標準化と階位
エイルが自嘲を思わせる笑みを浮かべる。
「第二次太陽系戦争はゲニウスの技術と人間の確保です。超越知能は人間の進化、存続のために生み出されました。そのためにも人間というリソースは略奪の対象でもあったのです。――本末転倒と笑いますか?」
「笑う。存続するために必要な人間を戦争ですり減らしてどうする」
「人間全員が必要なわけではありませんから。優秀な人間と言い換えることができるでしょう。少なくともEL勢力にとって住人層はカウントされていません」
隻翼が眉をしかめる。ジーンの話と合致したからだ。
「現在営まれているEL勢力文明の話をしましょう。火星でのEL勢力が管理するスフィアでは
「階位? 平準化にもランクがあるということか」
「ありますよ。より優れた人類を作り出す、進化するべきと認められた人間が数段階役割に応じて。そしてそれ以下の住人階級です。人間は教育環境と個人の才によって大きく変質します。世代を重ねることによって上層と下層の差が開き選別される制度です」
「人間の均一化ではなく、階位内による平準化ということか」
均一化はすべてを同じ状態にすること。平準化は効率よくバランスを取ること。似ているようで両者は違う。
「下層に流れてしまった場合、並大抵の努力では公民になれません。何故ならば住民階級は最低限の教育を施し、政治や学問の世界など遠いものだと思わせることがELの方針だからです」
「なんて平準化だ」
優れた容姿と身体能力、長寿命。
進化するべき最高ランクの人間と比較しても、超越知能と人間の子供だったジーンは平準化から大きく外れていたのだろう。
「EL勢力の方針ですから」
「一種の愚民化政策ではないのか。人間の進化を促す超越知能とは思えない」
「それは違います。公民階級の教育レベルは洗練されて進化しています。中位ランクはその予備で、公民階級の教育がフィードバックされて進化してます」
「下もいるだろう?」
「低層の住人は最低限の教育を受けて、文字の読み書きや四則程度の数学を学びます。超越知能が管理する以上、数字の意味もわからないと何もできませんから。逆に政治や経済にはあまり興味がわかないように適度の娯楽と労働を与えられています。これらのランクから公民が生まれる可能性もありますしね」
「苛烈な教育社会だな」
「適者生存ですよ。生まれが重要になり、運の要素もあります。EL勢力が大切に育てた公民階級が宇宙艦同士の戦争で一掃された事例はいくらでもありますから。人類を生存、進化させるための方針はELやゲニウスによって異なってきます」
「その平準化から外れた事例がジーンなのか」
「今回の追放は平準化が根底があることは否めません。隻翼の故郷にも似たニュアンスの格言はありますよね」
「出る杭は打たれる。ルテース軍と寝返ったバーガンティ軍にとってはゲニウスの血を引き突出しすぎていたジーンは交渉材料にしやすかった、か」
少なくとも彼がいたスサノオスフィアは露骨なランク分けなどなかったことを思い出す。
しかし隻翼はジーンが殺された理由はそれだけではないようだと考えている。他の要因もあると推測しているのだ。
「我が主ティールはバーガンティ勢力はミカエルスフィアに吸収されると踏んでいますけどね」
「どういうことだ?」
「ヴァレンティアはノワール海を挟んでいますから。ルテース軍が所有するノワール地方と地続きです。地表の自治権も百年持つかどうか。遠からず土地を捨てて宇宙へ逃げるしかなくなるでしょう。地政学的に国境の狭間にある領土の宿命ともいえますが、問題はそこではありません」
「別の問題?」
「本当の敵は強大で、今の隻翼とホーク一機では無駄死にするだけです。一矢報いて死ぬという覚悟は結構ですが、効率的に敵に損害を与えて目標を達成しなければ結局あなたはジーンのために死んで彼女の遺言に背くことになります」
「そうだな」
エイルの語る言葉は辛辣だ。
戦闘に関してはいつになく厳しい。
「スフィアを敵に回すのはもっと後。とくにウリエルスフィアは無視しても構いません。真の敵はミカエルスフィアでしょう。作戦中にジーン追放とオリフラム部隊解散を実行したカール総司令と大統領マイケルです。しかし彼等はひとまず置いておきましょう。まずはジーンの直接的な死因となった二人を優先すべきです」
「了解した」
「先程いった通り、当初の戦略目標をバーガンディ軍宇宙戦闘艦ルーアンとその所属部隊パイロットライオネルと宇宙居住艦マルニーのピーターに絞ります。異存はありますか?」
「ない」
手にかけた者こそ隻翼だが、ジーンを誘い出し追い込んで処刑した者はその二人だ。
最初の戦略目標としては隻翼も異存がない。
「一機のホークでできることなど限界がある。俺もそれぐらいは理解している」
「問題はそのあとです。宇宙艦ルーアン、宇宙居住感マルニー。撃墜は厳しいと思いますが、成し遂げた場合の死者は数千から二万人近くなるでしょう」
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