第4話 救援へ
襲われた仲間は、まだ生き残っていた。
最初に襲われた者たちと違い、今度はかなりの大所帯だ。他の季節では散らばって暮らしているが、夏営地では高山地帯でも開けた場所に一か所に集まり、何千頭もの家畜を放牧する。必然的に戦える人間も多く、俺たちが到着するまでなんとか粘っていた。
「援軍だ! 援軍が来たぞ!」
薄暗がりに声が聞こえてくる。途端に戦っている連中の動きが良くなった。ヤクブの騎兵は不利を見て取ったのか、早くも退こうと動きを変える。
「俺たちが引き受ける。お前たちは休め」
言いながらテント群の横を駆け抜けた。逃げていくヤクブの騎兵を追っていく。数は八十ぐらいか。対して俺たちは二百、逃げるのも無理はない。
奴らが矢を射ってきた。彼我の距離はかなりある。俺は速度を緩めず矢を番えた。奴らの矢が俺たちの手前に落ちる。瞬間、俺も矢を放った。
先頭付近の兵の頭に、矢が突き刺さった。その躰が傾ぐ。馬群が乱れた。死体が一つ、割れた馬群から転がり出る。
また、一斉に矢が飛んできた。しかし俺たちには届かない。この距離で届くわけがない。全ての矢が空しく薄闇に消えていく。
血管が痙攣していた。俺は弓を構え、矢を引いた。残照が雲の輪郭を浮き上がらせる。遠くの敵は判然としない。この状況で的に当てられるのは、身内でも俺とボズクルトぐらいのものだ。卑怯なヤクブたちに同じ真似ができる豪傑がいようはずもない。
さらに一人、ヤクブの兵を貫いた。右腕が熱くなる。左腕も疼き始めた。奴らがまた無意味に弓を構えるような仕草を見せる。俺も応戦しようとして、違和感を覚えた。
奴らは俺とは違う。あまりにも違いすぎる。
まるで、戦いを望んでいないような戦い方だ。
「……陽動か。止まれ!」
急いで号令を出す。手綱を引いて奴らを注視する。相変わらず逃げてはいるが、少しずつ速度を緩めている。間違いない。これは俺たちを誘き寄せる為の罠だ。
狙いは、手薄になった各地の長が集まる俺たちのテント群か。
「戻るぞ! ボズクルトたちが危ない」
「背中は大丈夫ですか? 奴ら必ず追ってきますよ」
一人が言った。分かっている。このまま戻れば襲われていた仲間が再び危険に晒される。
「お前たちは先に戻れ。俺は少し残って奴らの相手をしてくる」
反対意見は上がらない。俺は仲間と共に取って返し、途中で別れて一人残った。
高山地帯だけあって小さな起伏は無数にある。その程度の起伏で軍勢を隠すのは不可能だが、一人と馬一頭ぐらいはなんなく潜伏できる。
馬蹄音が戻ってきた。
俺は丘に上がって弓を構えた。追ってきた軍勢に大将首のヤクブはいない。やはり陽動か。先頭を行く将らしき男に狙いを定め、俺は矢を番えた。
息を吸いながら矢を引いていく。これでは力が足りない。三本指で引いた矢に、薬指、小指を加えてさらに引き絞る。奴らも俺に気付いただろう。それでも高を括って足を止めずに突っ込んでくる。
息を止めた。限界寸前の弓が鳴いている。骨の軋む音が聞こえた。脈動が早くなってくる。
最前を行くのは洒落た髭の男だった。歳は四十の半ばだろう。珍しく腰の右側に曲刀を下げている。首筋に古い痣があった。鼻の頭には黒子が二つある。
俺は、矢を離した。
強弓であろうとも、完璧な射撃は意外と静かなものだ。風切音も置き去りにして、男の首筋の痣に矢じりが吸い込まれていく。
男が後方に吹っ飛んだ。破裂音が遅れて響き渡る。
軍勢が一様に手綱を引き、追撃を止めた。男が乗っていた馬だけが足を緩めながら進み、やがて逸れていることに気付いて軍勢の元に戻っていく。
俺は馬首を返して、先に帰した仲間を追った。
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