魔王、帰還す〜追放された傭兵ば圧倒的な機動力と火力をもつ機体を駆り戦場を支配する
夜切怜
expellee—追放されし者
十メートルを超える六機の戦士が整列しながら基地を制圧中だった。
認識制御系襲装機兵——
今や上空を飛ぶ戦闘機は高出力のレーザー砲や荷電粒子砲の的でしかなく、二十一世紀の攻撃ヘリコプターのように戦場から姿を消しつつあった。
地球の海溝から海王星の地表など極限環境に対応した陸海空宇に対応する汎用性を持ち、戦闘機から発展したホークは拠点制圧用の四肢を備えている。弾速に優れた指向性エネルギー兵器に対抗するための頑強な装甲を持つ、いわば人型装甲戦闘機こそがホークだ。
ホーク部隊を率いる隊長のジーンが僚機に伝達する。
「ようやく我々は
オリフラムは白の甲冑を連想させるホークだ。フェイスの瞳にあたる部分は横一列のラインスキャンセンサーと広角カメラを併用したバイザー型の機体だ。
「了解です! ジーン隊長!」
ジーン隊長と呼ばれた少女よりもはるかに年長な部下が、ホークのコックピット内から応答する。
オリフラムという名称のホークで構成されたオリフラム部隊隊長のジーン。
怜悧な美貌によく似合う、柔らかい金髪をハンサムショートにしている。切れ長で鋭い印象を持つ目。バイオレットの瞳は人工種の血を引く特有のもの。
中性的なイメージを周囲に与える女性だが、容姿からは想像もつかない戦歴を誇り英雄と呼ばれている。
「ノワール基地を解放するまでに半年か。長かったな」
「上層部は何故かジーン隊長を煙たがっているようだからな」
「ジーン隊長に何もかも押しつけたくせにな」
部下たちは個人回線で恨み節を口にする。ろくな戦力がないまま、一つの基地を開放するまでに至った。十二機あったオリフラムも今や五機しかない。一機は外部からの傭兵だ。
「敵勢力であるヴァレンティア軍と我々のルテース軍との抗争。一時はどうなることかと思ったが、ようやく目処がついた。あと少しだ」
ジーンが部下たちを励ます。
ヴァレンティア軍とルテース軍は同じ勢力内でありながら対立の歴史をもち、反目しあっている。ヴァレンティア軍に内通したルテース軍のバーガンディ勢力によって、ノワール基地は占領されていたが奪還に成功した。
オリフラム部隊の目的はこの内乱を起こした部隊の制圧にある。
最新鋭機のオリフラム五機に、前世代の旧式機スパタが一機。
この旧式機は頭部にモノアイのカメラを備え、電気油圧式式のアクチュエーターを採用しており、足首にあたる部位にシリンダーが確認できる。純白が基調のオリフラムとは対照的に、鋼色で無骨な装甲車を人型にしたような形状をしている。
「居住区は奪い合いだからな。火星の重力は本来なら地球の0.38倍程度。地球に合わせた重力地域は重要だ」
「居住区以外の地域は重力が小さい場所だと0.7程度。重力調整が働いていないところは生活が悲惨だからな……」
火星の重力そのままの地域に住んでいる人間は骨密度や筋肉低下により、保護される。
しかし強制的な保護は多くの軋轢や衝突が生じた。
「ヴァレンティア軍との抗争では二百万人死んだっていうぜ」
「あいつらも容赦ないからな」
「オリフラム2。お前も油断するなよ」
部下の会話に割って入るジーンだ。彼女なりに部下を亡くしたことを痛切に思っている。
「わかってますって」
部隊のメンバーの若干19歳のジーンには頭が上がらない。この少女は劣勢だった彼等の軍を一人で立て直してバーガンディ勢力に支配されたノワール基地を解放した英雄だった。
火星の貴重な居住区の熾烈な戦場ともいえる。
最後尾の旧式機スパタが左脚部を軸足にして即座に振り返り、物陰に潜んでいた敵ホークにレールガンの砲弾を放つ。
「敵か! 機種判定。ゴードです!」
「バーガンディ軍め。ヴァレンティアからホークまで援助してもらっているのか」
パイロットはげんなりした口調だった。もとは同じ勢力だった相手だ。
「実力は伯仲していたさなか、二つの勢力の間にいたバーガンティ勢力がルテース軍を裏切りヴァレンティア軍についたことで事態は混迷を深めた」
ジーンもやるせない気持ちを隠せないでいたが、すかさず戦闘態勢に入る。
オリフラム部隊が戦闘態勢に入る。腰をさらに深く落とし、安定性を確保した。
射線を合わせ、敵ホークに攻撃を仕掛ける。交戦している敵ホークの背後から二機合流し、計三機のゴードが出現した。
「撤退すればいいものを!」
ジーンの機体だけは特別な主翼を二つ装備している。一つは純白の機体に相応しい、美しい深紅の主翼だ。背面部に接続されたカイトシールドにも似た、
もう一つの全身を覆うほどの巨大な二対の鋼翼には、様々な武器やスラスターを格納。機体のみならず兵装やスラスターを保護する役割を担っている。SHIELDはそのアクロニムだ。
「あいつがジーン。ノワール地方の英雄か!」
敵ホークがジーンの主翼をみて動揺する。ジーンの部隊が瞬く間にルテース各地の基地を攻略していったことは有名だ。
右背面部に装備されたシールドウイングが、右肩部にスライドする。ジーンのオリフラムがシールドウイングから兵装を取り出した。
ライフル状のライトイオンビームランチャー——ビームライフルから放たれるイオンビームにも種類があるが、核融合炉とライトイオンの組み合わせは弾数に制限が無く、継戦能力に長けている。
一発程度なら耐えられるが、続けざまに集中砲火を受けて膝をついた敵ホークが、やがて完全に沈黙した。
「どうしてイオンビーム砲を連射できるんだよ!」
舌打ちまじりに背後にいた敵機のゴードパイロットが吐き捨てる。ゴードは大型のビームライフルを構えている。これは弾数に制限がある重イオンビームを放つ。敵ホークが放ったビームはオリフラムのシールドウイングによって弾かれた。
背後からオリフラムの援護射撃もあり、残り二機も砲火を浴びて鉄塊となった。
「よくやった。
「仕事だ」
ジーンにホーカーと呼ばれた旧式機スパタ乗りは素っ気なく答える。ホーク乗りは
つかみどころがない男だった。彫りの深い顔立ちに、異様に鋭い目付き。髪型は刈り上げた髪を短くまとめている。身体はパイロットスーツを兼ねた戦闘服を着用。
黒髪に黒目で、日系であろうことは推測することができた。
「ホーカーズビューローの手違いで配属されたとは思えないな」
このホーカーはジーンが感嘆を漏らすほどの実力を持つ。
彼は人材斡旋組織ホーカーズビューローから派遣された傭兵だった。
「本当は
オリフラム2のパイロットが疑問を口にする。
ホーカーという単語一つでも文脈で意味も変わる。行商人もまたホーカーと呼ばれているのだ。
手違いで配属された男はホーカーでも、屋台が本業だが任務に応じては傭兵もやるという。
「屋台のほうが性にあっている。市場に露天を出すにも元手がいるんでね。仕方なく、だ」
「それもそうだ。大変だな行商も」
「本来なら同じ勢力内とはいえルテース軍とヴァレンティア軍は犬猿の仲。ヴァレンティア軍に内通していたバーガンティ軍の勢力下だ。こんな激戦部隊に配属されるなんてついていないな」
オリフラム2に乗るパイロットの軽口にオリフラム3のパイロットも同調する。
隊長であるジーンからも意外な一言があった。
「私もそう思う。——戦闘が長引いた。一度ルテース軍拠点にまで補給に戻るぞ」
「了解!」
オリフラム部隊は次の目的地に向かうため、移動用の展開式ローラーを用いて、高速移動を開始した。その時——
『そこまでだ。ジーン・ルブラン』
オリフラム部隊所属の全機に、本部から通信が入る。
「カール司令? どうかなされましたか」
『君の快進撃の秘密が判明したのだよ。そのシールドバインダーのことだ。異端の
「報告したはずです。これは先代文明の遺跡で回収した
冷静なジーンが血相を変える。
『敵も味方も君に恐怖しているよ。北の
「言いがかりです!」
毅然と抗議するジーンに対してカールは取り合わない。
『軍法違反により処刑といいたいところだが、私も無慈悲ではない。君を軍から追放してオリフラム部隊の解散を命じる』
「待ってください! ここは敵であるヴァレンティア軍と内通したバーガンディ勢力の主力、ライオネル部隊の勢力下です! 私はともかく部下たちに罪はありません」
『そうだな。
「ホーカーに罪はありません!」
ジーンの抗議中に通信が遮断された。聞く耳はもたないらしい。
「作戦遂行中に追放ってどういうことなんだ……」
絶句するオリフラム2のパイロット。
「隊長! これは?」
「私が今回の作戦遂行のために入手したこのシールドバインダーが、気に入らないらしい」
彼女の機体だけがもつ、二基のシールドバインダー。
「それだけの理由で?」
ホーカーも気になったようだ。軍に政争はつきものとはいえ、作戦行動中に追放とはただならぬ事態だ。
「二十六世紀以降、多くの技術が喪失したが一部は各勢力が秘匿している。三十一世紀の現在、広まっては困る技術だったのだろう」
ジーンは自嘲する。なんのために戦ってきたのか。
「隊長。教えてくれ。そのシールドウイングは北の魔王とやらから拝領したものなのか? 噂は聞いたことがある。北の地下に魔王の軍勢がいると」
「……魔王などいるわけがない。火星の前時代開拓時に開発された発掘兵装に過ぎない。でなければホークと共通規格であるものか」
若干言いよどんだジーンだったが、それだけ動揺が激しいのだろう。
「ホークも数百年前から存在していると聞く。変なことを聞いてすまない」
オリフラム3のパイロットが謝罪する。
とはいってもジーンが追放処分を受けたことには変わりが無い。
「部隊を解散といっても敵地ど真ん中だぜ! ライオネル部隊の連中がやってくるぜ」
「次に会うときはおそらく私の捕縛か処刑任務だろう。異端扱いされる前にお前たちは宇宙艦マルニーに戻れ」
ジーンは淡々とした口調で、部下に命じた。三十一世紀の宇宙艦は人類の主要居住区でもある。
宇宙艦マルニーもそうした居住宇宙艦の一隻だ。
「隊長として最後の務めを果たす。殿は任せろ。お前たちは生きて戻れ」
ジーンの言葉に若干躊躇うも、彼女の意志を尊重する部下たちだった。
「すまねえ。けれど隊長と交戦だけはご免だぜ」
「俺がいうのもなんだが、気を付けてくれジーン隊長。災難だったなホーカー」
「慣れている。気にするな」
ホーカーはこともなげに手をひらひらして合図を送る。さっさと行けと伝えているのだ。
四機のオリフラムは自軍陣地に向かって消えた。
「政争の類いに巻き込んでしまったな」
ジーンが通信越しに謝罪する。男は気にも留めていないようだ。
「俺の雇い主はあんただ」
「追放処分となると面倒だ。私が属する勢力すべてが敵になる。——今も」
二機のホークは互いに背を預け、敵機の襲来に備える。
この地域は敵勢力であるヴァレンティア軍に内通したバーガンディ軍の支配地域だ。
「火星は三層ある地下都市に分かれている。追っ手を巻き込むことも可能なはずだ」
火星がテラフォーミングする際、無人機によって地下都市が造られた。上層、中層、下層に別れた構造になっている。
中層にあたる地下十五キロメートル地点には多くの水を含む層があり、それを汲み取り地表に海を造り上げる基礎層。
最下層の基礎層から重量空間を作り出すための重力区画と初期居住区画。多くの遺跡はこの初期居住区画跡地だ。
上層は地表近くに火星を開発した公民用の上層居住区があり、その地表に他地域からやってきた植民者用の住人区画が、中世の城塞都市のように点在する。
「追放処分か。俺はともかくジーンは辛いだろう」
「マルニーは生まれ育った居住宇宙艦というわけではないからな」
エリート層は宇宙で生活できる居住宇宙艦に住むが、宇宙艦を喪失した人々は地表や地下に住むことになる。
全長一キロ以上ある居住宇宙艦マルニーには一万人ほどの住人が住んでいた。
「仕方ない。軍法会議で処刑よりましだな」
ジーンは軽く嘆息する。とくに火星では政争が尽きない。
「戦車一輌にホークのゴードが五機か。なんとかなるさ」
ホーカーはタッチパネルに指を走らせた。
『戦闘行動継続。対NM装甲用兵装オーガードライバーを装備します』
コックピット内に合成音が告げる。ホーカーの機体にはシールドバインダーなど高級な装備は保有していない。
背面のウエポンコンテナから無骨なパイルを取り出して右腕に装備する。無骨な炸薬式のオーガードライバーは、作業用に非ず。対指向性エネルギー兵器に特化したNM装甲を穿ち抜く、凶悪な回転式穿孔ドリルを持つ兵装だ。
左腕部にレールガン。右腕部に腕部と同じぐらいの長さの筒を装備するスパタが、腰を落として身構える。
「ホーカー。てっきり得物は大型ナイフだと思っていたが」
スパタの腰には肉厚の刃物が備えられている。剣のような刀身だが肉厚で、短剣よりは長い。ホーカーはこれで敵ホークを斬り倒していた。
「こいつは剣鉈といってな。斧と剣の中間みたいな武器だ。取り回しはいいんだが、こいつだと戦車相手には分が悪い」
「お前の切り札はオーガードライバーか」
「そうだ。こいつなら戦車の装甲も抜くことができるが、戦車相手に手一杯だ。援護は期待するな」
「ホークは任せろ」
ジーンが駆るオリフラムも同様により深く腰を落とす。前足部の底面にあるホイールが回転を始めて、踵に備えられた展開式ホイールが接地して加速をサポートする。
腰を落として姿勢を屈めた二機は戦闘態勢に入った。
魔王、帰還す〜追放された傭兵ば圧倒的な機動力と火力をもつ機体を駆り戦場を支配する 夜切怜 @yashiya01
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