で、平常心を取り戻した。


「……いや、それはないよ」


 桜月の眷属になる時に決めた。

 他の誰でもない、彼女の言葉を信じると。


「俺は、お前を信じる。そして、お前が信じる、俺の力を信じるよ」

「それでこそ、コナタの眷属だよ!」


 彼女は今までにない、勇ましい笑みを浮かべて犬歯を剥き出した。

 その笑顔ひとつで、俺は勇気百倍だった。

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