avenger—復讐者

 ドゥリンがぼやく。


復讐者avengerヴァーリが目を付けるぐらいには、隻翼の魂が苛烈だったってことだ。本当に魔王の帰還になりかねんわ」

 

 ゲニウスたちを喜ばせるために料理を作る隻翼からは想像できない。


「純粋な戦闘だけならトールやその息子たちの名を冠したゲニウスのほうが上でしょう。しかしヴァーリは違います。速戦即決かつ冷酷無比、神算鬼謀の性質と戦闘技術。戦事に関してはすべてを兼ね備えたゲニウスです。隻翼と合致するだなんて思いませんよ」


 ヴァーリの逸話にある成長速度、生まれ落ちたその日に異母兄ホードルを殺した行動の迅速さ。

 ロキの息子に対しても贓物を引きずり出し、一切容赦ない殺害。その贓物を利用してロキを捕縛して封印したという残忍性。

 これほどまでに情け容赦が無く、北欧神話最大のトリックスターを生け捕りにして罰することを可能ならしめた戦巧者な神はそういないだろう。


「北極冠に戻ったらヴァーリ本人に聞きましょうかエイル。今は隻翼のサポートをお願いします」

「そうですね。ヴァーリに直接問い質しましょう」


 巫女のように佇むロズルは、アルフロズルの制御に専念している。戦車なのでせめて三人。操縦手、主砲の砲手、車長が欲しい所だ。現在車長はエイルが担っている。

 砲がない状態なので砲手も不要だ。戦車の制御に心得があるゲニウスか人間の操縦手も欲しいが、いないものは仕方がない。

 リアクターの制御はドヴァリンとドゥリンが専門家なので問題無く運行できる。


「敵ホーク一個小隊を確認。もうすぐ交戦します」


 敵分析を解析する。現行ホークのデータはスパタにあるのみだったが、隻翼の戦歴も長く十分なデータを蓄えていた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 警報が鳴り響く格納庫の中。

 ラピエールに乗り込み、ライオネルはコックピットからオペレーターに確認する。


「どの勢力だ?」


 ライオネルが所属するバーガンティ軍はルテース軍からヴァレンティア軍に寝返って、ジーン排除功績により自治権が認められることになった。

 

「不明です。敵勢力はホーク一機のみ」

「ホーク一機? なんだそれは。馬鹿にしてるのか?」

「すでに戦闘機が八機撃墜されています。戦闘力は侮れません。所属不明の宇宙艦もいるようですが、すぐに反応は消えました」

「何かがおかしい」


 ライオネルはすぐには出撃せず思考する。敵勢力がそもそも不明なのだ。

 最初に考えられる敵勢力はルテース軍のカール総司令軍による制圧部隊だが、ジーンもいない今一機のみ派遣とは考えづらい。

 ヴァレンティア軍も考えられるが、ノワール地域制圧を目指しているさなか、バーガンティ軍を攻撃するメリットはないはずだ。


「そういえばジーンと一緒にいた傭兵のスパタがいたな。オペレーター、照会を頼む」

「戦闘機から転送された機影とスパタとは一致しません」


 無人戦闘機が撮影した画像が、ラピエールのコックピットパネルに転送される。

 機影は灰色で、スパタとは明白に違う機体だった。


「違うか。いや、この画像。拡大しろ。シールドバインダーを照合しろ」


 画像を拡大すると、見覚えのあるシールドバインダーを装備していた。

 色こそ深紅ではないが、形状はほぼ同じ。


「照合を開始しました」

「あの時の傭兵か? あいつも魔王と接触して遺宝でも手に入れたか」


 それしか考えられない。あのシールドバインダーは色こそ変わっているが、ジーンが装備していた左側の装備だろう。

 魔王とは北極圏にいる第二世代超越知能ゲニウスのことだ。第二世代とは思えぬほど強大な力を誇り、火星の地磁気を管理している。三十一世紀現在では火星で活動した形跡は残されてはいないが、エル勢力から北極冠のゲニウスには手出し無用とされている。

 ジーンは膠着状態を打破するために禁を破り、ゲニウスと接触を図ったのだ。


「ということはリアクターもオリフラムに搭載されていたものか。これはいい。ウリエルスフィアへの良い手土産になる」

 

 ライオネルはオペレーターとの通信を再開する。


「敵宇宙艦に動きは?」


 バーガンティ軍はアルフロズルが戦車だということには気付いていないようだ。機能的にも宇宙艦だ。


「ありません。ホーク単機によって防衛部隊の戦闘車輌が次々と破壊されています」

「あくまでホークのみか。ラピエールは全機。他部隊も可能な限り出撃しろ。シールドバインダーを照合しろ。あいつはジーンの亡霊だ」


 ジーン殺害の真相を知る者は少ない。多くの者は宇宙艦ルーアンとマルニーによる砲撃によって融解して死亡したと知られている。

 影からジーンに止めを刺した者については知られていなかった。真実を告知したところで、見苦しい責任逃れだと言われるだろう。


「確認しました! 確かにジーン機のオリフラムが装備していたシールドバインダーと合致します! 出撃可能なものはすべて出撃させます」


 恐慌に駆られたオペレーターが艦長に報告して矢継ぎ早に出撃準備を指示する。

 ジーンはバーガンディ軍を一人で半壊させた、悪夢そのもの。そんなものが蘇って再び彼等を襲いにくるのだ。


「舐められたものだ。たった一機で襲撃など」


 ライオネルは話を盛ったものの、それぐらいの戦力は必要だと判断した。単機で軍を襲撃するなど、狂気の沙汰だが、敵は実践している。


「ラピエール部隊、出撃! 慎重にいけ。敵はジーンと同等の戦力を持つ可能性もある。忘れるな!」


 ライオネルはジーンを強調して号令を下す。

 ジーンが装備していたシールドバインダーは戦局を翻すほどの脅威なのだ。

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