海峡越え

 西暦3031年5月31日。ジーンが30日、宇宙艦によって処刑されたことがノワール全域に告知された。

 ヴァレンティアの人々は歓声をあげ、ノワールの人々は英雄の死を悼んだ。


 ホーカーはひたすら地下都市を進む。感傷に浸る暇などない。

 振り返ることもなく火星の北極冠に向かった。


 火星は重力に特色がある。地下都市群最下層は、ロストテクノロジーともいえる重力調整装置が設置されていた。

 等間隔とはいえ、重力発生装置の狭間では重力が地球よりも低い場所が生じる。住民層が追いやられている現実がここにある。


 火星開拓における重要な課題――重力問題は、火星開拓時に、火星の地下都市を造って等間隔に重力発生装置を埋め込むという荒業で解決された。重力子の発見によって達成できたのだ。

 ホーカーが潜んでいる中間層は、かつての居住都市だ。使われている居住層だ。これは蟻の巣のように火星全域と繋がっている。


「機体を修理したいところだが、厳しいな」


 スパタの右大腿部が破損している。ローラーダッシュに支障はないが、戦闘行動は危険だ。

 戦闘を避ける必要がある。


「海峡超え、か」


 北極点に向かうにはノワール海峡を越えなければいけない。幸い、北極点に近い地形は島群になっており、大小の島で成立している。

 地下中間層を移動しつづければ警備隊に接触せず、北極冠に近づける。


「追っ手も中間層には侵入することはないだろう。命は惜しいはずだ」


 中間層は現在こそ人間は住んでいないものの、ガーディアンともいうべき機械が守っている。敵味方は関係ない。中間層に迷い込んだ侵入者を排除する目的のために稼働している。

 レーダーが異常を察知する。

 機影を確認した。


「こいつら――無人作業機ネフィリムがいるからな。三機か」


 第三世代超越知能であるELが製造したといわれるネフィリムは、第二世代超越知能ゲニウスが製造した無人作業機ヨトゥンとの戦いにも使用された。

 EL勢力は第二世代ゲニウスを異端として徹底的に破壊した。太陽系の惑星や衛星の開拓はヨトゥンが行った説もあるが、真偽は定かではない。

 ホーカーにとってはどうでもいいことだが、今は違う。ジーンと接触したゲニウスを捜索せなばならない。


「ネフィリム相手にこの状態での戦闘は厳しいな」


 ネフィリムとは地球でも戦闘したことがあるホーカーだったが、それは遺跡探索時であり、専用装備を用いたものだった。

 人間が搭乗しているホークよりもパターンが読みやすいとはいえ、戦闘は避けたい。


 黒と白が混じった巨躯。ネフィリムはNM装甲を標準装備している。片腕で脚部も破損しているスバタでやりあうことは自殺行為だ。

 ナイトホーカーたちはネリフィムとの戦闘パターンを体で覚えて対処している。


「シールドバインダーの兵装が使えたらいいんだが…… やはりダメか」

『当機では出力不足です。シールドバインダーは遠近両方の兵装を備えていますが、どちらも実行は不可です』


 スバタのOSが回答する。基本性能が低すぎた。遠距離と近距離の兵装があるはずなのだが、エラー表示がでてしまう。

 ホーカーは覚悟を決める。

 スバタは深く腰を落として、ローラーダッシュを使い加速する。


 スバタに気付いたネフィリムが、腕から内蔵式のビームを発射する。

 ホーカーはシールドバインダーで受け止め、ネフィリムの間を突っ切った。


「くっ」


 シールドバインダーに備わった補助スラスターも駆使して加速する。

 ネフィリムは受け持った場から離れることはない。


 背後から放たれるイオンビームをスラロームで回避しながら突き抜ける。

 ネフィリムが守る区画は重力調整施設。場を離れることはない。


 スバタは脇目も振らず逃走し続ける。

 バックカメラを確認すると、追ってはこないようだ。


「ネフィリムも撃破したら貴重な資源になるんだが…… 現状では無理だな」


 目的地である北極冠に到着するまでは、これ以上の損耗は避けるべきと判断した。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ノワール海を越えるとウリエルスフィアに所属するヴァレンティア軍の支配地域に到着する。

 多少回り道になるが、地球と違って火星は一回り小さい。時速100キロメートルの巡航速度でも20時間もあれば北極圏に到着することだろう。


「腹が減ったな……」


 携帯食料を噛みしめながら、呟く。火星は地球と違って食文化に対してあまり積極的ではない。

 まだノワール軍は良い方で、ヴァレンティア軍が支配する地域では、とくに味気ないものばかりという話だった。


「かっぱらうにしても、ヴァレンティア領域内では気が引けるな」


 簡易な調理道具はスバタに搭載してある。

 屋台が本職のホーカーにしてみれば食糧にしても合成肉でいいので自分で調理したいところだ。


「金ならある。市街地から離れてたらいけるか?」


 ホーカーは地図を確認しながら慎重に進む。

 目的の場所はすぐ見つかった。ジャンクヤードだ。


 スバタは最寄りの坑道を抜けて地表に出た。

 常に戦争状態にあるヴァレンティアでは地方に小さな工場や廃棄物処理場がある。

 ホークは中古市場でも人気があり、ジャンクヤードは部品取りなどを行い、ホーカーの利用者も多い。


 街外れにある小さな工場を見つけたので、ホーカーは施設を利用できないか相談することにした。

 呼び鈴を鳴らすと、ぶっきらぼうな中年が出てくる。


「機体が破損してね。工場を借りたい。できれば補修部品もだ」

「こりゃ年代物だな。スバタか。いいぜ。ただし、値段次第だ」

「いいだろう」


 それこそ行商人ホーカーにとって価格交渉など日常茶飯事である。

 ここは敵地。足元を見られることなど覚悟の上だ。


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