フェンリル被害者の会

「隻翼。そろそろ俺達と飲もうぜ」

「わかった」


 ドヴァリンが呼びにきたのでエプロンを脱いで最後の大皿を二人で運びながら食堂に戻る。

 ドワーフ二名の他にさきほどの少女。そして男性一名と見知らぬ女性が二名いた。


「揃ったな」


 丸い大きなテーブル。中央に座る男性は背が高く非常に美しい青年だった。ドヴァリンは彼が座る右側の座席につくよう隻翼に指示する。

 隣にはさきほどの銀髪の少女とドゥリンと金髪の美女がいる。

 反対側には淡く光るような金髪に、尖った耳をもつ美貌をもつ少女とドヴァリンが座っている。


(エルフはいないはずでは?)


 どうみても物語で有名なエルフの姿を摸している女性に、視線を向けないようにする。今にも消えそうな儚げな美女という雰囲気を漂わせている。

外見は同年代といったところだ。


「では紹介しよう。こちらは隻翼。我らがテュールスフィアの新たな住人じゃ。短い間だと思うがみんなよろしく頼む」


 会釈する隻翼に微笑む男性と拍手する少女二人。


「では隻翼の。このお方がテュールだ。もう挨拶は良いぞ。テュール様も無口だからな」


 会釈する隻翼に、嬉しそうに微笑み返す青年テュール。

 やはりテュールだったと隻翼は安堵する。これほど大物の空気をまとう青年が何人もいたら彼の気がもたない。


「でこの女性陣たちじゃが…… 二人ともギリギリ女神といったところか」

「ギリギリ女神とはどういうことでしょーか!」


 リンゴ飴をかじりながら抗議する銀髪の少女には、女神のような威厳はない。

 アップルキャンディはすでに三つ目。かなり気に入ったようだが、隻翼が胸焼けしないか少し心配になる。


「今お主がリンゴ飴で餌付けしている少女の名はエイル。こうみえてヴァルキリーの属性も備えておるが、癒やしと保護を司る存在を模したゲニウスだな」

「餌付けってなんですか! それにヴァルキリーは属性ではないからね?! よろしくです!」


 銀髪の少女が元気よく挨拶する。

 大きな瞳は美しさよりも可愛さを引き出している。ジーンとよく似たバイオレットの瞳を持っていた。


「ギリギリ女神。私が女神扱いというのがおかしいのですけどね」


 エルフ耳の女性が寂しそうに笑った。


「このエルフっぽいのがアルフロズル。太陽の女神ソルと二頭の馬車を引く馬の総称じゃな。名の意味はエルフの円盤。つまり太陽を指す存在を模した超越知能でな。本来は女神ソルだが名前の通りエルフの要素を備えておるというわけだ」


 アルフロズルをみると太陽というイメージとは程遠い。瞳は特徴あるアンバーで、軽くウェーブのかかった輝くような金髪は確かに太陽を連想させる。


(何故日曜日の語源になったような女神を模したゲニウスが火星にいるんだ……)


 テュールに続く思わぬ大物に、隻翼は内心動揺する。


「よろしくお願いします。ロズルと呼んでくださいね。料理、とっても美味しいです」

「口にあって良かった」


 微笑みながら挨拶するロズルに、隻翼は会釈で返す。


「太陽の女神であり光のエルフ属性だ。盛りすぎだよな」

「太陽というには、その失礼だが雰囲気が儚げで、美しい」

「美しいなんて口が上手ですね。ふふ」


 ロズルは気恥ずかしそうに口元を緩める。


「アルフロズル――つまりソルは北欧神話では神々の被害者かもしれんな」

「どんな逸話が?」

「ある神が息子と娘が生まれたので太陽と月と名付けた。これを傲慢だと怒った神々は子供たちを誘拐した。息子は月を運搬する馬車に。娘は太陽を運搬する荷馬車の御者にしたんだ」

「災難だな……」

「そしてラグナロクの際、狼に喰われる」

「運がいいとはいえない女神ですね」


 アルフロズルは微笑む。儚げな雰囲気はエルフの美貌と神々の滅亡ラグナロクが由来かと思わせた。


「何故太陽の女神の名を冠したゲニウスが火星に?」

「太陽には人類も超越知能も住めないですからね」

「それもそうか」


 超越知能とて溶けてしまうだろう。太陽に超越知能を配置する意味もない。


「オーディンがいる水星やトールがいる木星よりは太陽と同じ火をイメージする火星のほうが自然ですよね」

「確かに」


 やはりオーディンは水星で、トールは木星なのだと感心する隻翼。

 初めて知る事実だが、テュールが火星にいるのだ。曜日にあてはまる惑星に超越知能がいることは当然だろう。


「もう一つ。モチーフになった神話つながりでフェンリル被害者の会的な?」


 ドゥリンが口走り、アルフロズルは無言で髭を引っ張る。怒ると怖い性格らしい。


「痛い痛い。ごめんて!」

「火星でのテラフォーミングが終了した際の日照管理の面もありますね。テュールの片腕とともに、アルフロズルが司る太陽の運行がラグナロクを封印するという共通点もあります」


 テュールは苦笑でやり過ごす。彼自身、フェンリルという世界を飲み込む狼に片腕を引き千切られた逸話を持つからだ。狼被害者の会は言い得て妙ではある。

 沈黙の神という名は伊達ではなく、生体ではほぼ声を発していない。


「ほれ。こんな感じでエルフは怒らすと怖い」


 ドゥリンが悲鳴を挙げる。


「他にも生体ゲニウスはいますが、みな眠ったままでしょう。テュールスフィアにいた多くの人間が離散して、もしくはELの支配下に移りました」

「とはいえ私達が火星に住む人類を見捨てる理由にはなりませんから。敵対しない限りは私達の手に届く人間を守護するつもりはありますよ」


 敵対勢力の人間でも受け入れるのだろう。ELとは方向性が違うようだ。

 スサノオスフィア出身の隻翼には、彼女たちの理念を好ましいと思えるのだった。

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