リビルト品
男はホーカーを値踏みするかのように眺め、口にした。
「訳ありなんだろ。百万ターラーでどうだ」
男は太陽系での共通通貨ターラーでの支払いを求めた。制式名称はプラチナターラーだ。
一ターラーはホーカーのルーツである日本通貨の一万円にあたる。これらより小さな単位はゴールドターラーやシルバーターラー、もしくはローカル通貨扱いでのやりとりになる。
相場の約十倍だ。しかしこの整備工場の男にも生活がある。
飛び入りの人間の仕事を即座に受け入れるわけにはいかないだろう。
「見ての通り、訳ありなんでな。五十万ターラーだ。即金で支払おう。食べるものもわけてくれ」
ぼったくりも承知している。
整備工場の男もにやりと笑う。
「いいぜ。さっさと格納庫に入れな」
そうなると話も早い。生体認証によるキャッシングで支払いを済ませた。
ホーカーズビューローにさえ登録しておけば自在に金が引き出される。認証には指紋以外にも脈拍、脳波なども照合されるので偽装も不可能だ。
スバタを格納庫にいれて男と話す。
「その脚はここじゃ無理だな」
「予備もないか?」
「スバタが古すぎる。かといって他機体の綺麗な両脚は揃わん。ホークは脚部の故障がもっとも多いからな」
「そうだな」
二足歩行機械の宿命だ。脚部は消耗品だ。美品の両脚が揃うなら、もっと高値で売れる。
かといって腕部と違い、脚部は左右同じものを揃えないと姿勢制御が厳しい。
「修理する時は溶接施設は好きに使え。部品取りはジャンクヤードから好きなだけもっていけ。十万ターラーでいいぜ」
「わかった」
これは相場に近い値段だ。ジャンク引き取りにも金はかかる。ホーカーに何が必要かは聞かないし口止め料も含んでいる。
「食い物はあとで運んでおく。出て行く時は声なんざかけなくていい。さっさと行け」
手をしっしと振るが、これは男の厚意である。訳ありが田舎に長く留まる分、リスクも高まる。
「感謝する」
ホーカーは早速傷ついたスバタの状態を確認してから、格納庫の裏にあるジャンクヤードを見に行った。
破損して原形を留めていないホークが山と積まれている。
多脚戦車や戦闘機であろう残骸もあるが、これらは部品取りにも使えない。スクラップヤード行きになって資源の再利用になるだろう。
「おっと。スバタの残骸もあるな。助かった」
必要な部品はスバタを使って慎重に解体して部品を入手する。片腕しかなくてもマニピュレーターに損傷はない。
鉄屑の山から苦労して脚部のパワーシリンダーを取り出した。
「リビルト品といきたいところだが、部品取りがせいぜいだな」
真っ先に修理すべきは被弾した右大腿部。この部品を用いて応急修理する。
溶け落ちた大腿部の交換はできないが、パワーシリンダーでのサポートによって脚力を取り戻すことは最優先事項だ。
使えそうな装甲板を拾い出し応急修理を行う。最後は防錆油で錆止めをする。
応急修理した部位はMN装甲としては機能しない。早急にまっとうな整備施設での修理が望ましいが、そんな時間もない。
「腕や足のパーツはないな。中古でも需要が多い。しばらく片腕だ」
同じく消耗品である砲身や機関部を取り出し、予備武器の機関砲を作る。この手の技能はナイトホーカーでは必須だ。
作業が終わった頃には、格納庫出口付近に食料が置かれていた。日持ちする加工肉が中心だ。嬉しい誤算だった。
「こいつは嬉しいかな」
整備工場の男に報いるためには、早めに姿を消すことが一番だ。
応急修理を終えたスバタはホーカーを乗せて移動し、再び地下中間層に潜入するのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
再び地表に出たホーカーは山岳地帯を抜け、火星の北極に向かう。
パワーシリンダーだけはかろうじて修復できたが、それだけでも僥倖だ。
「EL勢力によって進入禁止区域に指定されているらしい。防衛部隊みたいなものはいないようだな」
スパタのOSからサポートAIを立ち上げる。
「火星の北極冠について情報を頼む」
『了解しました。火星の北極冠はかつては直径千キロメートルもの面積を誇りましたがテラフォーミングの際、資源は活用されて今は百キロメートルもありません』
地球にも極冠は存在するが海水からなる氷であり、火星の極冠は水と二酸化炭素から構成されている。
「ずいぶん縮んだな」
『テラフォーミングの際、極冠の水資源が活用されました。夏になると二酸化炭素が放出され水だけになる特性があったため、二酸化炭素を分離させる必要がなかったのです』
火星の極冠は地球よりも季節変化の影響が大きい。とくに北極冠は南極冠がある場所よりも標高が低い。
「見渡す限り氷だが、遺跡はあるのか?
『テラフォーミングには地磁気発生装置は必要不可欠です。ゲニウスが地磁気を管理していると予想されます。何らかの理由で地表進出を行わず、ELの勢力も放置している可能性が高いです』
「そのゲニウスを破壊したら、火星環境が大きく崩れると?」
『その通りです』
ホーカーはサポートAIと同じように、ジーンが出会ったというゲニウスがその役割を持っていたと推測していた。
「ナイトホーキングを始めるか」
『各スキャン開始。探索モードに移行します』
レーダーから地響きを拾うアンダーグラウンドソナーまで多様なセンサーを活用して遺跡の入口を探索することになる。
戦闘モードは反応速度最優先だが、探索モードは分析が中心で戦闘の反応はやや遅延する。戦闘モードへの切り替えはスムーズだが、先手を取られると大きく不利になるのでこのモードを嫌うホーカーも多い。
『ビーコンを感知しました。誘導に従いますか?』
「従おう」
ホーカーはスパタをビーコンがある方角に移動させる。探索モードを終了させ、戦闘モードに切り替えた。
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