魔王の幻影

 防衛部隊としては旧式ホークでルテース軍の量産機ブリケが出撃していた。旧式機ながらも重装甲と重火力を両立しておりルテース軍では今なお現役の機体だ。

 フェイスマスク型の砲撃を得意とする、装甲が厚い機体だった。


 隻翼が駆るヴァーリは腰を落としてシールドバインダーを構えながらビルからビルの合間を移動している。

 テラフォーミングの際、建築物は十メートル程度の大型歩行機械が規格化されているので高速移動も問題がない。


 迎え撃つバーガンティ軍に緊張が走る。


「敵の移動速度が速いな。本当にホークか。可変機ではないようだが」


 スパタの移動速度は時速八十キロメートルから百二十キロメートル。量産機のホークでも最大速度二百キロ程度だろう。

 ホークは装姿戦闘機という前身があり、その名残で可変機構を持つ機体もある。


「おそらくだが、巡航速度で時速三百キロメートルはでている。最大速度は何キロだせるというのか」


 ホークの交戦距離は地球では最長十キロメートル前後。火星では七キロメートル前後とされている。

 適切な交戦距離は武器の兵装にもよるが、三キロメートルから五キロメートル程度だろう。加速されたイオンビームの弾速は速くても、着弾までのわずかなブレは命中率に大きく影響する。実弾兵器はさらに外しやすい。

 火星は地球より半分の大きさしかないので地平線が低く、地形的な限界だ。この距離を超える砲撃の場合、曲射しないといけないが実弾兵器に限られる。


「相手はジーンと同じ弾数無限のビームライフルをもっている。戦車や戦闘機もそれでやられた。距離を詰めろ!」


 ホーク同士の近距離レンジは格闘戦から二キロメートル。NM装甲を削りたい場合、できるだけ近付かないといけない。


「敵ホーク、ビルの合間より八キロメートル先――いえ。五キロ先に出現! かなりの速度です!」


 左腕に盾を構えたヴァーリがビルから飛び出してきた。


「接近しろ! 逃すな!」


 ブリケ防衛隊三番機はヘビーイオンライフルを発射しながらヴァーリに接近する。


「え?」


 ヘビーイオンビームがヴァーリの盾に弾かれた。ヴァーリのほうが距離を詰めている。


「何故だ!」


 ブリケのパイロットが叫んだ瞬間、ヴァーリが抜いたサーベルの剣先がコックピットに進入してパイロットを両断した。

 勢いはそのままにブリケは背後にビルに叩き付けられる。ヴァーリが突き出した剣先はビルをも貫通していた。


Valiヴァーリ。いけるな」


 隻翼が確認するかのように声に出す。兵装のティルフィングは両手、片手のみならず刺突も斬撃も自由自在。凄まじい斬れ味は負の質量を発生させることなく装甲を切り裂いた。

 ヴァーリはサーベルを引き抜いてこびりついた油を血振りのように振り払い、そのままサーベルの峰を右肩において再びビルの影に飛び込んだ。


「三番機とは撃破された機体とは三キロもの距離があったはずだ! 十秒ぐらいで詰められるのか?」

「最大加速時は千キロを超えています。本当にホークかよ」

「あのホークのサーベル、機体ごとビルを穿ち抜いたぞ。ジーンなんかじゃない。本物の魔王がやってきたのか?」


 ブリケ防衛部隊に動揺が走る。少なくともジーンは民間に被害が出ないよう配慮して戦闘する女性だった。

 襲撃中の機体はビルを盾にしながら防衛部隊と交戦している。


「魔王が差し向けた亡霊だろ!」

「三十一世紀にもなって亡霊やら魔王などと何をいっているお前ら。……うわぁ!」


 ブリケ防衛部隊六番機が突如悲鳴をあげて、通信が途絶えた。


「六番機! 応答しろ!」


 ブリケ防衛部隊隊長が呼びかけるが、機体反応もなくなった。


「所属不明の敵機は呼称魔王アーチフィーンドとする! 魔王は宇宙艦ルーアンに接近中です!」

「ホーク一機で宇宙艦は無理だろ。自殺行為だ」


 宇宙艦ルーアンのオペレーターが疑問を投げかける。


「そんなものは魔王に聞いてく――ひぃ!」


 ブリケ防衛隊二番機の通信と反応が途絶える。フィーンドは一機ずつ仕留めている。


「くそ。こうなったらせめて目的ぐらいは聞き出さないとな。――生き残っているホークは武装を捨てて下がれ。見逃してくれるかもしれん」

「隊長!」


 ブリケ防衛部隊隊長は放送を広域放送に切り替え、フィーンドに呼びかける。


「襲撃中のホークに告ぐ。貴君の目的はなんだ?」


 目的がわからなければ交渉も不可能だ。どの勢力に所属しているかも不明であり、判明していることといえば、敵機がジーンのオリフラムが装備していたシールドバインダーを装備していることのみ。

 個人的な復讐かもしれないと判断したからだ。 


「君が所持している兵装がジーンのものであることは確認している。彼女の復讐か?」


 守備隊長は死を覚悟して声を張り上げる。両手にヘビーイオンライフルを掲げながら彼が搭乗するブリケは周囲を警戒する。

 防衛隊長は挑発するかのように続ける。彼が時間を稼げば部隊の撤退とラピエール部隊の増援が期待できる。


「我々はバーガンティの独立、ひいてはノワール地域の平穏のために戦った! 今もそうだ! ジーンは敵だったが人々のために戦った! お前はどうだ! ジーンの亡霊、いや魔王アーチフィーンドよ!」


 隻翼は口元を歪ませる。彼等はヴァーリにジーンを感じたのだ。


(ジーンに力を貸したという北の魔王とやらの影に怯えているのか)

 

 ブリケの両腕部が吹き飛んだ。一刀のもとに斬り飛ばされたのだ。

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