戦乙女の戦術会議

 ドヴァリンがシミュレータから機体のデータを読み取り、思わず唸る。


「しかし――こんな癖の強い機体を操縦できているな。思い入れパワーか?」

「何の思い入れだ。機体もない状態でそんなものないぞ。一撃離脱戦術は得意だからな」

「機体の方向性とパイロットの戦術特性の合致か。ティルフィング前提で進めるぞ」

「頼む」


 攻撃しては全力で離脱して奇襲する。その場に留まらない戦術を好む隻翼としては理想の性能といえた。防御面は機体を覆うほどの巨大なシールドバインダーが破格の性能を誇っている。


「主兵装の射撃武器を試した結果だ。ホーク用ライフル、ロータリーキャノンとライトイオンビームライフル、同じぐらいの結果だな。作戦によって使い分けよう」

「ホーク用ライフルはレールガンやスムーツボア構造を採用したものはあるが、連射は効かないな。ロータリーキャノンはNM装甲を削り殺す戦術に。ライトイオンビームライフルは弾数の制限はないがエネルギー消費が激しい。一長一短だな」

「NM装甲が強力といっても、装甲が削られる前提で負の質量を発生させる原理だからな。ロータリーキャノンはやや効率が悪い。レールガンやイオンビームを何発かあてたほうが早い」

 

 隻翼が画面を操作して、シールドバインダーに注視している。

 ホークを包み込めるような巨大なカイトシールド状のものだが、今や左側に装備されているものが残されているだけだ。


「あと一つ、主兵装には隠し球がある。今製造できるか確認中だ。期待せずに待っていてくれ」

「十分だろう。喪失した右翼のシールドバインダーは高性能ライトイオンビームライフル。俺に渡された左翼のシールドバインダーに内蔵されたティルフィングもとんでもない代物だぞ」


 シールドバインダーは盾の役割だけではなく、複数の兵装格納庫の機能を有する。残されたシールドバインダーは並外れた防御性能と、内蔵された特殊兵装、さらには補助スラスターまで備えており別格だった。


「右翼にもプラズマブレードは仕込んであった。左翼には内蔵連射式のイオンビームランチャーが内蔵されている。どちらを好むかは本人次第だったというわけだ。製造してやりたいところだが難しい。すまん」

 

 右翼側扱いとされたシールドバインダーはもはや存在しない。あれだけの防御力を持つ同装備はドヴァリンたちでも困難だという。


「一つあれば十分だ。両翼あれば隻翼ではなくなる」

「隻翼自身が揶揄されないか心配だ」

「翼をもがれたゲニウスの飼い鳥ってことか? 心配無用だ。俺は狩鳥――ゲームバードだ」


 古来、鳥を飼育する際羽根を切る場合もある。籠の鳥というわけだ。


「翼一つでどこまでいけるか、俺自身楽しみだ」


 隻翼が小さく呟いた。

 紛れもなく、今まででもっとも充実した戦力に、彼自身も戦意が高揚している自覚があった。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ドヴァリンたちがティルフィングの調整に入った。元になる機体パーツはすでにあるので、隻翼の希望にあわせた細かい調整のみだ。

 カラーリングも変更している。深紅の機体では目立ちすぎるからだ。


 機体の調整が終わったあと、約束通りエイルとアルフロズルを呼び出す。ドヴァリンとドゥリンも同席することになった。


「機体調整は終わりましたね。では隻翼が為すべきこと。つまり敵対対象の選定と勝利条件を確認しましょうか」


 エイルがいつになく真面目に語る。

 銀髪をハイポニーに結い、青い甲冑を着込んでいる。これが彼女の正装なのだろう。


「わかった」

「僭越ながらスパタの内部データを解析して改めてテュール様が分析しました。私はそのサポートです」

「テュール自ら?」

「かの方は勝利を意味する神を模したゲニウス。迷わずテュールスフィアを選んだ貴方を勝たせるために動くことは当然です」

「頼もしい」


 勝利を意味するルーンでもあるテュール自ら状況の分析を行う。これほど心強い司令官がいるだろうか。


「私は計算が得意なのです。最適な結果を出してみせます」


 エイルは胸を張る。


「敵勢力を整理しましょう。ノワール地方には三勢力。ジーンの死に直接関わったヴァレンティア軍。バーガンディ勢力です」


 隻翼は頷いた。この三勢力、とくにバーガンディ勢力の立ち回りでノワールの戦乱は長引いている。


「目標はパイロットのライオネル。ルテース軍にありながらバーガンディ軍に寝返った宇宙艦マルニーのピーター・カーシェンに絞ります」

「その二人に絞るか。そいつらを倒せば終わりだな」

「いいえ。残念ながら彼らもまた政治に関わった者に過ぎません。ジーンを死においやった者。その正体こそ自軍勢力にも拘わらずジーンを追放し、見捨てたルテース軍カール総司令。彼の背後にいるジーンを抜擢した大統領マイケル。――正体は第三世代EL勢力ミカエル。つまりミカエルスフィアそのものです」

「生体ELで大統領のマイケル。ミカエルそのままだな」


 マイケルはミカエルから変化した【神のような者は誰か?】という意味を持つ。意味はまったく同じだ。 


「彼らは受肉と表現していますね。私達と同じ本体は超越知能ですから言い得て妙です。ヴァンティア軍の背後にいるEL勢力はウリエルスフィアですね。火星におけるEL同士の政治と勢力争いです」

「政争か」

「ジーン処刑の功績によってEL勢力合意のもと、バーガンディ地域は独立しました。バーガンディ軍は独立軍となります。ミカエルスフィアとウリエルスフィア双方に属して、自治権を確立したのです」

「ヴァンティアの侵攻から地域の独立紛争に変わったわけか。ジーンは死ぬ必要があったのか?」

「EL同士の戦争拡大を防止するためにも、上層部の保身も兼ねて生贄が必要でした。ジーンの死によって三者ともにこれで一時的な手打ちがなされたということでしょう。小康状態といったところです」

「そんなもののために住民は殺され、ジーンは……」

「生体ELを父に持つジーンは双方のスフィアにとって好ましい因子ではなかったということです。生体ELと人間が第二次太陽圏戦争となった要因の一つです」

「ん? 初耳だ」

 

 第二次太陽圏戦争の実態は、隻翼も初めて知る情報だった。

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