終わりなき襲撃
エイルは隻翼の座っているテーブルの上に、宇宙居住艦が墜落した場面とその被害をシミュレートした映像を呼び出した。
「キロメートルサイズの宇宙艦です。不時着しようものならその衝撃波だけで多くの建物が倒壊して、住人が死にます」
多くの人間が圧死している。墜落の衝撃だろう。
その映像を見ても隻翼の心は揺るがない。
「関係ない」
宇宙艦の住人が不満なら、彼らが隻翼を殺しにくればいい。それだけの話だ。
「では何も問題ありませんね」
エイルがにっこり笑う。彼女は覚悟を問うているのではなく、事実を述べただけだ。
隻翼は頼もしく感じるとともに、大量死を目の当たりにしても内面にさざなみ一つ立たない自分に気付いた。
心などとうの昔に壊れているかもしれない。
「目標勢力は敵であり目的の障害です。無差別に鏖殺しない程度の情けはあってもいいと思いますが、戦わない理由にはなりません」
隻翼の心を見透かしたような、エイルのまなざし。
黄金に輝く瞳は死者を選別する者の名に相応しい美しさだった。
(これが超越知能ゲニウスの戦乙女か)
「戦うさ。死者数なんざ気にしてはいられない。軍隊に配属されて居住宇宙艦を墜としたことだってある」
隻翼もホーク単機ではないが、敵対する居住艦を墜とした戦歴もある。
傭兵は敵をえり好みするわけにはいかない。
「その覚悟は上出来です。一機のホークで目的を達成できなければ、何度でも襲撃を繰り返せばいいのですよ?」
「ん?」
「作戦は決行します。一回の宇宙艦や敵部隊を壊滅できるなど難しい。しかし隻翼が生きている限り失敗ではありません。時をおいて何度も襲撃すればいいのです。気が向いた時に。すぐにでもいいし二年後でも五年後でも」
「とんでもないことをいってのけるな」
終わりなき襲撃を仕掛けられるなど、敵勢力側としてはたまったものではないだろう。
「相手の嫌がることをする。戦においては常道です。それにこたびは戦争ではなく個人の襲撃ですから」
「終わりがない戦いを仕掛けるわけか」
「あなたの心が満たされるまで戦い続けてください。私達が支援します」
「ライフワークにでもするか。空き時間は屋台しながら」
「いいですね。そのぐらいの気軽さで戦闘に挑むべきです。あなたさえ生きていれば私達は戦闘を継続できます。たるんでいたら私がお尻を蹴り上げますよ」
「頼むよ。気合いを入れてくれ」
「はい」
琥珀の瞳を細めて微笑むエイルは、まさに戦乙女そのもの。戦うなとは決していわない。いつまでも戦い続けろといっているのだ。
人間の、とくに優しい女性の思考ではない。
そして隻翼が戦いをやめなければ、テュールスフィアのゲニウスは彼の味方だということを教えてくれた。
(――エイルがもつヴァルキリーの性質は伊達ではないということか)
隻翼は思わず舌を巻く。
「見直してくれましたか? 食べたいメニューをあげてばかりの駄女神ではありませんからねっ!」
「すまない。凄いなと思って」
「悪い気分ではありませんね」
「好きなスイーツを作ってやる」
「もう!」
結局子供扱いされて頬を膨らませるエイルに一同が笑う。
次は自分の番とばかりにロズルが話し始めた。
「私も挽回しないといけませんね。私は自らが隻翼の作戦遂行のサポートにあたります」
「自らというと?」
「作戦領域までホークを運ぶ役割を担います。私の本体である空飛ぶ戦車アルフロズルを使うのです。伝説の通り、空を飛ぶ戦車ですのでホーク一機など余裕です」
「空飛ぶ戦車か。戦闘機でも宇宙艦でもなく?」
「はい。旧式の巡航戦車ですね。長距離遠征をして作戦目標を達成する戦車です。兵装は喪失していますが装甲は宇宙艦の比ではありません。逃走速度にも自信はあります」
アルフロズルは自らの本体に絶大な自信をもっていた。
太陽を喰らう狼から逃げ続けた戦車と女神の総称を冠するゲニウスとしての矜持だった。
「隻翼のホークを作戦領域まで運搬して作戦終了後、回収に向かいます」
「しかしロズルが戦場に向かう必要は――」
隻翼の唇にロズルの人差し指が当てられる。
「心配ご無用。むしろ冷たいと感じるかもしれません。戦う者は人間である隻翼一人。火力支援さえも行いません。行えないといったほうが正しいでしょうか」
怜悧な美貌はにこりともしない。彼女が危険な目に遭うことを憂慮するのは杞憂だということを隻翼は確信した。言葉通り、火力支援はない。戦うパイロットは彼一人ということだ。
ロズルの人差し指が唇から離れる。
「問題ない」
「主砲や副兵装を使うにも選任のホークがいるのです。また地表での戦闘には威力が高すぎます。私は小回りが効かない戦車なのです」
「作戦エリアに運んでくれるだけで十分だ」
「私達ゲニウスは超越知能。人間をサポートして進化させ、種として永続させる目的のために生み出されました。私達はテュールスフィア所属の隻翼をサポートするのみ。あなたひとりがすべての任務をこなし、責を負うことになるのです」
「それでいい。――いや、それがいい」
隻翼の本音だった。彼女たちに出撃するといわれたほうが心の負担となることなど、自明の理だった。
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