第2話  デビュー

 それから三カ月が過ぎ、信じられないことに私は歌手になっていた。私はステージに立ち、目のくらむようなスポットライトを浴びて、マイクを持つ手が緊張のために震えていた。


 コンサートホールからの声援に怯む。合唱のコンクールとは違い、一人で歌ったことがないので、あがってしまって何度か歌詞を間違えそうになった。


 デビュー曲は「明日への扉」、クラシックの曲をアレンジしたものだ。


 デビューしてから半年が経ち、お正月が近づいてきた。外はチラホラと雪が降り、風は強く野外での撮影は大変だ。 


 せっかく髪をセットしてもらっても、すぐバラバラになってしまう、その日は三時間ほどの野外撮影で助かった。


 私はまだ学生なので、仕事は土日に集中してスケジュールを組んでいる。思った以上にハードな生活で、寝る時間がわずか三時間の時もあるが、今までにない未知の世界が楽しく、毎日が変化に富んでいる。


 私は自分が霊感体質であることを忘れてしまうほどの忙しさだった。


 クリスマスが終わった時期は丁度冬休みで、軽井沢でロケがあり二週間の撮影予定だ。トレンディードラマにちょい役だけど、出演してみないかとの打診があり、マネージャーである母が持ってきた仕事だ。


 私はドラマなんて演技をしたことがないから無理だと断ったけど、母はやってみるべきだと言って譲らなかった。


 結局そのまま、母に押し切られるような形で出演が決まった。けれど、この時、それが後々まで後悔するようになるとは、気づきもしなかった。


 今日は初のドラマ出演の撮影だ。最初は失敗しないかと、ドキドキしていたけど、一回目の収録を無事終えることができた。


 撮影の終了後に控室母とのんびりくつろいでいると、外が少し騒がしいのでドアを開けてみた。


 「火事だ!」とスタッフが叫んでいる。外ではすごい騒ぎになっていた。キッチンからの出火らしく、結構火が広がっていて、皆で火を消そうと消火器を持ってとり囲んでいる。一時間後にやっと火が消えて落ち着いた。


 しかし、木造の家だったので半分くらい焼けてしまっていた。その後、近くでロケをしていた同会社の宿泊所に皆で行くことが決まった。


朝のドラマの時代劇にアイドルグループが出演していて、今話題になっている。そこのロケ班に合流するらしい。皆で車に乗って移動することになった。


 三キロメートルほど離れた場所に、宿泊場であるロッジはあった。周りは暗くなっていて、外観は見えにくかったけど、ロッジというより洋館のようだった。


 屋敷に植物の蔦が絡まっていて、重厚な雰囲気を感じる佇まいだ。


 何だか、嫌な予感がした。冷や汗がにじんできて、鳥肌がたった。私は逃げ出したくなる衝動を抑えるのに必死だった。ロッジから黒いモヤが立ち込めている。


 「ママ、ロッジに行きたくない。何だか嫌な雰囲気がするの・・・」

「また、そんな事を言って・・・。ママを困らさないで」私は泣きたくなった。


 アイドルグループとそのスタッフと合流後、皆で集まって食事をすることになった。自炊しようということに決まり、皆で大奮闘して作っている。


 カレーの美味しそうな匂いがしてきた。母親は随分男性が多いのが気になるようで、神経質になってピリピリしている。


 私は母親にちょっと外の空気を吸ってくるからとリビングを離れ、少しロッジの部屋を見て回った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る