音速越え

「ヴァンティア軍戦闘機確認。敵は四機編成の部隊。隊長機が母機でNM装甲採用機です。子機はすべて無人機です」


 エイルは敵部隊を説明する。


「了解した」


 アルフロズルは荒野に着陸する。

 ヴァーリは滑空して市街地に向かっていった。


「エクスプレスは温存を。できればシールドバインダーのビームで」

「あの火力はまだ隠しておきたいな」


 ヴァーリがシールドバインダーを装備し、内蔵されたビームを発射して無人戦闘機を撃墜していく。

 上空五千キロメートル。イオンビームライフルのブラッグピークで消滅するまでは、ほぼ有効射程内。

 NM装甲ではない戦闘機など、エクスプレスのイオンビーム一撃で破壊できる。問題は母機だ。


「いくぞ」


 わずかに軌道を変えながら、ヴァーリは敵母機である戦闘機に近付いていく。

 敵はマッハ一強。ヴァーリは時速五百キロメートル前後で飛行しており、このままだとすぐにすれ違う。

 敵戦闘機は防御用の機関砲を撃ち始める。その瞬間だった。


「え?」


 隊長機パイロットが声をあげた瞬間、もう終わっていた。

 急加速したヴァーリが、サーベルを引き抜いて母機である戦闘機の胴体を縦に一刀両断した。

左側の機体を喪失し、墜落する戦闘機。


「あのホーク、音速を超えたか?」


 もう一機の母機に搭乗しているパイロットが戦慄する。ホークは戦闘機から発展した兵器だ。それなりの装備をつけたら飛行能力も獲得できる。

 しかし今交戦中の機体にはそんな装備はない。左背面に装備しているカイトシールド状の巨大なシールドバインダーを水平にしているが、右側には主翼代わりになりそうなものはついていない。

 その上、敵機が落下している。エネルギー切れだろう。


「まぬけめ!」


 思わず罵る敵戦闘機パイロット。最大加速してエネルギー切れを起こすとはパイロットが未熟な証拠だ。


「スラスターを噴かしすぎです!」


 エイルからも通信が届く。

 その声に返答する前。

 自由落下中に再びヴァーリは上空に向けて最大加速を行った。


「その距離から届くのか?!」


 ヴァーリを確実に仕留めようと減速していた母機戦闘機は、不意をつかれた。 

 戦闘機の底面からサーベルで切り裂かれ、リアクターを破壊されて墜落していく。


「まだ慣れないな。大丈夫だ。エネルギーを全部使い切っても一秒もあれば全回復する」

「切らさないよう戦ってください! あと無茶な加速も厳禁です!」

「考慮する」


 返事をする隻翼の息が荒い。エイルの警告はもっともだ。まだヴァーリの機体特性を見極めているとは言い難い。

 指示する母機を喪失した無人機六機をシールドバインダーのビームで撃破した。


「シミュレーションよりも性能がいいな。わかったことは三つ」


 隻翼は小声で確認する。


「一つ。リアクターのエネルギー回復は極めて早いが容量は通常機体とほぼ変わらない。スバタよりやや上だ」


 ジーン機にも装備されていたリアクターはエネルギー充填が極めて早く、ほんの一瞬で回復する。しかし容量が少なく、機体の持久力がないことを意味する。

 エネルギー兵器運用や一撃離脱運用には向いているが、隙は生じる。この隙をどう消していくかがヴァーリという機体のポイントだろう。


「二つ。地表での最大加速は千キロを越える。高度さえあればシールドバインダーの補助スラスターを使えばマッハを超える」


 シミュレーターではヴァーリの地表における最大加速は約1100キロメートル。シールドバインダーの補助は考えていなかった。

 空中戦ということでシールドバインダーの補助スラスターを試したところ、高度五千キロメートルではマッハ1に達した。左翼しかない状態なのでバランスは悪いがあくまで補助スラスター。バランスはヴァーリが取ってくれた。


「三つ。最大加速は俺がもたん。こいつはきついな」


 いまだに息が荒い。0―3秒の僅かな時間に最大千キロメートルに達するヴァーリはパイロットへのG負荷が高い。

 最大加速時には肉体には45G近くの負荷がかかる。G軽減機能でも殺しきれるものではなかった。

 ホークのコックピット耐G機能でGを軽減しても、5Gはあるだろう。耐G機能がある戦闘服でも、肉体の負荷が高い。

 

「最大加速はヴァーリの利点ですが、控えてください。無理に返事はしなくていいです」


 エイルは念を押す。ヴァーリがもつ加速性能は絶大な長所だが、パイロットや機体にも負荷がかかるものだ。

 隻翼は首肯して視線を送る。いまだに息が荒い。


「隻翼は無茶をしますね。しかし想定以上の戦闘力です」

「索敵、反応速度も向上している。ヴァーリの処理能力が寄与していますね」


 エイルが想定した演算よりも、迎撃戦闘機を掃討する時間は三十秒ほど早い。

 

「ヴァーリ。北欧神話においては兄であるフェンリル殺しのヴィータルと並ぶ北欧の復讐神。――ヴァーリはより苛烈な復讐者アベンジャーです」


 ロズルはとくに心配していない。彼のことはよく知っている。


「オーディンの息子光の神バルドルが悪神ロキに騙されて弟である盲目の神ホードルに殺された。オーディンによってヴァーリは復讐のために生まれた。一日で成人して異母兄でもあるホードルを殺害したと伝わっています」

「ホードルは騙されただけで殺意など一切なかったが、ヴァーリは考慮しなかった。その罪の重さだけで制裁を下した」


 エイルはヴァーリの逸話を確認する。それがゲニウスの本質だからだ。

 ドヴァリンは容赦ない性格に唸る。ロキにたぶらかされただけでホードルには殺意が無かったからだ。


「それだけではありませんよ。主犯であるロキの息子を殺してその贓物を引きずり出し、ロキを縛り上げたんです」

「そうしてロキはラグナロクまでは動けない身となりました。アルフロズルの太陽運行、テュールの右腕、そしてロキが捕縛されていたからこそラグナロクが成立せずにいたのです。テュールと同じ約定、法の神でもあります」


 ヴァーリが火星にいることは偶然ではない。

 ラグナロク封印の三柱を模したゲニウスはすべて火星にいたのだ。

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