戦車【シュナイダー】

 ブリケの隊長が頭上からの攻撃に喘ぐ。


「上からかっ!」

「言いたいことはそれだけか?」


 隻翼は無表情に問い返したが、ほんの少しだけ、悪戯心が湧いた。


「誰が魔王か、といいたいところだがな。――今、この時から俺がお前たちにとっての魔王だ。覚えておけ」


 ヴァーリの前蹴りによってブリケが吹き飛ばされる。


「もう一つ勘違いを正してやろう。――ジーンを殺害した者はお前らではない。この俺だ」

「……なんだと……」


 カメラ越しに隻翼の冷ややかな視線が防衛隊長に注がれた。

 真相を知らなかった防衛隊長が呆然と呟く。


「シールドバインダーを照会したのだろう? スパタに乗っていた俺がジーンを殺した。もう契約は切れていたんでな」


 嘘をいっているようには聞こえなかった。


「まさかお前、依頼主であるジーンを殺害して兵装を奪ったのか?」

「さあな?」


 依頼は終了していた。依頼主を裏切ったわけではないが、隻翼は防衛隊長に教えてやるつもりはなかった。

 ヴァーリがシールドバインダーにサーベルを収める。


「俺は傭兵ホーカーだ。新たな依頼によって、ノワールの全勢力を叩き潰す」


 隻翼は淡々と感情を押し殺した口調で、恐るべき内容を防衛隊長に告げる。 


「貴様、正気か? 誰だ依頼主は!」


 思わず笑いそうになる隻翼は、僅かに唇の端を歪ませるだけ。


(依頼主は俺自身だ)


 これは己自身が発起した、己による、己のための戦争だからだ。


「依頼主を吐く傭兵などいるものか。人々を護るというなら護ってみせろ。一切の容赦はしない。俺こそがジーンを殺したんだぞ? なぜジーンの意志を尊重しないといけないんだ」


 彼はジーンの言葉を守っている。死者との約束を違える気はない。


(私のために戦うな。どんな理由があってもいいが、私のためだけに戦うことは許さない。たとえ私が死んでもだ)


死者との約束を違えることは困難だ。もういないのだから――弁解も許されない。その意を汲むのみ。

 

 ヴァーリがその場を離れる。本命のラピエール部隊の接近を感知したからだ。

 防衛隊長を生かしたということは、この警告を伝えるためだろう。


「敵の名は魔王アーチフィーンド。ジーンを殺害したスパタ乗りのホーカーだ。繰り返す。敵の名は魔王。依頼主は不明。目的は我々を壊滅させることだ」


 防衛隊長が宇宙艦ルーアンに通達する。

 バーガンティ勢力とヴァンレシア勢力に衝撃が走る。正気の沙汰ではないが、厄介な襲撃者が誕生したことは間違いなかった。


「魔王を迎撃すべく態勢を整えよ。所詮単機のホークだ」


 防衛のためにホークが緊急出動した。

 レプリカDクラスに属するホークであるセクリスを中心に、ブリケが部隊に加わった。


「歩行戦車【シュナイダー】も出せ。あいつならホークを止められる」

「わかりました」

「シュナイダーを撃破したホークなど、それこそジーンのオルフラムぐらいだからな」


 歩行戦車と呼ばれる大型兵器が格納庫から出撃した。

 シュナイダーの全長は約二十メートル。装甲もホークとは比較にならない。

 二脚ではあるものの、安定性を重視している構造は、足首より先は巨大な履帯になっている。

 両肩には巨大なローンチポッドが備えられ、両腕部の腕先は砲身と薙ぎ払い用の斧が一体化しているものを装備していた。


「化け物には化け物をぶつけるしかない」

 

 シュナイダーは前大戦で使われた兵器であり、近年はジーンの部隊に撃破されたものの圧倒的火力による制圧能力は突出している。

 今や製造困難な兵器であり、秘蔵された秘密兵器ともいえる。


「敵の目的は我々の壊滅。出し惜しみしている場合ではない」

「ホークが十六機にシュナイダーまで出したんだ。恐るるに足りず!」


 シュナイダーを引っ張りだした理由には士気を上げるためもある。

 魔王を名乗る、ジーンの兵装を武装したホークを相手にするには、パイロットたちも安心できなかった。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 コックピット内にエイルの声が響く。


「敵部隊に大型戦闘兵器を確認しました。兵種は歩行戦車シュナイダーです」

「聞いたことがある。俺がオリフラム部隊に配属される以前、ジーンがやりあったという歩行戦車だな」


 隻翼もオリフラム部隊のパイロットから聞いたことがあった。

 ジーン率いる部隊が半壊状態に追い込まれて、ようやく撃退したという前大戦の遺物だ。

 共通規格であるホークと違い、独自に設計された戦車は、各勢力でも切り札として存在している。


「敵ホークは総数十六機。四個小隊四部隊と思われます」

「セクリスにブリケか。セクリスはスパタと同世代の旧式機だな」


 セクリスは骨董品に属するような、古い機体だということだった。

 隻翼はヴァーリの戦闘力をもってすれば、対処可能だと判断する。

 ヴァーリはエクスプレスを装備して交戦に備える。


「敵機を発見。殲滅する」


 アルフロズルとヴァーリのレーダー解析能力は隻翼が知っているどのホークをも陵駕している。 

 一方的に敵機体を感知して、攻撃が可能だ。


 砲身を展開したエクスプレスからイオンビームが発射され、四機のセクリスを瞬く間に撃破する。


「ブルケ小隊が接近中です」

「対処する」


 エイルの警告に、隻翼は冷静に応答する。

 ヴァーリはビルを盾にしながら最初の目標地点である宇宙艦ルーアンに向かっている。

 防衛部隊を振り切ることも可能だったが、隻翼はそれを良しとしなかった。

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