negative mass—NM装甲の攻略法
「ホークをはじめとする戦闘兵器に用いられるNM装甲は、質量とは逆の性質を持つ
ビームライフルを構えながら、対ホーク戦を再認識するジーンは己の疑問を口にする。
負の質量とよばれるマイナスのエネルギーには負の重力質量と負の慣性質量があり、その二つはほぼ同質とされる。
「装甲材の攻略法だな」
ホーカーの声に、ジーンが微笑む。
敵兵器の攻略法は彼女の好む話題だ。
「一つはプラズマと触媒。つまり強力な磁場さえあれば発生できる。もう一つは装甲にかかる圧力や熱。装甲材に配合されたナノマテリアルは高圧力により触媒が原子や分子の運動を制限させてボース=アインシュタイン凝縮に相転移して負の質量が発生する」
ホーカーの回答にジーンは満足している。
「負の質量は運動エネルギーや熱エネルギーなどあらゆるエネルギーがnullification――無効化される。エネルギーの残滓のようなものは残るが、些細なものだ」
「戦車ほど装甲が厚い兵器なら俺はその装甲を杭で穿ち抜く」
「強引にも程がある」
「力業といっただろう」
ホーカーもスマートな兵装ではないことは理解している。
「指向性エネルギー砲弾。運動エネルギー砲弾。成形炸薬弾などの化学エネルギー砲弾。どの兵装にもNM装甲は有効だ。君はオーガーで装甲を撃ち穿つつもりか」
ホーカーの口元がわずかに歪む。
「有効だぞ。地球や金星だと使う奴もそこそこいる」
「酔狂だな。なにせ——」
ホーカーが駆るスパタはビームの被弾をものともせず、戦車に近付く。
「戦車相手に接近戦をしたがる奴はそういまい!」
戦車からホーカーのスパタへとミサイルが放たれる。胸部の装甲が派手に弾け飛ぶが、気にする様子はない。
「バーガンディ勢力の無人車輌か」
人間は搭乗していない。目的地に移動して敵を狙い撃破する。単純化された行動だけなら無人機で十分だ。
「戦車の指揮機はゴードのどれかだ。そいつを撃破してくれ」
「了解した!」
ホーカーの無茶振りに応えるべく進むジーンのオリフラム。
「リアクターの位置はおそらくここだ」
姿勢を低くして戦車に肉薄したスパタが大きく腕を引き、腕に備えてあるオーガードライバーを作動させる。
戦車の砲塔は絶えずホーカーの機体に照準を合わせているが、加速と減速、蛇行を繰り返すホーカーの機体を追い切れていない。
接近したホーカーの機体は戦車の後部にオーガーを叩き込む。炸薬で高速回転する穿孔用火花が飛び散り、轟音が唸る。
金属を響く轟音オーガーから発せられるのみ。杭の先端が装甲にのめり込む。表面装甲を穿ち抜き、NM装甲部分も無視できる。
エネルギー投入もせずに負の質量を発生させるためには高速衝突による塑性変形とジェット効果が生じるレベルの圧力が必要だからだ。
「いくぞ」
続けざまにオーガーの本体に埋め込まれた炸薬が爆発する。
杭が徐々に装甲に沈んでいった。
「NM装甲で初弾は無効化される——炸薬を連続起爆させて打ち込む多段方式のオーガーか。それなら確実だな」
「戦車相手に鉈だと辛くてな」
応力集中攻撃に強いNM装甲ではあるが、剪断力を利用した線状に加える力による切断攻撃は有効だということをホーカーは知っている。
「敵指揮機を撃破。戦車の無力化を確認、残り三機だ」
ジーンも無人機に指示を出していた指揮官機のゴードと護衛機を撃破する。
ホーカーの旧式機スパタは大きく跳躍して腰に備えていた剣鉈を抜いて残りのゴードに斬りかかった。思わぬ近接戦にゴードは戸惑う。
「離れろ!」
拳を繰り出して抵抗するゴード。胸部に食い込んだ鉈がめり込んでいく。
「押し斬る!」
強引に右胸部を切り裂いたホーカーの旧式機スパタ。その間にジーンが最後のゴードを撃破していた。
「敵戦力を撃破した。すぐに追撃はこないだろう」
ホーカーは普及した兵器であるとはいえ、高級な部類に属する。何百機ものホークが入り乱れるような大規模な戦闘はここ数年はない。
「これからどうする? 進んでも後退しても、敵だらけだぞ」
どこか楽しげなホーカーだ。この状況を愉しんでいるのかもしれない。
「第三勢力の地域へ行くか、マスドライバー用施設を使って宇宙に脱出するかだな。火星宙域なら第三勢力の居住宇宙船は多数ある。追放者を迎え入れてくれるかはわからないがな」
「ホーカーになればいい。そうしたら身元など不要だ。それとも名誉を回復して、英雄に戻りたいか?」
「まさか。私は理不尽な戦闘に巻き込まれた人々を助けたかっただけだ」
英雄と聞いて自嘲気味に笑うジーン。ここ数年で多くの者が死んだ。
「ところで何をしている?」
スパタが動かなくなった戦車に触れていた。無人戦車の各部品を五指のマニピュレーターを用いて器用に解体している。
「構造的に分解できそうでな。砲塔と砲弾をいただく。——ロータリーキャノンも使えそうだ」
ホーカーから取り外した主砲のほかに30ミリ機関砲をスパタに装備する。
「私の武器を渡そうか」
「高性能イオンビームライフルは貴重すぎる。このレールガン砲弾は
NM装甲の発達により砲弾は一種、先祖還りを起こしたともいえる。
地球で二十世紀半ばに開発されたAPFSDS――装弾筒付翼安定式徹甲弾に代表される発射速度を上げるための装弾筒ではなく、貫通用の侵徹体を複数用意することでMN装甲を穿ち抜く。
原理としては二十世紀の
MN装甲も積層化されており、一回貫通してしまえば無効化されるわけではないが、ここは盾と矛の世界だ。
「しかしその場で戦車を解体などと。初めて見たぞ」
「俺達ナイトホーカーには基本的なスキルだな」
ジーンの表情が変わる。驚愕したようだ。
「君はナイトホーカーだったのか?」
「いってなかったか?」
薄く笑うホーカー。ナイトホーカーは特殊なスキルの持ち主が多いのだ。
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