殺したい奴がいる

 ホーカーは巨像を見上げた。


「ジーンは住人を人質に取られて彼女自身もEL勢力に囚われ、遺宝の装備を渡すように要求されたが拒んで死んだ。俺がこの手でジーンを殺したんだ。弁明はしない。約定を重んじるというゲニウスよ。裁けるならあんたが俺を裁いて欲しい」

「おぬし……」


 ドヴァリンがホーカーの無念を思う。憎くて殺したような状況ではないことは明白だった。

 でなければこんな最果ての地に遺宝を返却しに来るはずがない。


『ジーンの仇討ちはしないのか?』


 突如巨像が声を発する。

 ドワーフが語り出した主人をみて、驚愕する。声を発するとは思わなかったのだ。ホーカーは臆さずに言った。


「しない。ジーンの遺言だ。『私のために戦うな。どんな理由があってもいいが、私のために戦うことは許さない。たとえ私が死んでもだ』。彼女はそういった」

『ジーンの意志を継ぎ、人々を護るつもりはないのか』

「ない。ノワール地方の、ひいては火星に住む人々の問題だ。一介の傭兵が何かしようと思うこと自体、思い上がりも甚だしい。何より――」


 ジーンの死を思い出す。


「ノワールの人々は政争に明け暮れて、自ら住む場所の平和さえ他人任せだ。守るに値しない。何人死のうがしったことではない。あくまで俺個人の意見だ」

『我も同意見だ。そして我がお前を裁くことなどしない』


 重々しく首を縦に振る巨像はホーカーから視線を逸らさない。


『もう滅んだスフィアだが、なんらかの返礼はできよう。何が望みだ』

「殺したい奴がいる」


 ホーカーはゲニウスの像に告げる。

 脳裏にはライムンドが搭乗していたラピエールの姿があった。


「そいつはEL勢力だ。テュールスフィアを巻き込むわけにはいかない。差し障りのない範囲でスパタの弾薬補充を頼みたい」

『ホークは要求しないのか』

「過分だ」


 ホーカーはきっぱりと否定した。私闘に北の魔王と思しきゲニウスを巻き込むわけにはいかない。


『火星での出来事を忘れて、スサノオスフィアのある居住艦に送ることぐらいはできるぞ』

「スサノオスフィアにはもう帰る場所がないんだ。俺の住んでいた居住船はELとゲニウスの戦争に巻き込まれ、今は存在しない。あなたが俺を裁かないというならジーンを追い詰めた連中を殺すために武装を整える」

『ジーンの遺言を無視するのか』

「ジーンのためじゃない。俺のためだ。連中を許せない。しかしそれ以上に無力だった俺自身を許せない。せめて一太刀浴びせないと死んでも死にきれなくてな」

『片腕しかない老朽機で何ができる?』

「奪う。奴らからホークを奪って、装備を整えて徹底抗戦する。ジーンの処刑に関わった連中を一人でも多く殺す。俺自身が納得するまでな」

『それは復讐というのだ』

「否定はしない」

『復讐は是なり』


 沈黙の時間が流れる。ホーカーは微動だにせず、巨像を見据える。

 巨像もまたホーカーを見下ろしていた。


『我が名はテュール。魔王にあらず』


 ホーカーが息を飲む。予想以上の大物だからだ。


(火星そのもの、というわけか。火曜日チューズディの語源になった名を冠するゲニウス。勝利と誓約の神を模した超越知能だったか。魔王呼ばわりされるわけだ)


 巨像が隻腕であることも理解した。

 テュールはフェンリルという終末の狼を縛るために自らの腕をフェンリルの口に入れたのだ。やがてラグナロクが起きて、彼の腕は食いちぎられたという。


 テュールは意に介さず話を続ける。


『ホーカー。あえて問おう。スサノオスフィアでの名を名乗れ』


 ゲニウス系スフィアで生まれた者がゲニウスに忌避感を持つはずもないという判断だろう。テュールはホーカーの名を欲した。


「伊良玲司」

『良かろうレイジ。ジーンに貸与したものは確かに返却された。ジーンが約定を遵守したことをここに認める』

「テュールよ。感謝する」


 ホーカーは無事代役を果たせたということだ。


『名無しのホーカーでは呼びにくい。お前のスパタとも同じ、片腕のよしみだ。その翼をお前にくれてやる。隻翼と名乗るがいい』

「厚意に感謝する。ではこれより隻翼と名乗ろう」


 くれてやるというレベルの代物ではない。この武装の存在が知られたら、奪取するために各スフィアが動き出す可能性もあるレベルだ。

 しかしホーカー――隻翼はテュールから賜ったものだと割りきることにした。使いこなせる機体ではないとはいえ、これほどの武装、欲しくないわけがない。


『最後に一つ。我との契約を提案する』

「聞こう」

『テュールスフィアに移籍する気はないか』

「俺が?」


 思わぬ提案に隻翼が面食らった。


『かつては大勢力だったエーシル神族も今や少数派。水星のオーディンスフィアも木星衛星群を管理していたトールスフィアも規模を縮小している。火星にいたってはほぼ離散してEL勢力に移籍した。このテュールに所属する人間は誰もいない。ジーンにも断られたのだよ』

「ジーンは生体ELの父がいたから無理だろう。一つ質問しよう。ジーンは生体ELの娘であり、EL勢力の要でもあった。敵ともいえるジーンに、どうしてこのような遺宝を貸し与えたんだ?」

『人々を護る彼女に敬意を表してだ。我もまた超越知能。ELもゲニウスも人間を進化させるという方針に変わりがない。それがELに所属している人間だとしても、無為に死なせるわけにはいかない。――それに』


 非常に重い言葉が響く。


『殺そうと思えば火星にいる人類などまとめて殺せる。わかるか隻翼』


 隻翼と呼びかけられ頷く。


「テュールがEL勢力に属する人々を殺すつもりなら、火星の地磁気を停止するだけでいいってことだな。火星人類の生殺与奪の権利はテュールが握っていたわけか」


 テュールが肯定するために頷いた。ホーカーの予想通りだったのだ。


(本人が否定しようとも、EL勢力の人々にとっては魔王にほかならない)


 惑星に住む人類の生殺与奪の権利を握っている存在が魔王ではなくてなんであろうか。

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