魔力0でも美少女魔王の相棒になったら勇者に勝てるし聖剣にも選ばれました!え?
鏡銀鉢
第1話 魔王が目の前で着替えはじめました
「おいみんな! エルフが到着したぞ!」
「他の国の軍もな!」
「ついに来たかエルフ美女!」
「急げ急げぇ!」
「お前ら仕事しろよ……」
色めき立つ同級生たちを横目に、俺は軍用トラックからプラスチックコンテナを下ろしながら、ため息をついた。
けれど、俺の話を聞いている奴なんて一人もいなかった。
星歴二〇五〇年、四月の朝。
かつては、人間国五大都市のひとつに数えられていた文禄市の手前、和銅市の国営公園の駐車場に集合した俺ら少年兵大隊は、滅多に見ることのない外国人兵に夢中だった。
人垣から、男子を中心にして下世話な歓声が上がった。
「うっは、エルフ、マジ美人ぞろいだな!」
「ドワーフ、ロリ巨乳!」
「ホビットってみんな可愛いな!」
「ちょまっ、オーガ爆乳すぎだろ! メロンでも入れてんのかアレ!」
同級生たちの勝手ぶりに、俺の頭には沈鬱な痛みがのしかかってくる。
――こんなんでレヴナントとの戦争に勝てるのか?
「おいお前ら! 天幕張らないと隊長たちに怒鳴られるぞ!」
俺が声を張り上げると、同級生たちは苦々しい顔で振り返って、舌打ちをしてきた。
「んなもんお前がやればいいじゃねぇか!」
「そうそう、それがお前の役目だろ?」
「よし桐生、お前をテントリーダーに任命する! 責任を持ってお前が組み立てろ!」
「お前らふざけんなよっ」
俺が語気を強めて反論すると、男子たちは吐き捨てるように言った。
「だってお前、どうせ戦えないだろ?」
その一言で、俺は息が止まった。まるで、喉が凍り付いてしまったように。
「魔力がない上に適正は水。魔力バッテリー使っても飲み水確保や洗浄業務しかできないくせに、いつ役に立つんだよ?」
魂から生まれる超自然エネルギー、【魔力】を、適性のある物質や力に変える技術を、魔法と呼ぶ。でも俺は、生まれつき魔力が無い上に、適性はなんの戦闘力もない水だった。
「……それは」
俺が握りかけた拳を解くと、同級生たちは鼻で笑った。
「じゃ、せいぜい励めよ」
「間に合わなかったらテメェの責任だかんな」
「上官に言ったら死刑にすっから」
そう言って、男子たちはあざ笑うような顔で背を向けてきた。
でも、俺は歯を食いしばったまま、何も言えず、トラックから資材を下ろすしかなかった。
冥界から地上へ侵攻してきた不死の軍団、【レヴナント】が人類に宣戦布告してから五年。
人類は苦戦を強いられてきた。
最初のターゲットになった人間国は実にその領土の半分を侵食されている。
そうして発足したのが、人類連合軍だ。
俺ら【人間】以外の人類種、【エルフ】【ドワーフ】【ホビット】【オーガ】などの国が軍隊を派遣し、人類全体でレヴナントに対抗するという、史上最大の連合軍らしい。
今回はその初陣。
なんとしてでも勝利を飾りたいという政府の執念は、俺らみたいな子供まで出兵させることから、嫌というほどわかる。
コンテナを台車に積み終わると、一人で運ぶには重すぎるそれを、俺は必死に押し動かした。
どうせ戦闘が始まっても役には立たないのだから、魔力の温存をしても意味はないと、魔力を筋肉に流して強化しながら……。
ドローンが空を飛び、ウェアラブルデバイスが視覚視野に電気信号を送って視界にAR映像やMRオブジェクトを重ねてくれる時代になっても、部分的に人力なのは、なんだか理不尽を感じる。
そうして駐車場から離れようとすると、女子たちの噂話が耳に触れた。
「そういえば聞いた? 今回の連合軍、【魔族】も参戦しているらしいよ」
――魔族?
「聞いた聞いた。でも魔族なんて信用できるの? 魔族なんて犯罪者予備軍じゃない」
「だよねぇ、ていうかさっき一人見たよ」
「マジで!? どんなだった!? ネットでも魔族の画像ってなかなかないんだよね」
「それがもう超キモいの。卑猥なピンク色の髪の毛に、ギラついた金色の目ぇしてさぁ、肌なんて青い静脈が透けて死体かと思ったよ」
「うっわ、何それ、レヴナントの仲間なんじゃないのぉ?」
醜い誹謗中傷に気分を害しながら、俺は彼女たちから離れようとするように、台車を押し続けた。
魔族とは、五〇〇年前に世界征服の野望を掲げ、大陸中の国に宣戦布告をして、そして散った人種だ。
人間との初の邂逅は千年前。魔法に秀でているから、【魔族】だ。
彼らの領域は魔界と呼ばれ、未だに王政を布き、主権者は魔王と恐れられている。
老いることのない強靭な肉体。
他人種を凌駕する絶大な魔力。
数種類の魔法を操る魔法適性。
その力で大陸中の国を蹂躙した魔族は、だが勇者と呼ばれる十三人の人間に敗れた。
以来、魔族は山脈を越えた先に広がる魔界に引きこもり、外国との国交を絶っている。
それでもなお、人類の間では悪と恐怖の代名詞として、魔族の名は知れ渡っている。
全ての国が魔界を仮想敵国にして、多くのエンタメ作品でも悪役として登場する。
そんな国が援軍を派遣すると言えば、みんなが警戒するのは仕方ないだろう。
――なんて……俺には関係のない話か。
宿営エリアに移動した俺は、台車からコンテナを下ろしていく。
中から天幕の骨組みを取り出すと、一人で組み立てながら、自嘲気味に笑った。
魔力が無いからと、俺は幼い頃から仲間外れにされてきた。
面倒な生徒に関わりたくないと、担任からも無視された。
優秀な兄貴にしか興味のない両親からは、中学卒業を同時に、捨てられるようにして軍事学校へ入れられた。
魔力が無くても、魔力を貯めたバッテリーを装備すれば、魔法は使える。
ここで魔法や戦闘センスが開花すればまだ救いがあったけど、俺にそんな幸運はなかった。
魔法の適正は水。
バッテリーを使っても、水筒係りがせいぜい。
一〇〇万人に一人という、悪い意味でのハズレ適性だった。
軍事学校での扱いは、地獄そのものだった。
人生を振り返るだけで、心が痛かった。
――魔族は信用できない? 俺から言わせれば、人間だって信用できない。
どうして俺がこんな目に遭うんだろう。
いつになったら痛みが消えるんだろう。
辛い気持ちをぶつけるように、俺は躍起になって天幕の骨組みを組んでいった。
「?」
荒立つ俺の心を鎮めるように、一匹の蝶が視界を横切ったのは、骨組みに布を張り終えた時だった。
妖精のように可憐な姿を、つい視線で追ってしまう。
すると、彼女は公園に植えられた木々に羽を休めようとして、蜘蛛の巣に引っかかった。
「あっ」
天幕の骨組みから手を放して、俺は蝶に駆け寄った。
一匹の蜘蛛が、巣の端から足を延ばして、じりじりと蝶へ迫った。
「駄目だ」
ほとんど脊髄反射で、蜘蛛をつまみあげた。
空いたもう片方の手で、蝶を助ける。
羽を傷めないよう、体の部分を優しくつまんで、蜘蛛の糸からはがして、空に放した。
蝶は俺の周りを何度か飛び回ってから、木々の向こう側へと消えていった。
お礼を言われたように感じたのは考えすぎかもしれないけど、なんだか嬉しかった。
「と」
それから、もう一人の存在に気が付いた。
左手では、食事の邪魔をされた蜘蛛が、怒りを表現するように、八本の脚をバタつかせていた。
「ごめん、お前のご飯だったのに……待ってろ」
蜘蛛を巣に帰してから、ポケットのレーションを取り出した。
ビニール包装を破れば、乾燥ひき肉を固めた携帯食料が顔を出す。
それを一口かじると、口の中でよく噛んでペースト状にして、ツバを絞って団子状にしたものを、手の上に出した。
「一応、お肉なんだけど、駄目かな?」
指先でつまんで巣にくっつけると、蜘蛛はひき肉ににじりよって、味見をした。
俺が不安げに見守っていると、気に入ってくれたのか、蜘蛛は夢中になって食べ始める。
「よかった……」
胸をなでおろしてから、俺は台車へ踵を返した。
箱型天幕の中に折り畳みテーブルを立てて、コンテナから照明器具を取り出して、薄暗い天幕の天井に吊るしてから、スイッチを入れた。
とたんに、強い光が目に刺さって、反射的に目をつむった。
すると、不意打ちのようにして、愛らしい肉声を浴びせられた。
「ここで着替えていーい?」
「うん?」
振り返った俺は、まぶたを持ち上げて息を止めた。
声を失い目を奪われるどころじゃない。思考の自由を奪われる美少女だった。
光沢を帯びた桜色のポニーテールに、星空に浮かぶ月光を閉じ込めたような金色の瞳。
青い静脈が透き通る、白く澄み切った肌はみずみずしくて生命力に溢れ、思わず触れたくなってしまった。
刺激的な赤い生地が白い肌に映えて、武骨な軍服が、まるで彼女のためにあつらえたドレスのようだった。
美女と呼ばれる人たちが閉口してしまいそうな美貌が、幼女のように柔和に咲(わら)う。
そして、俺の心をくすぐるように、明るくも蠱惑的な声で喜んだ。
「そう、なら良かった。これから連合軍の代表と会議だから、正装に着替えないといけないんだよね。あ、コナタは魔族代表の都城桜月(みやこのじょうさつき)。て言っても、援軍はコナタ一人なんだけどね。でも安心していいよ。コナタは一人でも、一人軍隊のいわゆるワンマンアーミーだから。一個師団級の働きはできるよ」
猫のようにやわらかい足取りでテーブルの前に立つ彼女の動きを、無意識に視線で追ってしまう。
魔族代表。
聞き逃してはいけない単語のはずなのに、俺の意思は、彼女を味わい尽くすことに首ったけだった。
高く結った桜色のポニーテールが揺れると、嗅いだことのない香りに鼻腔がしびれた。
まるで、頭の奥を、直接甘噛みされているような快楽に、陶酔してしまう。
そうやって、俺が前後不覚になるほど彼女に夢中になっていると、月色の瞳に俺が映った。
愛らしく小首をかしげて、俺の顔を覗き込むように見つめながら、桃色のくちびるが尋ねてきた。
「キミ、コナタの着替え見たいの?」
「え…………?」
そこで、ようやく、俺は正気を取り戻した。
――ッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!?
「だうぁっ! ごめッ、ごめん! すいません!」
まぶたを硬く閉じながら顔を反らして、頭を思い切り振り下ろす。
腰が、ぴーんと直角以上に曲がっているのがわかる。
めまぐるしく謝罪と弁明の言葉を考える。
でも、頭上からはコロコロと鈴を転がすような笑い声が聞こえてきた。
恐る恐る顔を上げて見ると、彼女はお腹を抱えて、目に涙を浮かべて笑っていた。
「あははははっ。何キミ、顔と耳、真っ赤だよ……あははははっ」
俺は、恥ずかしいやらばつが悪いやらで、ただ肩を縮めて口の中を噛むしかなかった。
「うそうそ。さっきのは冗談だよ。キミら人間がコナタら魔族のことをどう見ているかは知っている。魔族の裸なんて気持ち悪いよね?」
眉根を寄せて、自嘲気味な声で俺をかばいながら、彼女は、自分の胸を下からわしづかんで持ち上げた。
彼女の軍服は、胸の部分が魅惑的に膨らんでいた。
豊満なボリュームと腰のくびれ、それからヒップラインを前に、俺は抗議した。
「そんなことない!」
彼女の目が丸く固まった。俺は続けて、声に熱を込める。
「君は凄く綺麗で可愛くてさっきからその桜色の髪を指にからめたいとか白い肌にさわりたいとか思うし、服越しでも隠し切れない圧倒的なプロポーションなんて絶対に見たいしッ」
月色の瞳に映る俺自身の顔に、頭が冷めた。
どう考えても、弁護の余地がない程の変態がそこにいた。
「あの、えと、その、ゴメンッ」
耐えられなくなった俺は、その場から逃げようと振り返った。
でも、俺が動くより先に、彼女が天幕の出入り口側に回り込んでいた。
彼女の美貌に気圧されて、二歩、三歩と後ずさってしまう。
すると、彼女は好奇心に眼を光らせながら、口角を上げて距離を詰めてきた。
「フッフゥ~ン」
「あぅ、うぁ、あぁ、の」
「ねぇ」
ふと、彼女の顔がキスの射程圏内を越えてきた。
「ッッ!?」
「キミって巨乳好き?」
――ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!?
巨乳以上の豊乳に視線を奪われて、俺は自殺衝動に駆られながらその場にしゃがみこんだ。
両手で顔を覆いながら震える様は、無様の一言に尽きるだろう。
なのに、また板の上の鯉も同然の俺に、彼女はさらに甘い追撃をしてきた。
「見たいなら見せてあげてもいいよ? ん? ん?」
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