第26話 戦闘部隊
「なあハリル、最近お前さんが二重人格に見えてきたよ」
夜の街に無遠慮なアスワドの声が広がる。最近昼間に喋れない分なのか、夜間になると煩いぐらいに喋るようになってきた。
「優先順位は付けているつもりだ」
「だったら考えてあるんだろうな? 昼の呼び出しを無視したんだ、面倒な事になるぜ」
「そんな真面目な組織でもないだろう」
夜に明かりを放つ民家が見えてきた。入り口の戸を叩いて名乗るとあっさり中に通される。中庭に行くと中央では煌々と火が焚かれ、十人近い男がてんでばらばらに寛いでいた。軽食から本格的に腹を満たす者、酒を飲む者、ハシシを炙って吸引する者、柱廊で椅子に座る男だけが俺を見つめていた。
「何故昼間の招集を無視した、カラジャよ」
椅子に座る男が問いかけてきた。寛ぐ男たちが一斉に視線を寄越してくる。
「都合が合わなかった、それだけだ」
「だったら」
ハシシを吸っていた男が割って入ってきた。
「俺の虫の居所が悪いのも許してくれるよなあ?」
俺よりデカい男は久しぶりに見た。丸々とした肩と腰に下げた剣を揺らして歩み寄ってくる。
「おめえみたいのがいると風紀が乱れんだよ風紀が、なあ?」
男は振り返って同意を求める。返事の代わりににやついた笑みが返ってきた。男は満足そうに向き直り、俺との距離を詰めてくる。
「謝ってもらおうか。まずはそうだな、舐めてもらおうか。場所はおめえに任せるぜ。おめえがいいと思うところを真心込めてしゃぶってみな」
男は無警戒に腰を突き出した。
瞬間、俺は男の剣を奪った。流れるように男の首を斬りつける。鈍い音。骨で刃が止まった。ナマクラだな。返り血が俺の顔に飛び散った。
アスワドの力で蘇った視力に血の影響はない。便利な能力だ。俺は倒れていく死体から剣を抜き、椅子に座る男に眼をくれた。
「こいつの分も働く。それで問題はないな」
「まあよかろう。さて、全員揃ったところで今回の敵を紹介しよう」
男は立ち上がって柱廊から出てきた。
「我々のいるこの街区にはズールがいる。古臭いハシシを売り捌いているそうだが、我々の仲間を何人も殺した。その弔い合戦を行おうじゃないか」
血気盛んな雄叫びは上がらない。しかし男は満足そうに頷き、焚火から火の点いた薪を一本手に取り外に向かう。俺は入り口近くに移動して、男に続いて家を出ていく面々を見やった。
どいつもこいつも武装からしてろくでなしの悪党揃いだ。武器も防具も不揃いで、一つ二つは綺麗なものが混ざっている辺りどこからか盗んできたものだろう。従軍経験がある者は半分もいないようだ。俺は最後に外に出てまばらな行列を追いかけた。少しだけ足を速めて先頭の明かりに近づいていく。
夜に沈む街に、ぽっかり浮かび上がる明かりがあった。俺の歩み以上の速さで向かってくるそれは、紛うことなく人の集団だ。照らされた人影が忙しなく揺れ動いている。
「諸君、あれが目標のスールだ。一人残らず殺せ。血と臓物を撒き散らして証明しろ。我々の存在を、我々の強さを、そして、スルタンの威光を」
俺は走った。先ほど奪った剣を片手にズールたちに突っ込んでいく。
似たような恰好をした連中だった。二十人近い男が全員、奇抜な髪形で揃えて地面に届きそうな長さの外套を纏っている。そのせいで誰が将なのか分からない。
ズールたちが俺に気付いて次々に剣を抜いた。ミスバ(ランプ)が捨てられる。飛び散った油に炎が広がり、突出する俺に視線が集中した。
俺はズールの集団に切り込んだ。正面の男が上段に剣を構える。その上から、俺は力任せに剣を振り下ろした。防がれる。構わず押し込んだ。男の剣ごと肩口を叩き斬り、肋骨を一本砕いたところで動かなくなる。
ナマクラだな。視界の端で突きが見えた。俺は剣から手を離し、死体を掴んで盾にした。死体に剣が刺さる。その衝撃が死体越しに伝わってくる。切っ先が貫通する瞬間、俺は身を翻して突いてきた男を蹴り飛ばした。死体に刺さった剣を抜く。地面を転がる男を切り捨てる。勢いのままに手近な人間に切りかかり、一刀の下に息の根を止めた。
雄叫びが聞こえた。ようやく戦闘部隊が追いついた。
戦いにもならなかった。俺たちの被害は二人死んだだけ、それ以外の連中はほとんど無傷で追いはぎに汗を流している。俺が殺したのは七、八人か。服は無傷なのに血だらけで着れたものではなくなっている。
「カラジャと言ったな? 俺がこの部隊の隊長を務めている」
火の点いた薪を持った男が話しかけてきた。この男だけが返り血を浴びていない。俺の顔を照らそうと火を寄せてくる。
「大したものだ。誰が見ても戦功一番の大手柄だ。どこでそこまでの、いや、出自は聞くまい。スルタンに集う者など皆が皆脛に傷を抱えているに決まっている。そんな事より褒美を取らせよう。何か欲しいものはあるか?」
元々信用も何もない相手としか俺たちの事を認識していないだろう。それなら思い切って吹っかけてみるか。
「スルタンに会いたい」
「会ってどうする?」
「親分の顔が見たいだけだ。普通、余所の連中と戦う時は親分が先頭に立つものだろう。それなのにいないから気になってな」
隊長は薪を動かし、明かりの当て方を変えて俺の顔を観察する。
「それは無理だ。俺も会ったことがない」
意味が分からなかった。冗談、ではないだろう。嘘も吐くにしてももっと妥当な嘘を吐く筈だ。
「どうすれば会える」
「さてな。戦闘部隊は他にいくつかあるらしい。それを束ねている男なら恐らく面識がある筈だ」
そいつはどこにいる。聞こうかどうか悩んで口をつぐんだ。あまり質問攻めにすると間諜を疑われる。
「……面倒だな。もういい。それより武器が欲しい。次の戦いまでに用意してくれ」
「いいだろう、用意しておく。活躍を期待しているぞ」
その日はそれで解散だった。戦闘部隊は報酬を受け取るとそれぞれ散っていき、俺も尾行に気を付けながら帰路に着く。しばらくして人気がなくなると、アスワドが止めていた息を吐くように話し始めた。
「ハラーフィーシュのスルタンってのは何者なんだろうな」
「ここまで複雑な組織となると、マムルークかもしれないな」
根拠はないが、マムルークなら新種のハシシを売り捌いていてもおかしくはないというよく分からない信頼がある。リヤードが新種のハシシを追っているのも、どこぞのマムルークの悪事を抑えるためなのか。
「あくどい連中だねえ。まあでも、手がかりはあったな」
「そうだな」
スルタンの居場所はようとして知れない。しかし、複数存在する戦闘部隊を束ねる男なら知っているかもしれない。その男もまた謎の人物だが、指示を出す関係上俺が所属する戦闘部隊の隊長と接点がある筈だ。
それなら、隊長の口を割らせればいい。
盲目狂人(マジュヌーン) @heyheyhey
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