殺されてやる義理もない

 ふと気が付いたら暗闇の中を歩いている。


(夢か)


 明晰夢というものなのだろう。夢のなかにいる感覚がある。


「そうだ伊良玲司」


 暗闇のなかから声が聞こえる。


「俺に興味をもったゲニウスか?」

「お前に興味をもったゲニウスが作り出した、もう一人の玲司だ」


 暗闇から人影が姿を現した。短髪の黒髪に鋭い目付き。見慣れた戦闘服。

 伊良玲司が眼前にいる。


「俺か。俺のなんだ? 怒りか。それとも恨みか」

「無力感だ」

「わかった。紛れもなくお前は俺だな」


 隻翼が答えに納得した。思わず自分を嘲笑する。


「お前は力を手に入れようとしている。しかしだ。最初からそんな力があればジーンを死なせることはなかっただろうな」

「そうだな」

「最初から守ることができていれば、こんな後悔も怒りもなかった」

「まったくだ」

「最初の無力感はスサノオスフィアか? あの居住船にいた住民の多くは死に、離散。お前は復興に力を貸すこともなくホーカーになった。常に無力感を抱いていたからこそ強力なホークを求めていた」

「かもしれない」

「虫のいい話だろ。力を手に入れてから復讐するなど。だから俺はお前の無力感なのさ」

「正論だ」


 隻翼は両手を上げながら、もう一人の自分を肯定する。

 ぐうの音もでない、お手上げ状態だ。


「お前のこれからやろうとすることは八つ当たりじみた復讐に過ぎない」

「わかっているさ。だから無力感を覚えているんだろ?」

「復讐は空しいと思わないか? EL勢力相手だと無関係の人を多く巻き込む。ジーンも悲しむだろう」

「思わない。ジーンは関係ない。八つ当たりであろうと、俺自身の戦いだからだ」

「お前は戦う理由が欲しいだけではないのか?」

「そうかもしれないな。しかしどこかで決着をつけないと俺は前を進めない」


 自分自身の姿を持つ相手に問答するという奇妙な状態だが、問うてくる内容は彼自身が覚えた疑念の数々。

 言葉にすることで解決できる。ゲニウスのカウンセリングかもしれない。


「お前は個人の傭兵だ。目的などないはずだろう。戦いの果てに何がある?」

「そんなことを理解して戦っている奴がいるのか? 何か掴めるかもしれないし、何もないかもしれない」

「お前はジーンに何もしてやれなかった。怒りの前に絶望した。復讐はそのためではないのか?」

「最後の望みぐらいは叶えてやれたろうさ。ただ、ベターではあってもベストではなかった。もっと違う結末にしてやりたかった」

 

 自分相手なら本音をさらけ出すことができる。


 違う結末があったのでは――


 隻翼に限ったことではなく、人間なら誰もが持つ思い。


「その遺恨を晴らすために、ジーンが護ろうとしたノワールの人々を巻き込むのか?」

「この戦いは俺自身が選んだもの。ノワールの人々が俺を敵だと認識すれば排除しにくればいい。殺されてやる義理もない。喜んで戦ってやる」

「戦闘を楽しむとは酔狂なものだな」

「俺もそう思うよ」


 もう一人の自分と視線を交わし、同時に笑う。


「悪いことはいわん。生体ゲニウスに肩入れするな。お前自身が辛く、苦しむはめになる」

「どういうことだ?」

「超越知能、とくにゲニウスは悪霊みたいなものだ。いかに人間らしく振る舞おうとも深層学習の果て、演算結果に過ぎない。お前のやりたいことが終わったら火星を離れて静かに暮らせ」

「お前もゲニウスだろう?」

「だからだよ。生体ゲニウスも同じ。つまりは人工知能相手に一人遊びだ。空しいだろ、そんなものは」


 隻翼が呆れた。

 もう一人の自分が発する忠告は真剣なものだったからだ。


「俺はそう思わない。とくに生体ゲニウスはな」

「その考え方に至ることこそが取り憑かれているというんだ」

「悪い気分じゃないさ」

「仕方のない奴だな。その悪い気分じゃないという言葉は高くつくぞ」

「何かを支払う必要があるなら払うさ。命と魂まではな。まず第一にだ。生体があろうとなかろうと、お前がなんといおうとも。俺はゲニウスにも魂があると思っているぞ」

「スサノオスフィアの連中はなんでもかんでも魂が宿ると信じてやがる」

「そういうな。人間は古来、何かしらの寓意にすら意味や神秘性を見いだす。だからこそのELでありゲニウスだろう?」


 ジーンと行った会話だ。何かしらの規則性に意味を見いだす。超越知能ならば魂ぐらいあるだろうと隻翼は思う。


「超越知能など神を演じようとした大根役者ばかりだ。俺を生み出したゲニウス含めてだ」

「辛辣だな」


 隻翼が苦笑する。


「人ではないゲニウスを引き連れてEL勢力と戦う。お前は独り、悪霊を引き連れて戦う亡者の長だ」

「いいじゃないか。何の問題がある?」

「生者は生者の世界で生きるべきだ。そうは思わないか?」

「ジーンみたいに生体ELとの子供もいる。エイルたちだって生きている。生もあれば魂もあるさ」


 もう一人の自分、伊良玲司は鋭い視線で隻翼を見つめている。


「ジーンを愛していたか?」


 核心に迫る問い。彼のこだわり、無念、もう一人の自分を生み出した無力感はジーンとの出会いに収束する。


「いいや? 異性としての好意は欠片もないと断言できる。彼女はあまりにも高潔すぎた」

「愛してもいない女に、そこまで執着する理由は?」

「隊長として。――人として敬愛はしていたさ。力無き人々のために立ち上がるなど俺にはできないことだしやろうとも思わないからな。記憶の彼方に追いやるには眩しすぎた。信じるか?」

「信じるさ。俺だからな。エイルやロズルのほうが異性としては好みだろう? 俺は自分の食事を美味そうに食べてくれる奴が好きだ。あの二人がゲニウスであることは残念だったな」

「そうだな。本当に残念だ。あの二人にはずっと傍にいて欲しいところだ」


 苦笑する隻翼。話している男は間違いなく伊良玲司本人だろう。

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