逃避行
「あんたは良い隊長だ。俺が言う資格もないが、あえて言っておきたい」
ジーンの表情は淡く、儚げだ。
今にも消えてしまいそうな。ホーカーはいわずにはいられなかった。
「言ってくれホーカー」
「超越知能は神ではない。ELもゲニウスもだ。地球の歴史に存在した神や伝承の存在を模してイメージさせるような名称をつけられているが、それは人を導き、進化させる役割を持っているからだ。そしてその方が都合が良い」
「人は存在するものに名前を付けたら理解しようと意味を追求する。ELもゲニウスもその目的は達したな」
「そうだな。そして能力として人類を超越していたとしても神そのものではないんだ」
「理解している」
「ジーンは誰よりも理解している。ELを神のように信奉しているならゲニウスの力など借りるはずがないからだ」
「……」
ジーンは戸惑ったようだ。
「人が死ぬのが嫌だったのか、戦争を早く終わらせたかったのかはわからん。しかしELを神のように信奉しているなら、たとえどんな効率がよくてもゲニウスの力は借りるはずもない」
「言ってくれる」
ジーンはむしろ嬉しそうだった。
「だからこそELの勢力に帰属意識を持つ必要はないんじゃないか。義理立てする必要もな」
「そうだな。ただやはり私は造物主が作り出した存在の血を引いていて故郷とは違うが……ルーツみたいなものだ。人工胎盤から生まれた超越知能の子孫とはいえ、な」
「野暮だったか。すまない」
「思いの外、私の評価が高いようで嬉しいよ」
「それはこちらの台詞だ」
ホーカーは口元を緩ませる。それを見てジーンは誘われるように尋ねた。
「私も聞きたい。何故君は傭兵をやっている? 個人でホークを入手する手段は限られるし、ホーカー自体危険な仕事だ」
なんでも器用にこなずこの男が、何故危険なナイトホーカーなのかが不思議だった。
彼ならば自分と違い、上手に立ち回れるのではないか。ジーンはそう思ったのだ。
「機体はスフィアの臨時傭兵で入手した。傭兵をやっている理由は……どこかの勢力にしばられたくないからか。好き勝手にやりたい。それだけだな」
「好き勝手、か」
「昔住んでいた居住艦を墜とされたからといってゲニウスが正義などというつもりはない。そうだな。ホークという兵器は超越知能が左右する世界への、せめてもの抵抗手段だ」
「超越知能が憎いか?」
「いいや? だが超越知能の思惑のまま自分の意志を捨てて動く人間は嫌いだな。自分で選んだ道だ。戦場も死ぬ場所も自分で選ぶ。――選べるといいなと思っている」
死に場所を自分で選べるなら幸いだろう。ホーカー自身は戦場とはままならないものだという考えだった。
「よく火星EL勢力の仕事を引き受けてくれたな。契約を停止するタイミングはあっただろうに」
「利用できるならEL勢力だろうがゲニウス勢力だろうが関係ない。傭兵は雇い主を選んではいられないさ。あとはそうだな、軍ではなくて個人だったということか。かのノワールの英雄ジーンとは思わなかったが」
「私は英雄ではないよ。誰も、何も救えていない。救う価値も。救う意味があるのかさえもわからない。それでも君は私についてきてくれた。今の私が君の評価に値しているか疑問だが、嬉しく思う」
「俺はここにいる。これが答えだ。だからあんたが生きて脱出することを見届けるまでは付き合うさ」
「そうか」
ジーンは目を伏せて微笑を浮かべる。儚げで、自らの死を覚悟している者の目。
(付き合える所までは付き合うさ。出来れば生かして逃がしたいが、厳しいだろう)
ホーカーは自分の感情とは裏腹に、冷徹なまでに戦力とジーンの性格を分析している。
ノワールの戦場はEL勢力の権力争いという構図になっており、全員血眼になって戦争しているわけでもない。
ある種のお約束がある。こうして二人で逃避行が可能である理由はそこにあった。つまり逃亡兵、しかも英雄と呼ばれるようなジーンを血眼になって探すには、部隊を危険にさらすリスクに見合わないのだ。
「ゲニウスからの借り物は自分で返せジーン」
「もっともな意見だ。しかしELの勢力は私を抹殺したいはずだ。戦闘も長引く」
「シールドバインダーを返却しても異端認定は解けないぞ」
「わかっている。それでもだ」
「そうか。なら今から二人で向かうぞ。北極冠に」
「ホーカー……」
「火星の地理はさっぱりわからないが」
ホーカーは威勢のいいことをいうわりに、どこか抜けている。彼は流れの傭兵だ。
ジーンは火星地図を転送する。
「ノワール地域はかつてアキダリア平原と呼ばれていた場所だった。テラフォーミング後は黒くくすんだノワール海があり、その先に位置するヴァレンティア勢力を突破して北極冠に向かう必要がある」
鉄やマグネシウムを多く含む地層で出来た海は、黒く染まりノワール海と呼ばれる。火星のノワール海は黒海にちなみ、この名が命名された。
火星の地名は地球人類が宇宙進出する前に命名された名称も多く残されている。
「そのまま地表を突破するというわけにもいくまい。地下都市と初期居住区画跡地の遺跡網を使うのか」
「地表は流れ弾で巻き添えが多くなるからな」
ノワール地域での戦闘は高威力の指向性エネルギー兵器が飛び交い、流れ弾で多くの住人が巻き添えになり死亡した。
「行くぞ。補給は期待できない。慎重にな」
「現地調達するしかないな。慣れっこだ」
二機はホークサイズの大型通路を行く。北極冠に向かうには敵拠点であるヴァンティアの支配領域を通過して、ノワール海を越える必要があるのだった。
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