GENIUS—ゲニウス
「EL勢力はなんでそんなことを気にする。兵器は兵器だ。誰がどう使おうが、有用なら使うものだろう」
ホーカーは疑問に思う。いくら敵性勢力の兵器だからといって、使用者を追放するなど考えられないのだ。
「私の戦績、唯一の瑕疵といったところだ」
「瑕疵だと? 妬みや嫉妬の類いをそういうのか」
ホーカーは軽く嘆息した。そのような凡人は常にいる。
彼の立場では英雄の悩みなどとは無縁だが、ジーンが抱いている無私の生き様は根無し草のホーカーにとって眩しいものだった。
「EL勢力がゲニウス製の兵器を回収していることは事実だ。ELは――人も兵器も平準化が望ましいとしている。しかしゲニウスの多くは違う。目的に沿った最適化を好む」
「平準化を望むわりには生体ELを使って強引に進化させるんだな」
ジーンの美貌は人並み外れたものであり、神秘的だ。これはおそらく父である生体ELの影響なのだろう。
「男女、そして同性愛の多様性が認められる世界では、
「俺の住んでいたスフィアでは生体ゲニウスの存在については聞いた記憶がないな。そして平準化からかけ離れたゲニウスの兵器を使うジーンはいわば異端審問にかけられ有罪となった、か」
「そうなるな。すまない」
「気にするなといっただろう。前金ももらっている。戦う相手が増えてちょうどいい」
ホーカーは周囲が敵でも気にしていないようだ。
しかし、彼の疑問は尽きない。
(それにしても友軍ですらあの対応。大げさだ。何か裏があるはず)
ホーカーにとって雇い主の事情などの詮索は無用。それでも大げさなEL勢力の動きは他に何か理由があるように思われた。
「気が向いたらゲニウスの遺跡がある場所を教えてくれ。有名な遺跡はエル勢力によって封鎖されているからな」
軽口を叩くホーカーをジーンは見詰める。
「――このシールドバインダーを預かってくれ。右側とは兵種が違う。右翼と違い、左翼はとくに扱いづらいんだ」
ジーンは己の機体に備えられているシールドバインダーを外して、ホーカーの旧式機スパタに取り付ける。
無骨な旧式機スパタに赤いシールドバインダーはかなり目立つ。
「ジーンが困るだろう」
「片翼はある。大丈夫だ。そのかわり頼みがある。もし私がもし死んだら――この一基でいい。シールドバインダーの持ち主であるゲニウスに返却してくれ」
「又貸しはよくないぞ」
思わぬ言葉にジーンがクスっと笑う。
「思ったよりお堅いなホーカー。リスク管理もある。借り物を両方無くすわけにはいかないだろう? ナイトホーカーである君はゲニウスの場所も知りたいはずだ」
「それはそうだが……」
ナイトホーキングする場所はゲニウスの遺跡が多い。
「太陽系では二度の大戦があった。第一次太陽系戦争は第三世代超越知能ELと第二世代超越知能ゲニウスの戦争。第二次太陽系戦争は腐敗したELとその端末ネフィリム。彼等と組んだゲニウスの残党を一掃する戦争だ」
「一度目の太陽系戦争では人間をどう進化させるかで、方向性に大きな隔たりがあったと聞く。EL勢力のほうが生産力に優れていたとは聞くな」
「多くの遺宝はゲニウス産だ。私がヴァレンティア軍や彼等に寝返ったフィル軍と戦うには、ゲニウスの遺宝が必要だった。実際、拮抗を破る力がこのシールドバインダーにはあった」
ジーンの言葉通り、シールドバインダーに内蔵されたライトイオンビーム砲は別格だった。それはホーカーにも理解できる。
よく知られているヘビーイオンビーム砲はライトイオンビーム砲と同威力であろうと推察できる。しかし弾薬となる原料は不要であれだけの連射、冷却能力を持つ荷電粒子砲となると製作は果てしなく困難になるだろう。
「同じ勢力、同系統の兵器で戦争するなんてただの消耗戦だ」
「人も兵器も消耗したよ。――北へ向かえホーカー。火星の北極冠にある地下施設に、力を持ったゲニウスはいる。彼が何故私に力を貸し与えてくれたのか理由はわからない。しかしこうなっては半分になってもこの力は返したい」
「北極冠か。テラフォーミング以前、火星の北極と南極には水氷とドライアイスで構成された冠状地形があったと聞く。今はもう存在しないのでは?」
「まだ僅かに残っている。その地下にゲニウスが作り出した極点施設があり、火星には存在しなかった地磁気を作り出してる。私はその場所を訪れ、二基のシールドバインダーと動力である高性能リアクターを貸与された。こうなる未来も予言された上でな」
火星のテラフォーミングに関しては多くの問題があったが、そのうち一つが地磁気だった。火星も金星も地磁気は喪失しており、超越知能は莫大なエネルギーで解決した。
「予言されたってどういうことだ?」
「北のゲニウスは私に告げた。ELたちはこの力を認めないだろう、と。それでも私は干戈を収める力が欲しかった」
「そして会ったんだな。北極冠でゲニウスに」
「彼は名乗らなかった。無口なゲニウスだった」
「それが北の魔王といわれる存在の正体か」
「魔王などとはとんでもない。彼は契約を重んじるゲニウスで、在り方はELに近しいと感じた。北のゲニウスがいるという昔話は、子供の頃父から聞いた数少ない思い出なんだよ」
ジーンが父とゲニウスを思い出し、首を横に振る。
邪悪なゲニウスなら、生体ELである父親も話さなかったはずだ。
「EL勢力といえばゲニウスの名を出すだけで禁忌だと思っていたぞ」
「それは大げさだな。――そう思われても仕方ないか」
ようやくジーンが、穏やかな笑みをこぼした。
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