英雄、帰らず
ジーンのオリフラムが姿を見せるとバーガンディ勢力の砲撃が止んだ。
三機のホークが姿を見せる。スラスターを増設した高機動重視機のようだ。
「見たことがない機体だな」
「あの機体はラピエール。本来はルテース軍で開発されたエース機だ。おそらくパイロットはライオネル。バーガンディ軍の戦闘宇宙艦ルーアンもいる」
「敵指揮官自らお出ましか」
「お前は逃げてくれ。傭兵だろう。付き合う義理はない。いや、最後の依頼だな」
「依頼なら仕方ないな。――ジーン。お前は何に対して殉死するつもりなんだ?」
「わからん。そうだな。自分自身のためかもな。この決断はエルもスフィアも関係ない。私だけのものだ」
ジーンは嬉しげに微笑む。
「諦めるな。生きて帰って来い」
「善処はしよう。お前も死ぬな」
「ああ」
ホーカーはジーンの言葉に同意して姿を消した。
時折砲撃音が聞こえる。宇宙艦ルーアンが都市区域に無差別砲撃を行っているようだ。
純白の機体に深紅のシールドバインダーを持つオリフラムは目立つ。ジーンが搭乗するオルフラムはシールドバインダーを構えて一番高いビルの屋上へ向かった。
『砲撃をやめろ。私はここにいる』
挑発するように広域放送で宣言するジーン。
ビルからの狙撃なら、市街地への流れ弾を減らすことができる。
「はん! 相変わらず優しいことだな!」
「ライオネル……!」
ライオネルのラピエールがビルの合間を縫って突進してくる。ジーンに向かって言い放った。
大口径のヘビーイオンビームライフルをジーンのオルフラムに向けて発射する。オリフラムはすかさずシールドバインダーでビームを防いだ。そして反撃しようとしたとき、ジーンは気付く。
「ビルを背に……!」
ビルのなかには人が残っている。避難はしているだろうが、全員とはいかない。
どうしても反撃の手が緩くなるジーンだった。
「協力者がいるな。そいつも殺す!」
ライオネルの僚機が地上から攻撃を受けていた。ホーカーのスパタが足止めしているのだ。
「ジーン。そこまでだ。動きを止めろ」
見覚えのある声と宇宙艦が近付いてくる。ジーンの美しい顔が歪む。
「宇宙艦マルニー。ピーター艦長か」
彼女が所属していた宇宙艦マルニーのピーター・カーシェンからの警告だった。
宇宙艦ルーアンの後方にマルニーが出現した。
「抵抗するようならこのまま君を市街地ごと吹き飛ばす」
「あなたまでバーガンディ勢力に下ったのか」
「仕方がないことだ。カール司令の横暴にはついていけない。陣営移動の手土産は君というわけだ。できれば生け捕りにしたい。投降してくれ」
ジーンがオリフラムを停止させる。ピーターは彼女を生かしたい意志があるようだが、もとより生きて虜囚の辱めなど受ける気はない。
その隙を逃さず、ライオネルのラピエールがオリフラムの右腕部を斬り飛ばした。ライトイオンビームライフルが腕部ごとビルの屋上に転がる。
「ジーン。勝負あったな」
ライオネルにとってジーンは何度も苦渋を舐めさせられた宿敵だった。
「ジーンをヴァレンティア軍に引き渡します」
ピーターが視界の端にうっすらと映る宇宙艦に伝達する。
ヴァレンティア軍の宇宙艦隊が迫りつつあった。
「――良かろう。ジーンの保釈金を私達が払おう。処分はお前たちに任せる」
「どういうことですか?」
「は?」
ライオネルとピーターが思わずヴァンティア軍の将校に問い返す。
「そのままの意味だ。お前たちのなかから生じた異端者だろう。どのように処理するかはお前たちの仕事だ。保釈金は報酬のようなものだな」
「しかし、それでは……」
「それとも何か? 住人を盾にノワールの英雄をおびき出して卑劣にも殺害した殺人鬼の汚名を我々に着せたいのか?」
「滅相もない!」
ピーターは小心者だった。泣き笑いのような表情になり、内心毒づく。
(しかしその汚名は我らが着ることになる!)
ヴァレンティア将校はそのまま宣言する。
「ELは見ておられる。どのように異端者ジーンを処断するか、見定めさせてもらおう」
「わかりました……」
彼とてジーンは殺したくはない。ノワールの英雄であり、彼女を殺害すれば彼の悪名は轟くことになるだろう。
「ジーン。聞いての通りだ。君の身柄は我々が預かることになる。機体を我らに渡して投降しろ。せめてもの情けだ。私自身が軍法会議で君の弁護をする。頼む」
「……ピーター艦長。ありがとう。しかし、それだけはできない。この武装は持ち主に返却せねばならない」
「死ぬことになる。私達の手で、だ!」
「それでもだ」
ジーンはビルの屋上から動かない。彼女の機体が移動すれば、砲撃が地表に降り注ぐからだ。
「――ジーン。残念だよ。では裁判を始めるとしよう」
心から悔しそうに唇を噛みしめるピーター。本心だったと思われた。
「ジーン・ルブラン。判決を下す。異端の兵装を装備し、ELへの反逆心ありと見做す。――よって砲刑に処す」
ピーターが高らかに宣言する。その顔からは一切の表情が消えていた。
「発射!」
ジーンのオリフラムに向かって艦砲サイズのヘビーイオンビーム砲が発射された。
オルフラムの右背面に備えてあったシールドバインダーを右腕部に持ち替えて戦艦の主砲を防ぐジーンだが、シールドが赤熱化している。
遺宝のシールドバインダーはあらゆるエネルギーを遮断して、いまだその形を保ちオルフラムを護っていた。
「手ぬるい! 旗艦ルーアン。主砲放て!」
ライオネルが旗艦ルーアンに命じた。マルニーよりも前方にいる旗艦と同系統のルーアンも艦砲のビームを発射する。
二方向による十字砲火により、オリフラムの姿は光に紛れてもはや目視できない。
「ビルの屋上で正解だったか。地上なら私を殺すために乱射するだろうな」
ビームが集中するということは被害の拡散を抑えられるということだ。
オリフラムのシールドバインダーも徐々に融解し始める。二隻からの主砲に耐えることは不可能だった。
「限界、か。私が生きているだけで奇跡だな」
ジーンは微笑みを浮かべる。
死への恐怖はなかった。
「聞いているかホーカー。近くにいることはわかっている」
ジーンが姿を隠しているホーカーに近距離通信で呼びかけた。
「私を殺してくれ。――彼らに私を殺させないでくれ。頼む」
契約は終了している。ホーカーには従う道理も義理もない。
それでもジーンは、彼の名を口にすると妙な安心感があった。
「了解した」
どこからともなく声が聞こえ、ジーンが搭乗するオリフラムの背面をレールガン砲弾が撃ち抜いた。
ジーンは薄れゆく意識のなかで、わずかに微笑む。
ホーカーはオリフラムが爆発して通信が途切れる寸前、ジーンの満足そうな笑みを確かに目撃した。
一発、二発と続き、計四発の砲弾が直撃し、最後の砲弾がオリフラムのコックピットを破壊する。
やがて機体は主砲のビーム照射に耐えきれず、爆発した。
「ははは! 馬鹿な女だ。何を守るか、優先順位もつけられないのか。英雄とは思えんな」
ライオネルが嘲笑する。
MN装甲の効果も失い、溶けていく機体を見詰めながら、一瞬だけホーカーが悔しそうに目を細めた。
(ライオネル。必ず殺してやる)
ジーンの最期を見届けたホーカーは決意する。
やがて残骸となったオルフラムと、深紅に輝く心臓のようなリアクターのみが残された。
――次の瞬間、即座にスパタが駆動音を響かせ行動を開始する。
ホーカーが駆るスパタは低いビルの屋上から、ジーンがいたビルに飛び移る。レールガンは投げ捨てられていた。
左腕部には深紅のシールドバインダーを構えている。
「この機体では出力が足りないか!」
スパタがシールドバインダーに内蔵された武装を取り出そうとするが失敗した。即座に背面からパイルドライバーを取り出して装着する。
「なっ!」
ジーンに気を取られていたライオネルが、ホーカーの襲撃に対して即座に反応できなかった。
「お前にジーンを嗤う資格などない」
ホーカーは迸る殺意を込めて宣言する――
狙い違わず正拳突きを発するかのように、ライオネルのラピエールの脚部。その先にあるコックピットを狙って巨大な杭を撃ち放つ。
「まずい!」
無機質であるはずのモノアイから感じ取れる澄みきった殺意に、反射的に防御姿勢を取るライオネル。
杭はラピエールのシールドバインダーに弾かれた。
「そのまま撃ち抜く」
パイルドライバーが振動を発する。盾を貫通してもなお杭は埋め込まれ、シールドバインダーを貫通して局部を狙っていた。
「クソ!」
ライオネルは自らの機体の腕部を、サーベルで斬り飛ばす。返す刃でホーカーの右腕部をパイルドライバーごと切断した。
「は?」
ホーカーのスパタが至近距離にあった。スパタは膝蹴りで胸部を狙う。執拗なほどコックピットを狙っていた。
ノックバックを起こしたラピエールは、バランスを崩す。深紅のシールドバインダーでラッシュをかけるスパタによってビルから叩き落とされた。
「馬鹿な!」
スラスターを全開にして空中制御を行うラピエールは、いったん距離を置く。
「たった一人の女を宇宙艦の砲撃で殺すか。お前らはみんな狂っている」
ホーカーが毒突き、吐き捨てる。
ラピエールはビルからスパタを見下ろしているが踵を返す。
「ラピエール部隊。合流せよ」
ライオネルのラピエールもとへラピエール三機が集う。
「あの旧式機、いませんね」
「手練れだな。しかし……」
気付いた時にはすでに遅かった。
オルフラムの残骸付近でスパタが腰を落として何かを拾っているようだ。
「あいつの目的は、オルフラムが用いていた遺宝のリアクターか!」
ラピエールはすかさず、ビームを発射する。スパタの右大腿部が破損してパワーシリンダーが砕け散るが、ホーカーは迷わずビルから飛び降りた。
「どこだ!」
深紅のリアクターはすでになく、ホーカーのスパタも姿はなかった。地下通路網で逃走したのだろう。
中破しながらもホーカーのスパタは逃走に成功した。
『目的は達した。お前たちも戻れ』
ヴァレンティア艦隊から通達が入る。
「ジーンと一緒にいたというホーカーか。見つけ次第殺す」
ライオネルは誓う。
宇宙艦マルニーのなかではいまだ両手で顔を覆っているピーターが震えていた。
「ジーンを殺した者はあのホーカーと宇宙艦ルーアンです。あなたではありませんよピーター艦長」
クルーが憔悴しているピーターに声をかける。
「そんな詭弁が通じると思うかね? いいや。そうではないな。ジーンを殺した罪まで他人に押しつける気はないよ。彼女は異端扱いされたが、戦乱を終わらすべく戦った英雄だった。その英雄を殺した人間。このノワールの戦乱を収めようとした英雄を殺した者こそ私だ」
ピーターは涙声を隠そうともせず部下に答えるのだった。
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