NightHawker

「俺は非合法盗掘ナイトホーキングを行う遺跡荒しナイトホーカーが本業だ。武装はこいつのように現地調達もあたりまえだ」

「非合法任務専門のホーカーがいることは知っている。奇襲ナイトホーキングもやっていそうだな」

「ただのなんでも屋だ。依頼次第さ」


 ホーカーは否定しなかった。闇討ち専門のホーカーもいる。そういう任務も受けてきたのだろう。


「道理で腕が立つわけだ。私の部下も君がただの屋台商だとは信じていなかったからな」


 索敵も万全。射撃も近接も確かな腕前で、屋台商は無理があるだろう。


「屋台商も嘘じゃない。焼きそばに焼きとうもろこしにかき氷。甘味もあるぞ。かき氷にりんご飴とかな」


 初めて聞く料理名を挙げるホーカーに興味津々なジーンだった。


「焼きそば? いやそれよりりんご飴カラメルアップル? なんだそれは」

「りんごをまるっと一つ飴に漬けて固めるんだ」

「……りんごを飴に漬けて固める意味があるのか? きっとそのまま食べたほうが美味しいぞ」

「知らん。そういう伝統らしい。俺はその手のジャンクフード再現を目指している」

「一度食べてみたいな。リンゴだけか?」

「オレンジやイチゴもあるぞ」

「オレンジがいい」


 甘味ときいて興味が湧いたのだろう。そういう意味では年頃の少女だ。


「任せろ。食べさせてやる。――生き残ったらな。まだ十九才だったろ。好きなものぐらい食べろ」


 年若い少女は早々に戦場に出撃して戦果を積み重ねたのだ。


「これは死ねないな」


 ジーンは知っていた。これが還る場所が無くなったジーンへの、ホーカーなりの気遣いだということを。


「私は君を巻き込んでしまったわけだが、この状況だと心強い」

「作戦遂行中に追放なんてのたまう連中に雇われるのはまっぴらだ。これでいい」

「引き返しても今や敵。進んでも敵。進退窮まるというところだ」


 ジーンも頭を悩ませる。


「ノワール地域を離れて別の地区に移動すればなんとかなる。あんたは腕もいい。さっき言った通り、流れの傭兵ホーカーにでもなればいいさ。傭兵の身元を問う奴はいない」

「そうもいかなくてな」


 ジーンが寂しげな微笑を浮かべた。


「理由があるのか?」

超越知能TIは知っているな。三十一世紀の太陽系を中心に管理する、人類の統率AI。では第三世代のELについてはどうだ?」

「Extremal optimization Learning――ELか」

「極限最適化学習のアクロニムであるELエル。目的は人類をあらゆる極限環境にどのような手段を用いても最適化させて進化を促す役割を持つ。ホモサピエンスという種を適者生存対応させ、進化を促すAIだ」

「ほぼ人間の支配者になっているな。もっとも自分で考えるよりも超越知能に任せたほうが楽だ。仕方がない」

「私の父は生体ELだったんだ。生体ELは人間と共通する遺伝子構造をもち、高寿命の者がいるんだ。父は先の戦争で亡くなったが、人々のために戦った。そんな私がEL勢力の敵になるわけにはいかない」


 AIが技術的特異点シンギュラリティを超えて至った超越知能ことTIが31世紀の太陽系を支配している。

 超越知能は大きくわけて二種。そしてさらに細かく分岐して支配権スフィアを形成している。土地と結びついた国家という概念は過去のものだ。土地そのものが希少性価値を有するものであり、各スフィアは土地を巡って争う。

 ELは太陽系でもっとも強い超越知能勢力だ。


「生体のエルなんていたのか」


 彼自身、超越知能はてっきり人格を有した超高性能プログラムという認識だったからだ。


「今となってはどうでもいい話だ。双方ともに私の命を狙ってくるだろうな。正確にはこのシールドウイングの回収もしくは破壊だ」

「火星の紛争もELによって生み出されたTI同士の抗争と聞いている。この戦争はどのエル・・なんだ?」


 ホーカーが尋ねる。エルと呼ばれる存在も数多くあるのだ。


「生体エルと人類との子は私以外にもいる。しかし私は生まれながらにして忌み子と呼ばれていた。理由はわからないが、EL勢力内部での交渉材料にはちょうど良かったのだろう」

「そんな理由で英雄を追放するのか。俺には理解しがたい」

「仕方ないさ。別に私が両親を選んだわけでも、好きでこの外見をしているわけでもない」


 ジーンは寂しそうに微笑む。


「私が所属していたアルモニカのルテース軍はミカエルスフィア。敵対しているヴァレンティアの連中がウリエルスフィアだな。ルテース軍の中からヴァンレンティアに寝返った連中がいたから余計に事態はややこしくなっている」

「北の魔王とやらはルシフェルか?」

「ヘレルのことだな。彼は金星に封印されているはずだ。君はELのスフィア生まれではないのか」

「俺の生まれはELと対立して敗北した別系統の超越知能群。GENIUSゲニウス勢力のスサノオスフィアの数ある宇宙艦の一つ、その出身だ」


 ELは過去の地球の一神教を、ゲニウスは多神教を強く意識したと言われている。超越知能でも人間に関与する在り方が違った。

 スサノオスフィアは惑星領土こそ少ないが、今なお有力な勢力ともいえる。太陽系内にも多くの居住艦を保有していた。


「スサノオ? カミ系統か。日本系なんだな」

「そうだ」


 ジーンも聞き覚えのあるゲニウスだった。ELは主に天使を、ゲニウスは多神教の神々を模していることが多い。

 スサノオは数多くある多神教グループの中でもとくに知名度が高い。日本由来のカミと呼ばれる神話体系で知られている。


「いつまでもホーカーと呼ぶのもどうかと思う。本名を教えてくれ。年齢も聞きたい」


 会話に付き合っていたホーカーが初めて渋い顔をする。

 ホーカーは部隊内でもホーカーは本名もわからず年齢不詳で有名だった。


「……いや。あまり好きな名前ではなくてな。変な意味はないんだが、他国の言葉にするとろくな意味にならない組み合わせなんだ」

「変な名前ということはないだろう」

「引き続きホーカーと呼んでくれるなら、教えよう」

「約束する。聞きたい」


 他人に興味なさそうな少女が食い下がるので、ホーカーも折れたようだ。


「レイジだ。イラレイジ。スサノオスフィアの綴りで記載すると伊良玲司」


 漢字にして転送するホーカーだ。そうでもしないと偽名かと疑われるからだ。


「……常に怒り狂ってそうな名前だな。わかった。ホーカーと呼ぼう」


 尋ねたジーンは若干気まずい様子だった。本人の申告通りだったからだ。


「助かる」


 ホーカーが言いたがらない理由を理解したジーンは神妙な顔で首を縦に振る。

 イラはラテン語で、レイジは英語で強い怒りを意味する。偶然とはいえ誤解されやすい名前だろうことはジーンにも想像に難くない。


「で、年齢は?」

「流されなかったか。二十歳だ」

「え? すまない。一つ上だと……」


 ジーンが思わず叫ぶほどには、驚きの年齢だった。

 ホーカーは二十代半ばか三十代前半ぐらいだと思っていたのだ。


「苦労してるんでな。老けてみられる」


 素直な驚きに、ホーカーは苦笑いを浮かべる。


「技量も卓越しているが…… この状況で嘘をつくメリットもないな」

「住んでいた居住船がEL勢力との戦闘で轟沈したからな。パイロットのホーカーは十二歳からしていたか。年齢をごまかしてな。ホークの操縦歴も八年ある」


 ホーカーとしては非合法任務が中心だったのだろう。それで生き残ったということは、相当の腕になったか、技量が無いと生き残れなかったかのどちらかだ。

 ジーンは後者と判断した。


「しかしスサノオスフィアなら話が早い。君ならこのシールドバインダー、察しはついていると思うが――」

「ゲニウス製だから、EL勢力が目の敵にしているということだな」


 ホーカーも察しがついていた。


「異端の兵器だろう? いわくつきの、な」


 ジーンが力無く首を縦に振り、肯定した。

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