第2話 今日から始まる悪魔契約
「見たいなら見せてあげてもいいよ? ん? ん?」
「!? そ、そんなことしている暇ないし!」
「いま一瞬、間があったよ?」
「天幕張らないといけないから! 俺一人であと三四組!」
「え? なんでキミ一人でやっているのさ? 他の人は?」
からかうような色を失い、彼女はきょとんと疑問をなげかけてきた。
同級生たちの嫌な顔を思い出したこともあり、おかげでちょっと冷静になれた。
「……俺、無能だから、いつも雑用押し付けられるんだよ。魔力は無いし、適正はハズレの水属性だし。だからいつも洗濯水筒係。みんなと違って俺の武器は【銃】だけ。本来は消耗した魔力が回復するまでの補助兵装が俺のメインウエポンてわけだ。こんな俺が、戦場で役に立つわけないだろ?」
自分で言って空しくなる。昔を思い出しながら、自然と、自嘲気味な声が漏れる。
「何もできない自分が嫌で、軍に入るときは何か変わるかと期待したんだけど、世の中そんな甘くないよな」
なんて言っても、魔族には通じないだろう。
魔族は生まれつき高い魔力と魔法のセンスを持っている。
人間なら一人につき、一つか二つがせいぜいの魔法適性も、魔族ならいくつも持っているのが常識だ。
案の定、彼女は大笑いを始めた。
「あはははは! 何それ、そんなの初めて聞いたよ!」
――やっぱり、魔力が無いなんて魔族にとっては笑い者か……。
「水属性がハズレ? 魔界じゃ水は万能選手の稀少適性だよ? それを洗濯水筒係とかわけわかんないんだけど?」
「へ?」
「あー笑った笑った。そっかキミ水属性か。まさかこんなラッキーに巡り合えるなんてね。ねぇキミ」
涙をぬぐうように目元を指でこすってから、彼女はぐいっと顔を上げた。
「魔力が無いならコナタがあげるよ。だから、コナタと契約して眷属にならない?」
――さっきからコナタって? 此方か。お姫様みたいな一人称だな。
「眷属って?」
「魔族が使う魔法による軍略魔法だよ。眷属になればコナタからの魔力供給をうけられるし、魔法神経もコナタとシェアできる。その代わり、コナタに居場所を把握されるし、魔法の使用を制限される上に魔力を吸い取られるデメリットがある」
「魔法神経?」
「ん? 人間国では使わないのかな? 魔法をうまく扱う能力だよ。魔界だと、魔法能力は運動能力に例えられるんだ。運動神経がいい人ほど複雑で精密な動きができるように、複雑で精密な魔法を使えることを『魔法神経がいい』って言い方をするんだ。つまり、コナタの眷属になれば、今日から一騎当千のコナタ並に魔法が使えるってことさ」
「!? ほんとか!?」
思わず立ち上がって、前のめりで彼女に詰め寄った。
いつの間にか、彼女の目は妖しく細められ、口角は不敵に笑っていた。
「あぁ、本当だよ。幸いコナタも水魔法には適性がある。キミの話を聞く限り、どうやら人間国は水魔法の可能性をまるで知らないらしいからね。コナタが教えてあげるよ、キミの本当の力をね」
誘うような眼差しを向けながら、彼女も体をぐっと近づけてきた。
お互いのまつ毛が触れ合いそうな距離で、俺は息を呑んだ。
魔族の眷属になる。
フィクションではあるけれど、それは悪魔の契約だ。
たいていの映画やアニメでは、魔族と契約したキャラクターは絶大な力を得る代わりに高い代償を払い、破滅している。
とはいえ、それらはフィクションに過ぎない。
その証拠に、代償の内容は、作品ごとに大きく違う。
彼女の言葉を信じるなら、デメリットは三つ。
でも、元から魔力の無い俺は、彼女に制限されるまでもなく魔法を使えないし、吸い取られる魔力もない。
位置を把握されるのはプライバシーの侵害だけど、それで今の状況から抜け出せるなら、安いものだ。
彼女を疑うなら、隠されたデメリットを警戒すべきだ、けれど……。
惨めな思い出が、湯水のように湧き出して、俺は淡い期待を手にしたくなった。
今後、俺の人生が好転する可能性なんて、万に一つもない。
どうせなんの希望もない人生なら、俺は彼女を信じたい。
そう強く思って、顔を上げた。
「わかった。都城……俺を、君の眷属にしてくれ」
握り拳を固めた言葉に、彼女は妖艶に笑った。
最初に見せた無邪気さが嘘のように、まるで千年を生きる魔女の風格だ。
「OK。だけど、コナタの眷属になるなら、ひとつ条件がある」
――やっぱり来たか!
俺は身構えた。
世の中に、そんなおいしい話があるわけがない。
――なんだ。何を要求する気だ?
ただし、寿命や命を引き換えでも、俺は彼女の眷属になるつもりだった。
ただ辛くて苦しいだけの人生を数十年も生きるより、太く短く、何者かになれるんだと、一度でも誇らしい想いをしてから死にたかったから。
なのに、彼女は艶笑一転、花のつぼみがほどけるように笑った。
「コナタを呼ぶときは下の名前で、サツキと呼んで欲しいな。桜に月と書いて【サツキ】。死んだ父上が、コナタの髪と瞳の色を見てつけてくれた名前なんだ」
彼女の笑顔とお願いに、俺の心臓は一度大きく高鳴ってから硬く縮んだ。
親の死というデリケートな話なのに、こんなことは不謹慎だと思う。最低だと思う。
でも、それでも俺はこの時、都城桜月に恋をした。
他の誰を差し置いても、彼女を支えたいと願った。
◆
携帯食料で簡単に昼食を済ませた後の午後二時。
俺ら少年兵大隊六〇〇人は、和銅市の広い道路に隊列を組み、布陣していた。
腰に魔力バッテリーを巻いた俺は、自動式小銃を両手で構えた姿勢で、上からの指示を待っていた。
すると、視界の片隅に、AR映像の電話マークが光った。
頭の中に、上官の声が流れた。
上官は軍事学校時代の担任で、俺らと一緒に戦場へ駆り出された、中佐殿であり、俺のイジメを黙認するどころか、共謀して楽しむ、嫌な男だ。
聞きたくもない声だけど、耳の裏に取り付けたデバイスが、脳の聴覚野に電気信号で直接送り込んでくるので、周りの騒音に邪魔されることなく、クリアに聞こえてしまう。
『最終確認をするぞ。貴様らの仕事はその道路を北上し、一体でも多くのレヴナントを駆逐する事だ』
言葉に合わせて、俺らの視界にはAR映像の地図が表示されて、進行ルートを光のラインが走った。
『明日、文禄市南区を支配しているレヴナント、魔道師ネグロ本陣へ侵攻することになっている。貴様らがその楔を打ち込み、明日以降、味方本隊が攻め込む橋頭保を築くのだ!』
魔導士ネグロの名を聞いて、事前に送信された資料データを思い出した。
確か、多種多様な魔法を使う、【リッチ】と呼ばれるレヴナントたちを束ねる幹部だ。
本人も、巧みに魔法を操り、多くのレヴナントを従え、文禄市陥落の総指揮を執った張本人でもある。
つまり、文禄市防衛を担った防衛軍を全滅に追い込んだ実力者、ということだ。
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