第4話 眷属の面倒を看るのは、主人の務めさ

「おい桐生。お前どういうことか説明しろよ」


 無粋な声は遠慮なく、いつものように俺の心に土足で踏み込んできた。


 口火を切ったのは、いつも先頭に立って俺を馬鹿にしてくる男子、佐辺(さなべ)だった。


 周りでは、他の同級生たちが「魔界軍の正装が白ラン? 黒じゃないんだ」とか

「サツキって、人間みたいな名前だな。横文字じゃないんだ」とか囁き合っていた。


 そこは、俺もちょっと引っかかっている。


 ――桜に月でサツキとか、魔界って漢字圏なんだ?


「おい聞いてんのか!?」


 佐辺の怒声に、俺は気分を害しながら答えた。


「何って、そのまんまだよ。俺は桜月と一緒に戦う。それだけだ」

「だからそれが何でだよって聞いてんだよ! ほんっと話通じねぇなぁ!」

「それは――」


 喋る前に、桜月に腕を取られてしまい、俺は抱き寄せられた。


「彼はコナタの眷属になったんだよ。眷属の面倒を看るのは、主人の務めさ」


 眷属という単語に、周囲から悲鳴が上がった。でも俺は言うと。


 ――くっ、桜月の胸が……。


 二の腕に押し付けられる感触に、身動きが取れなくなってしまう。


 そんな俺の様子に、佐辺はますます怒りのボルテージを上げて、青筋を浮かべて怒鳴った。


「テ、テメェ人間を裏切る気か?」

「え?」


 寝耳に水の話に、俺はきょとんと顔を上げた。


「魔族の眷属って、そりゃつまり悪魔に魂を売るってことじゃねぇか!」


 佐辺の尻馬に乗って、いつものメンバーである伊林(いばやし)と本藤(もとふじ)も畳みかけてくる。


「そうだ! みんな気を付けろ! 桐生は魔王軍の一員だ! 俺ら人類を征服する気だぞ!」

「いくら無能だからって自棄になって魔族に堕ちるなんて見損なったぞ!」


 周りの同級生たちも同調して騒ぎ立て、女子の森石も恫喝に加わった。


「この場で粛清されたくなかったら地面に手を着けよ、ほら早く!」


 最後に桜月が一言。


「朝俊、コレを動員するほど人間国は人材難なの?」

「「「「はぁっん!?」」」」


 四人が同時にガンをつけてきた。

 そして、桜月が残念なものを見る目で、面倒くさそうに頭をかいた。


「魔族は強い魔力と肉体を持つただのヒト種で悪魔じゃないし、眷属は魔力を融通しあったり相手の位置を把握する軍略魔法だよ」


「え?」


「人類征服なんて、五〇〇年も昔の中世時代の戦争の話だろ? 戦国乱世ならキミらの国にもあったじゃないか」


「いや、それは……」


「魔族に堕ちるとか粛清とか、今回の件は人間国政府へ抗議させてもらうよ。コナタは一人軍隊だけど、全権委任大使なんだ。朝俊への侮辱はコナタと魔界政府への侮辱だ」


「ちょまっ!」

「じょ、冗談じゃないわよ!」


 佐辺、伊林に続いて、本藤と森石も狼狽して、青ざめた。


「一応、キミら人間がコナタらのことをどう見ているかは資料で知っているけど、アレはフィクションだ。幼稚園児じゃないんだから、現実と空想の区別ぐらいつけて欲しいね。それともキミらはあれなのかな? 特撮ヒーローや宇宙人が実在すると思うタイプ? ソレ痛いよ?」


 ――うわキッツ!


 桜月の正論マシンガンに、四人は顔を真っ赤にして、歯ぎしりをしている。

 それでも、佐辺はなんとか挽回しようと、唾を飛ばしながら声を荒らげた。


「馬鹿じゃねぇのか! 今のはものの例えだ! オレらが言いたいのは野蛮で信用できない国民性の魔族国民と手を組めないって話だ!」


「あ、時間だ。じゃあ行こうか朝俊」

「聞けよゴルァ!」

「それから後でこの四人の名前と所属教えてね。人間国政府に抗議するから」


「て、てんめ、魔族だかなんだか知らねぇがさっきから偉そうな口聞きやがって! ゼンケンイニンがなんだか知らねぇがなぁ」


 ――全権委任大使の意味知らないのか……。


「ナメた口きいてっとこの場でブッコロスぞ!」

「殺す?」


 途端に、桜月の視線と声が、絶対零度まで冷え切った。


 今までのような無邪気さ、明るさが嘘のように、彼女は鋭利な態度で、佐辺を威圧した。


 刹那、佐辺は無数の刃で包囲されたように色を失い、立ち尽くした。


「朝俊、コレの階級は?」

「お、俺らは二等兵だけど……」


 紅蓮に火傷しそうなほど冷たい、寒烈な敵意は、当事者ではない俺でさえ、肝を冷やす程だ。佐辺は、それこそ生きた心地がしないだろう。


「対レヴナント連合軍、魔界軍司令官であるコナタの階級は【少将】だけど、偉そうな口を利いたらマズかったかな?」


 いくら無知な佐辺でも、少将が将軍職であることは知っている。

 俺も、彼女が将軍であることを今知って、かなり驚いている。


 佐辺たち四人は、その場で地面に膝をつき、意気消沈していた。

 軍法会議にかければ、死地へ左遷されても文句は言えない失態だ。

 とはいえ、今まで俺にしてきた悪行を思えば、同情する気にはならなかった。


 ――ていうか、俺も、敬語使ったほうがいいかな? いや、今更か? 桜月は呼び捨てをお願いしてきたし、俺に権威を振りかざすようなことはしないし……。


「じゃあ朝俊、早く行こうか。水魔法で」


 最初に見せた無垢な笑顔に戻ると、桜月は俺の腰に腕を回して、ぐいっと抱き寄せてきた。


「え? 水魔法でって、どうやって?」

「こうやってだよ」


 桜月が笑顔を深めると、彼女の足元から滝つぼ瀑布かと思うような水飛沫が噴き上がった。


「おわっ!?」


 桜月の体が持ち上がり、俺は彼女に抱き上げられる形で、エレベーターのように空へと高度を上げていく。


 佐辺たちを中心に、俺を嘲笑していた同級生たちは全員水浸しだ。みんな、ぽかんと口を開けて俺を見上げていた。


 一方で、俺は感動に打ち震えていた。

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