第3話 お出かけ
休み時間を狙って教室に戻ると、クラス中から好奇の視線をぶつけられたが、幸いな事に誰一人として俺の元に何かを聞きに来ることはなかった。あるいは、すでに完璧な仮面をつけた霞が事の次第を、不自然なく説明したのかもしれない。
「それで、何話してたの?」
最も、隣の席の泉だけは例外にも、わざわざ俺に先程の出来事を聞いてきたのだが。
「……泉は、超能力者が実在するって信じるか?」
「……何いきなり……信じるわけないじゃん、そんなの」
「そーいう話だよ、あいつとしたのは」
「……何それ、馬鹿みたい。例の終末思想みたいね」
泉は興味を失ったのか、俺が真剣に答える気がないと判断したのか、投げ捨てるような言葉を残し携帯を触り出す。
しかし、一方で俺は泉の言葉に妙な引っかかりを感じた。
「終末思想って、最近ネットとかで話題のやつだよな。詳しく知らんけど、そんな話なのか?」
「んー、まあそんな感じ。私もそんなに知らないけど、どうもこの前の彗星の影響で世界が近いうちに滅んじゃうんだって。それを救うことができる超能力者がいるとか何とか、新興宗教みたいなのが言ってるみたい」
世界滅亡に、救世の超能力者。あまりに突拍子もない話だが、奇妙にも霞の言っていた事と一致する部分もある。
霞はその新興宗教の信者なのか?あるいは、本当に世界は滅亡の危機にあって、超能力者がそれを阻止しようとしているなんて事が……。
「ちょっと、真剣な顔しないでよ。まさか、律までこの終末思想に取り憑かれる訳じゃないよね」
泉の言葉で我に返る。
「まあ、おかしな話だよな」と適当な相槌を返しながら、次の授業の準備を始める。時計を見れば、もう数分と経たないうちに授業が始まろうとしている。
やっぱり、黒板の方を向くと、霞の姿が目に入る。そして、思い出される。
「全ての実在を信じなくては駄目」
まさか、な。
授業が始まり、急速に日常というものに引き戻される中で、その言葉だけがとげのように刺さったまま、浮いていた。
「律、遅いぞー」
「遅いったって、まだ開演までどんだけ時間あるんだよ。むしろ早すぎるくらいだろ」
「色々やることがあんの」
泉はそう言うと、人もまばらなライブ会場を意気揚々と歩き出す。少し遅れて、それについていき、泉に「ライブ会場って、こんなでかいもんなんだな」と語りかける。
「あんた野球とか見に行った事ないの?」「まあ、ない」「あ、そう」
いつもと変わらぬ適当な会話でもしながら、泉がグッズやら何やらを買うのに付き合っていたら、開演の時間が近づいていた。
「律は、グッズ買わなくて良かったの?」
「良いんだよ、金もないし」
座席につき、泉はNARUちゃんのグッズを大事そうに抱え、キラキラとした目で眺めている。そんな泉の姿を見て、思わず笑みがこぼれてしまう。
「律は、楽しい?」
そんな俺の姿を見たのか、見ていないのか、泉はグッズを眺めたまま、そんな事を言った。
「楽しいよ、結構」
「そう、良かった」
泉はグッズを手で弄びながら、はにかむ。俺もそれを見て、もう一度笑った。
「なんか、無理矢理誘っちゃったし、グッズ買うのも無理矢理付き合わせたかなー、とか思ってたんだ」
「そんな訳ないだろ、嫌だったら断ってる」
「そっか」と泉は呟き、グッズから手を離す。そのまま、俺の方を見つめた。その顔は、あまりにも寂しそうで、俺は言葉に詰まる。
「それでも、やっぱり律は……」
ワッと一際大きな声が聞こえた。丁度、俺らの前を座っていた集団がなにやら盛り上がっているらしい。
泉は、袋から別のグッズを取り出し、色んな角度で眺めながら、「ううん、なんでもない」と、そう呟いた。
俺は泉が、何を言いたかったのか、何となく分かっていた。だけど、それに気がつかないふりをする。なぜなら、今は結構楽しいからだ。
「楽しみだな」「そうだね」「顔出ししないライブってどんな感じ?」「すぐ分かるんだから、自分の目で確かめなよ」
またいつもの適当な会話を始める。いつの間にか、ライブの開演まで、残り十分となっていた。
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