文明継承者層

 ジーンとホーカーは補給もままならない中、火星の地下遺跡を進む。


「上層居住区よりさらに地下にある遺跡には無人機ネフィリムがいる。ネフィリムはゲニウスとの抗争や巨大建築物製造に使われた人型作業機だが、戦闘用だと聞くが、遺跡のある深度は避けよう」

「ネフィリムか。ELが作ったかつての惑星開拓機械だな」

「対話も可能らしいが、私も出会ったことはない」

「地球のネフィリムならやりあったことがある。対話できるとは思えないな」

「倒したのか?」

「もちろん。ホークもネフィリムも部品規格は共通しているからな」

「頼もしい」


 撃破してパーツを売り払ったというところだろう。 

 その時、二機が異変を感じ、足を止めた。


『聞こえるかジーン。こちらはバーガンディ軍。投降せよ。これより応答があるまではヴァレンティア軍とともに共同作戦を開始し、該当地域に空爆する』


 広域通信に表情が強ばるジーン。


「脅しだ。地表に出るんじゃないぞ」

「脅しではない」

「開拓区画だろう。住民区画だ。人が住んでいる場所の戦闘は避けるものだろう?」

「だからだ!」


 ジーンが切羽詰まったかのように叫ぶ。このようなジーンはホーカーもみたことがない。

 二人が話し合っている最中、砲弾やイオンビームが居住区画に降り注ぐ。


「宇宙艦ルーアンを確認。バーガンディ軍め。やってくれる」


 居住艦と違って戦闘艦は小型艦となるが、数千人規模が居住できる、八百キロメートルの巨大艦だ。

 爆発する住居。飛散する瓦礫。飛び交う悲鳴。黒煙を上げる遺体が転がっている。


「撃ちやがったか。ジーンを狙った攻撃だから住民への攻撃ではないというこか」


 非戦闘員への直接攻撃は禁止されている。

 三十一世紀でも常識ではあったが、ルテース軍が見せしめとして映し出す光景はあり得ないものだった。


「バーガンディ勢力は正気か。自分のスフィア内にいる住人だぞ」

住人インハビタントだからだ。彼等は公民シチズンではないんだ」

「住民と公民? そんな区分があるのか? 何故民衆ピープル間で格差があるんだ」

「ルテースでは公民と住民は厳密に区別される。宇宙艦や地下の高級施設に済む公民はELとともに移り住んだ文明継承者層ともいえる高位技術者が中心。住人は移住してきた居住者層。地表や地下の浅い部分にしか住むことが許されない」

「ならば連中は……住人ならいくら死んでもいいとでもいいとでも思っているとでも?」


 ホーカーは淡々としているが、内心怒りを押し殺しているようにも見えた。


「そうだ。土地に付随する作業機械程度にしか思っていないだろう」

「正気とは思えん」


 ホーカーの本音だった。地球でもそこまで階級を意識させるような仕組みは減っていた。

 AIの発達により労働問題も緩和されているはずであり、居住者だからといって迫害を受けるいわれはないはずだった。

 

「火星に正気などないさ」


 ジーンは苦虫をかみ潰したような表情で肯定し、ホーカーは呆気に取られる。

 彼等は人間として扱われないと認めるようなものだからだ。


「単なる居住者で労働力である住人と文明継承者としての公民は明確に区別されている。それが火星植民の現実だ。私のせいでみんなが死んでしまう」

「待て。ジーンのせいなはずがない。同じEL勢力だろう」

「解決するさ。――私が姿を出せばな」


 ホーカーは愕然とする。


(敵の連中、どうしてなりふり構わずジーンを殺そうとする? 異常だ。何かがおかしい)


 付き合いは短いが、ジーンは紛れもなく英雄であり、人々を救うべく各拠点を解放しながら奮闘していた。

 住民を巻き込む覚悟での抹殺など、どの勢力にとっても汚名を被るだけの結果にしかならないだろう。軍には正統性が必要だ。


「地表にでるつもりか」

「そうだ。もう片翼、任せたぞ。お前はここにいろ。あくまで奴らの目的は異端者ジーンの抹殺だ」

「俺は好きにさせてもらうぞ」

「もちろんだ。むしろよくぞここまで付き合ってくれた。そうだな――約束をしてくれ」

「なんだ?」

「私のために戦うな。どんな理由があってもいいが、私のために戦うことは許さない。たとえ私が死んでもだ」

「わかった」


 ホーカーは頷いた。ジーンがもとより死ぬ気だったことは察している。


「あとはそうだな。可能ならスクラップでもいい。リアクターやシールドバインダーが残っていたら、北のゲニウスに返してくれ。そして最後にお前は生きて火星を脱出しろ」


 ジーンは自分が所属していたルテース軍にはゲニウスの遺宝を渡したくないようだ。


「善処はしよう」

「頼んだぞホーカー。私は地上に出る」


 ジーンのオリフラムが地上に向かった。ホーカーが少し離れて追尾してきていることを把握して苦笑を浮かべた。


「こんな場所で申し訳ないが契約は満了とさせてもらう。ホーカーズビューローには連絡しておいた」


 ホーカーズビューローは傭兵から行商人の手配まで一括管理する、一種の人材派遣業だ。

 彼は手違いで派遣されたが、最善の人物だった。ホーカーズビューローは意図的に送り込んだのかもしれない。


「自分の生死がかかっているときにやることか。助かる」

「こちらこそこんな戦場に付き合ってくれて感謝しかない」

「ここまできたんだ。どんな結果であれ、見届けさせてもらおう」


 別れのつもりだが、ホーカーは彼女の最期を看取るつもりのようだ。


(義理堅い男だな)


 悪い気はしない。


「そうしてくれると嬉しい」

「その結果、お前が護ってきたものを破壊することになるかもしれない。嫌なら生きて帰れ」

「破壊してくれても構わん。私は義務を果たした」


 ホーカーが首を縦に振る。彼自身、そう思ってくれているようだ。ジーンは責務を十分に果たしている。

 しかしジーンの決意は固い。自身が生きて帰れぬことは悟っていた。


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