秘匿文明
『超越知能の存在意義は人類の継続と進化。ともに歩む人間がいなければ、どのような権能があっても意味はないのだ』
所属するスフィアに人がいないということは彼らのアイデンティティーに関わる問題でもあったのだ。
そういう意味ではスフィア間の争いは人間という資源の奪い合いでもある。
「スフィアの移籍などどうやるかはわからんが、可能なら移籍しよう」
『――たった今、スサノオから承諾された。ゲニウス同士で敵対する場合もあるが、エーシルとカミは敵対しておらぬ、安心するがいい』
「テュールスフィア移籍の件、承諾した。今から俺はテュールスフィアの住人だ」
若干驚きを隠せない隻翼だった。
(スサノオはどこにいるんだ。俺も知らん)
ゲニウス同士のネットワークなのだろうか。今まで生きていく上でスサノオそのものを意識していたことはないので移籍に抵抗はなかった。
「俺は何をすればいい?」
『お前が先ほど発言したことを為せ。余力があればエーシルのゲニウスを発掘して欲しい』
ナイトホーカーであることも、勧誘された理由なのだろう。
「発掘は本業だ。ちょうどいいな」
『詳細はドワーフ二人に任せる。住人を頼んだぞ』
「は!」
「お任せを!」
ドヴァリンとドゥリンが恭しくお辞儀する。
「案内しよう隻翼。今後の計画を話すぞ」
「助かる」
ドヴァリンとドゥリンも乗り気のようだ。
戦力が整う。これだけで大きな前進だった。
隻翼はドワーフたちの住居区画に案内される。
スパタはホーク用の格納庫に搬入した。
「他にも生体ゲニウスは二人いるが、眠っておる。目覚めることはないだろうて」
「生体がないゲニウスはいるのか?」
隻翼はドヴァリンたちを見ていると生体がないゲニウスのほうが少数派な気がしてきた。
「もちろん。肉体を作っていない連中がほとんどだ。俺達もおそらく肉体がないと無機質な感じになるぞ」
「ゲニウスに直接面倒をみてもらうのは気が引けるな」
「だから雑用にはドワーフがちょうどいいというわけだ。神の名がついたゲニウスに訪問者の対応をさせるわけにもいかんだろう?」
「面倒をかけるな」
「いいや。客人なら大歓迎さ。間に合ってくれてよかった」
若干奇妙な言い回しだが、何か都合があったのだろう。
「敵だったら?」
「最下層二十キロメートルよりも下にあるこの区画まで進入は無理だ。それに中層にあたる十五キロメートル地点には撃退用の通称地下墳墓がある。もっともELの勢力に蹂躙されて略奪されたあとだがな」
「略奪? 地下墳墓とは物騒だな」
「ELの軍勢が資源は一切合切持ち去ってしまったからな。この地下にもホーク二、三機程度の素材しか持ち運べなかった。地下墳墓は残ったエーシル系のゲニウスや所属していた人間たちの墓場であり、遺構だ」
「残骸でも戦える。地下墳墓に潜むアンデッドのようなものだな」
「どうしてEL勢力はそこまで文明を奪う?」
ドヴァリンとドゥリンが顔を見合わせて、やがて語り出した。
「連中は今を生きる人類が三十一世紀の技術水準を使うに値していないと考えている。まだ早い、とな。話は二十世紀まで遡る。」
「超越知能で発展したその代表格が負の質量だ。これは人類に革新をもたらした聖杯。アインシュタインの相対性理論とも相反しない負の質量は1957年のヘルマン・ボンディが存在そ示唆したことを皮切りに、その後ウィリアム・ボーエン・ボナー、ロバート・ラル・フォワードが立て続きに予測した粒子だ」
「三人挙げた学者でも最後のロバート・ラル・フォワードがお前たちホーカーにとっても重要な人物だ。物理学者でもあり、SF作家でもあるロバートは負の物質を利用した宇宙船などの案を出したが、もっとも重要な事象である無効化を提唱した」
「NM装甲の原理か!」
隻翼にも馴染み深いNM装甲だが、どのような歴史があったかまでは知らなかった。多くのホーカーの認識は、生産こそ可能だがロストテクノロジーの一種という認識だ。
「二十世紀に提唱された粒子は、発見が遅れたものが多い。代表的なものが重力子だ。この反対の性質をもつ反重力子ともいうべき粒子を発見するためには超越知能の誕生を待つしかなかった」
「しかし超越知能がELとゲニウスに別たれたことが問題になった。文明を有効に活用すべしとするゲニウス勢力に対して、EL勢力は人類にはまだ早いという結論を提示した。多くの宇宙艦がワープ航法で失踪したという」
「第一世代ELは高度文明を放棄した。ゲニウスも多くを捨てたが、例外もあった。人間や肉体を持つ超越知能が記憶、もしくは理論を構築できるもののみ継承されて継承を続けた」
「しかし第一世代超越知能が消滅して第三世代超越知能のELサバオトと天使が由来のミカエルをはじめとするEL勢力が誕生して方針が変わった」
「本来ならば第三世代超越知能であるEL勢力に継承されるべき技術や理論が一切継承されていないことに不満を感じた第三世代超越知能ELたちにとって、高度文明を継承している生体ゲニウスや人間が
「それが第一次太陽系戦争の真相だな。以降、第三世代EL勢力は文明の管理を徹底した。喪失したものは奪い、入手困難とみれば迷わず破壊する。それだけ超越知能による科学は卓越していたのだろう」
「EL勢力のなかにも不満を持つものがあった。技術遺棄を防ぐべく生き残ったゲニウスと反抗したELの一部がEL勢力と全面戦争に突入した。これが第二次太陽系戦争の真相だ」
「そして第三世代超越知能EL勢力が勝利して、一部の技術、文化含めて文明ごと秘匿された。どこに隠したやら。ようは過ぎたる技術は人間を堕落させるという考えだな。ゲニウスのスフィアも多くを喪失している」
隻翼も思い当たることがあった。
「ナイトホーカーは各勢力に戦利品を売りさばく。もちろん発見されたら排除されるが…… なんてことはない。買い手は傭兵以外にもEL勢力やゲニウスが背後にいたんだな」
「そういうことだ。ま、昔話だがテュールスフィアの住人になったお前さんは知っておく必要がある」
「ゲニウスにはナイトホーカーが必要だってことだ」
「望む所だ」
隻翼が皮肉げに笑う。思わぬところで己の生業が必要とされていたのだ。
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