第3話 魔族のプロポーションがCGレベル!

 つまり、文禄市防衛を担った防衛軍を全滅に追い込んだ実力者、ということだ。


『荒野ならミサイルや爆撃機を使えるが、五大都市の一つである文禄市は経済の中心地だ。生存者のいる可能性なども考慮し、白兵戦で可能な限り無傷で奪還する必要がある。初陣でこれほどの大役は滅多にない! これは上層部の貴様らへの期待の表れだ! 心してかかるがいい!』


 その言葉が俺らを発奮させるための嘘であることは明白だ。


 俺らはエリート部隊でもなんでもない。ただ戦力が足りないからと卒業前に出兵させられた穴埋め要員だ。


 まして、魔力の無い俺がいる。


 どうせ、敵軍の戦力を図るための威力偵察が本当の目的で、俺らは体のいい捨て駒なのだろう。


 なのに、周りの生徒たちは男子を中心にテンションを上げていた。

 みんな、やってやる、この戦いで名を挙げてスターになると息巻いている。


 人類が劣勢なのによくもまぁそこまで自信過剰になれるものだと、楽天ぶりに感心した。


 ――いや、軍事学校のプレイルームにこれでもかと置かれているバトル漫画アニメ映画の影響かな?


 今にして思えば、あれは慰労のためではなく、士気高揚のために用意されたのだろう。


 もっとも、俺にはまったく効果がなかった。


 ――こんなライフルで、不死の軍団とどう戦えって言うんだ。


 両手で保持するライフルに視線を落として、自嘲気味に息を漏らした。

 レヴナントたちは、名前の通り、限りなく不死に近い。


 腹に風穴が空いても平然とし、頭を吹き飛ばされても動く個体もいるらしい。


 奴らを確実に機能停止に追い込むには、極一部の人間にしか適正がない神聖魔法を使うか、全身、ないしは頭と心臓の両方を破壊する必要がある。


 ライフルで倒すのは、至難の業だろう。

 初陣ということもあり、緊張で手に汗をかいてしまう。


 すると、俺とは違い、ライフルを背負った同級生たちが忍び笑いを漏らしてきた。


「あっれ~、どうしたのかな桐生ちゃん? まだ魔力使ってないのにライフルなんて構えちゃって」


「おいおい忘れたのかよ。桐生は魔力がないからライフルがメインウエポンなんだよ」

「あ、そっか~、オレってば忘れていたよ~、でも魔力バッテリー腰に巻いてんじゃん?」


 わざとらしい声に、他の男子が輪をかけて芝居がかった口調を返した。


「仕方ないだろぉ。桐生はハズレの水魔法にしか適正がないんだからぁ」

「そういやそうだったな!」

「水かけて殺せるなら消防車を呼べって話だよ!」


「つうかなんでお前前線にいんの? 後方支援で備品管理でもしとけよ。あ、それとも邪魔だから合法的に処分するためか?」


「言えてるぅ~」


 いつものメンバーが笑い始めると、周りの生徒たちも、どっと笑いだす。

 日々を上官にシゴかれる軍人生活はストレスが溜まる。


 同級生たちにとって俺へのイジメは、ストレスのはけ口であり、最高のレクリエーションなのだ。


 軍事学校の教師、上官たちも、俺一人が犠牲になることで部隊のガス抜きになるならと、黙認してきた。


 泣き叫びたいほどの理不尽。

 まるで、この世界そのものが、桐生朝俊(きりゅうあさとし)という人間を苦しめるために作られた舞台セットなのではと、誇大妄想が膨らんでしまう。


 鬱屈した気持ちで頭が破裂しそうな想いに耐えながら、桜月の笑顔に思いを馳せた。


 あれから、俺は彼女と契約して、彼女の眷属になった。


 けれど、『上と話をつけるから、それまでは今まで通り過ごして』と言われて別れてから、一度も顔を見ていない。


 自分は本当に眷属になれたのか。

 今となっては、彼女にからかわれただけなのではとさえ思ってしまう。


 ――いや、大丈夫だ。俺は桜月の眷属になって、戦えるようになったんだ。けど……。


 そうして俺が不安と期待の間を揺れ動いていると、歩道のほうから、怯えと感嘆の入り混じった悲鳴が上がった。


 なんだと思って振り向くと、みるみる隊列が左右に割れて、人垣の道ができていく。それも、俺に向かって。


 そして、同級生たちの間から、彼女の美貌が姿を現した。


「待たせたね朝俊。上と話は付けたよ。キミは魔族軍、つまりコナタと二人で敵本陣へまっしぐらだ」


 白ランにスカート姿で明るく笑う彼女に、女子たちが嫉妬の眼差しで歯噛みした。


「頭身たか……つうか何あのスタイル。CG? MMD?」

「ストロベリーブロンド……じゃない、何よあのピンク頭。アニメのコスプレ?」

「肌白すぎでしょ。あそこまで白いと不健康だよね。病的な白さっていうの?」


 男子たちは、息を呑みながら犯罪臭漂う視線をギラつかせた。


「は? あれが魔族? 超美人じゃねぇか……」

「早まるな、魔族のバケモンだぞ。あれは仮の姿で醜い真の姿があるんだ。ネットで見た」

「でも、オッパイやべぇ、爆乳……エルフとオーガのいいとこ取りかよ……」


 どうやら、最初に桜月の陰口を叩いていた女子も、負け惜しみだったようだ。

 桜月が、美人でないはずがない。


「あの、桜月、その服」

「あーこれ? 魔界軍の正装だよ。あまり着る機会ないから、せっかくだしこのまま戦っちゃおうかなって。どお? 似合っている?」


 両手を腰の後ろに回して、桜月は誇らしげに胸を張った。


「ッッ!?」


 大きなバストラインの誘惑は奥歯で噛み殺して耐えたものの、他の魅力は、そう簡単には耐えられるものではなかった。


「いや、あぁの……」


 腰から下はスカートだけど、上着の学ランは本来男子用で、それを桜月が着ると、男装という非日常なレアリティがつく。


 それが、べらぼうな魅力となって押し寄せて、もうたまらなかった。


 けれど、今までまともに女子と話したことなんてない俺には、上手い褒め言葉なんて思いつくわけもなく、しどろもどろになってしまう。


 なのに、彼女は満足げに笑うと、目元を緩めた。


「目は口程に物を言うとは言うけれど、キミの目は雄弁が過ぎるよ。手つきも言葉もふらふらなのに、視線だけはコナタに釘付けじゃないか。鼻血、出てるよ?」

「えっ!?」


 慌てて鼻を隠しながら指でぬぐった。

 でも、指先には何もついていない。


「やーい、ひっかかった」


 にひひ、と歯を見せて笑う彼女に苛立つこともなく、俺はただ、可愛いと思ってしまった。


 ――可愛い。


「キミ、確か初陣だったよね?」

「え、うん……」


 彼女と契約した後、天幕でそんな話をしたっけな、と思い出した。

 顔を上げると、彼女の笑みは、いたずらっぽいソレではなく、迷子を落ち着かせるような、優しい微笑みに変わっていた。


「じゃあ、はい」


 白く細い、およそ軍人とは思えない、たおやかな両手が、そっと俺の手を包んだ。


「緊張、少しは解けた?」

「あ……」


 彼女の真心と手のぬくもりに、俺は不安も緊張もなくなっていることに気づいた。


 いや、もっと前から、彼女の顔を見たときから、俺は勇気をもらっていた気がする。


「ありがとう、桜月」

「どういたしまして」


 にっこりとした笑顔に、俺は胸に熱い希望が宿るのを感じた。

 外見にだけ惹かれたわけじゃない。


 この子は、本当にイイ子だと思う。


 俺が今まで出会ったヒトの中で、誰よりも。

 彼女に恋をして良かった。

 彼女になら、恋をしたい。


 桜月の笑顔には、そう思わせてくれるだけの、パワーがあった。

 なのに……。

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