蜂蜜酒

「隻翼の作った料理、美味しすぎ!」


 エイルがひたすら食べ続けている。隻翼はそんな少女を見て優しく微笑む。 

 美味しく食べてくれるなら本望だ。

 隣でロズルがうなずいている。


「本来なら俺達が客人をもてなさないといけないのにな」

「本当ですよ。これだからドワーフは」

「料理できないエルフに言われたくはないね!」


 どうやら設定上ドワーフとエルフは仲が悪いらしい。そういうキャラ付けなのだろう。


「神々を饗することは栄誉なことだ。大したものも作っていない。食事を楽しんでくれたら嬉しい」


 隻翼の言葉にドヴァリンとロズルが顔を見合わせる。


「スサノオスフィアの人間はこうもゲニウスを敬うのか」

「私達、饗されたことなんてありませんでした。嬉しいです」


 どうやらみな感激しているようだ。


(超越知能が食事するなんて初耳だしな。しかし肉体をもつだけでこうも人間ぽくなるのか)


 隻翼が感心していると空になった杯に、テュールが黄金色の液体を注ぐ。ほんのりと甘い香りがする酒を隻翼は口に含むと、思わず声を漏らす。


「あっさりして美味い。これは蜂蜜酒か」


 世界最古の酒ともいわれている蜂蜜酒だが、人類の歴史にたびたび姿を現す。ギリシャ神話や北欧神話にも蜂蜜酒は登場する。

 注がれた酒はアルコール度数がやや高めだが、甘くてあっさりしている。どことなくビールにも似た味でのどごしも爽やかだ。


 テュールは笑いながら注いでくれる。隻翼もテュールの杯に蜂蜜種を注いだ。


「気に入ってくれたようだ。珍しいじゃろ。俺たちがビール派だからな。他のゲニウスが飲む機会も少なくてな」


 ドヴァリンが若干気まずそうに言う。料理を作るときは彼らが担当なのだろう。つまり彼らの好みに反映される。


「蜂蜜酒は久しぶりだ。酒の肴が必要ならいつでもいってくれ。あとはなんとかして調理器具を揃えたいな」

「調理器具ってどんなものが必要なのでしょうか?」


 興味津々のロズルが尋ねた。

 

「今日は鉄板で調理できるものが中心だな。鍋や専門の金型を調達できれば」

「ドヴァリン。すぐに作って!」


 エイルがドヴァリンに圧をかけている。鍛冶はドワーフの仕事だ。


「ほいさ」

「あとで詳細を聞こう。なあに、鉄の鋳物や鍛造ならお手の物だ」


 隻翼は鍛冶屋が隣にいたことを失念していた。


「鍋があると鍋料理もできるな。おでんやら。専用の金型があればたこ焼きやベビーカステラを作りたい。鯛焼きもいいな」

「みんな食べたいです! ドヴァリン! すべての屋台料理を食べたい。全種の金型よろしくね!」

「強欲だな……」


 エイルが元気よく返事をして、思わず呆れるドヴァリン。


「口に合うか不安だったんだ」

「今日はヤキソバですよね。さっきエイルやドヴァリンと話していたのです。あなたがラーメンやカレーも作れるのかなと」

「カレーとラーメン? もちろん」


 屋台でラーメンは定番だ。カレーも屋台の定番というわけではないが、隻翼も好きな食べ物である。具材を入手することが面倒なだけだ。


「ラーメンできるんだ…… 美味しそうで未知の味覚がこんなにも……」


 エイルが想像するだけで涎を垂らしそうな勢いだ。この様子では確かに戦乙女という感じではない。


「エイルが完全に餌付けされておる」

「私も手遅れですね」


 ロズルまでが隻翼が作る食事を楽しみにしているようだ。


「甘いものならクレープも作れるよエイル」

「クレープ! 食べたいです! フルーツをそのまま食べるのも飽きてきて」


 ゲニウスたちはあまり調理をしないようだ。


「他に作れるデザート系はあるのでしょうか?」


 ロズルも興味津々になっている。


「たくさんあるよ。ワッフルにカステラ。屋台に出るものは大抵料理できる」

「素敵ですね」


 ロズルまで感激している。ドヴァリンたちはあまりスイーツ系を作っていなかったようだ。

 どの料理を隻翼に頼むかで口論が始まる。

 その光景を愉しげに眺めるテュールがいた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 宴も解散する。次回は宴ではなく、夕食会になった。ラーメンなどが中心となるだろう。

 ドヴァリンとドゥリンが残り、ビールを片手にテーブルをモニターにする。


「隻翼。欲しい金型の話もしたいところだが、本命の話をしようか」

「本命?」


 隻翼は訝しげに確認する。


「明日でもいいんだが、寝るには早いでだろ。今日話したほうがいい。隻翼の新しい機体についてだ」

「最優先の話だな。詳細を聞かせてくれ」

「隻翼はテュールスフィアの住人になったんだからな。俺達のリソースはほぼ空だが、お前さん一人に注げるというものだ」

「部品を掻き集めたらホーク一機分ぐらいのリソースはある。共用のフレームだったからな。あとはお前さんが乗りたい、もしくは得意な機体選びということになるんだ」

「俺の乗りたい機体か。選択肢があるだけでもありがたい」


 ホーカーはホークを自分で改造する。とはいっても四肢のパーツや駆動機関を組み替えることぐらいだが、それだけでも性能はがらりと変わる。


「お前さんが持ち帰ったジーンのシールドバインダーも使う。テュール様からクリムゾンリアクターも使う許可もでている。現行のホーク相手には十分だろう」

「機体の存在自体が戦乱を巻き起こす可能性は?」

「所詮ホーク一機だ。そんな可能性は僅かしかない」

「僅かにはあるんだな」


 遺宝を盛り込んだホーク。

 現在の火星において、それ自体が戦争を引き起こすものになりかねない代物だろう。

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