屋台料理人の腕前
「そんなことより飯にしよう」
あの方々ということは、エーシル系ゲニウスなのだろう。
隻翼はドワーフたちと食事を摂ることになった。ドワーフが二人で調理してくれている。スープに塩をふりかけたステーキと大ジョッキのビール、大麦のパンだ。
「美味いな。シンプルな味付けだがそれがいい」
「口にあったようで良かったな」
ステーキは塩のみのシンプルな味付けだが、柔らかく噛みやすい。魚介類のつまみも豊富だ。隻翼も豪快に切り分けてほうばる。
隻翼の反応に気をよくした二人が豪快に笑う。
「大昔の話だ。エーシルの生体ゲニウスは美女が多かった。ヴァルキュリーやエルフもいた」
「生体ゲニウスを知らなかったからな。驚きはある」
「知っている者は少ない。生体ゲニウスはかつて超越知能が人類の伴侶として作り出した存在が多い。とくにヴァルキリーは英雄と結婚して北欧の国々の祖となったという伝承に倣っている。あまりいいたくないが、上位存在としての人類種と現行の人類が交わることで進化を促す面もある」
「なるほど」
「俺達のような雑用に向いているゲニウスもいたがね。美形が多いと色々問題があった、とだけ伝えておこう」
ジーンも父親が生体ELだといっていた。
EL側でも生体ELと人間をかけあわせ進化させる構想があるのだろう。
「ゲニウスはいいものを食べているんだな。感動したぞ」
隻翼は正直な感想を述べる。
超越知能が食事という違和感もあるが、何より食事が美味いということに驚きを隠せない。
「いいだろー? 生体だからこその特権だな」
「生体ゲニウスは不老不死か」
「いいや、そんなことはない。生体も消滅するし、本体が破壊されたらいわゆる死だな」
「生体と超越知能本体の器と同時に存在できるのか」
「人間もマインドアップロードできるだろう? あれの応用で肉体にダウンロードするのさ」
大きな都市には電脳世界にマインドアップロードする施設が存在する。
そこでは仮想空間にダイブする遊びが中心で娯楽目的だ。
「ジーンもスフィアに誘ったが、つれない返事だったな」
「そうだろうな」
隻翼が苦笑する。ジーンの性格と父親が生体ELであり、ルテース軍のパイロットという立場なら、ゲニウスについてくれといわれても無理だろう。
「一つ頼みがあるんだが」
「なんだ。言ってみろ」
「食材を分けてくれないか。俺は屋台gの料理人でね。世話になった礼がしたい。酒のアテぐらいなら作れそうだ」
「なんじゃと! 好きなだけ使え! ほれ。こっちじゃ!」
「起きるとは思えんが、残りの生体ゲニウスに一応連絡しておくか」
ドヴァリンたちは目の色を変えて隻翼を大きなキッチンに連れていく。
「待っていてくれ。すぐ食べられるものを出そう」
キッチンに立つ隻翼は大きなパネルに指を走らせる。エプロンが必要かと表示が出たのでYESを押すと、エプロンまで出てきた。
「パネルを操作して欲しい食材を出せるのか。日本系の調味料一覧まであるぞ。昆布や鰹節まであるな」
古い地球の地域名が表示されているパネルを操作すると、その国に応じた食材一覧が出てくる。これならすぐに作れそうだ。
「屋台グルメを一通り作るか。つまみは焼き鳥、豚串、牛串、フランクフルト。イカ焼きと焼きとうもろこしやじゃがバターは時間が少し必要だな」
ステーキは結構な量だったが二人ともぺろりと食べていた。酒の肴になるなら、大量にいるだろう。
「もう良い香りがするんじゃが!」
二人がキッチンに顔を出す。
「おう。大皿で一品出来ているぞ。もっていけ。どれぐらい食える?」
「そりゃもういくらでも食えるわい!」
「俺達は滅多に他人の料理食わないからな」
「じゃあたくさん作るか。余れば明日食えばいい」
「余るとは思えんがね!」
大皿を運ぶドヴァリンを見送り、仕込みを続ける。焼き物を作ったあと、調理が必要な料理に取りかかるのだ。
でていったと思ったらすぐにドヴァリンが舞い戻ってきた。
「すまん! 隻翼! 他のゲニウスも目覚めよった! 三名追加じゃ。頼めるか……?」
「任せろ。眠っていたゲニウスは二人なんだろ?」
「あの方まで起きてくるとは俺達も予想外だ。酒はこっちで運ぶから料理を頼む!」
広いキッチンを占有できる喜びを感じる隻翼である。
料理することは好きなのだ。
「たこ焼きは金型がないから無理だな。お好み焼きも時間がかかる。焼きそばを大量に作るか」
焼き串系を大量に作りつつ、主食になりそうなものも用意する。ソースも醤油も使い放題という夢のようなキッチンだ。
肉巻きおにぎりも欠かせない。
笑い声が聞こえる。ゲニウス同士の話も盛り上がっているのだろう。
(神様ってのは宴会好きだよな。日本神話の神々もそうだったと聞く)
本来なら料理の仕事はゲニウスがやるべきなのだろうが、隻翼は気にしない。
喜んでくれる人がいるならそれでいいのだ。そのために屋台の行商をしている。
(ジーンに食べさせたかった。そうだ)
仕込みで大量のリンゴ飴とオレンジ飴の準備を始める。キウイや大粒のぶどうも使うことにした。
甘味はあってもいいだろうという判断だ。チョコバナナも簡単にできると思い出して作り始める。
まとめて冷蔵庫にいれて一時間もすれば完成だ。
その間にせっせと料理を作り続け、ドヴァリンたちが顔を出さなくなってきた頃合いで一息つく。
仕込んだ果実飴を並べ始めると、いきなり背後から声をかけられる。
「わ! 美味しそう!」
振り返るととんでもない美少女がいた。
小柄で背の高さはドヴァリンたちと同じぐらいで眩しい銀髪に、琥珀色の瞳。露出控えめの衣装。しかし子供とはいえない、叡智さえ感じさせる大きな瞳がじっと隻翼を見詰めている。
甘い香りに釣られてきたのだろう。
「お一ついただいてもいいですか?」
「一つといわずいくつでも」
「わーい! ありがとうございます!」
天真爛漫な笑顔で全種の果実飴を持っていく少女。腰まで伸びた銀髪が揺れている。子鹿のようだ。
年はジーンよりも二、三下に見える外見だ。
「変わったゲニウスだな」
スサノオは超越知能として居住区の人間と対話していた。父性の高いやんちゃな兄貴分みたいなゲニウスで、隻翼がいた居住船でも多くの人間に慕われていた。
ゲニウスたちをもてなす料理を作ることはとても楽しく、隻翼は無心に料理を作り続けていた。
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