第5話 世界史人物事典 近世ローフィス編より抜粋

※後世の歴史家の記述によるベレンガリアの略歴です

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 ベレンガリア・メービウス・ブラウトリーン

 (大陸歴1677~1723)


 ブラウトリア帝国の初代皇帝、ガスパール1世の正妃。

 帝国宰相リヒャルト・メービウス侯爵の長女。

 母デルフィナはカルミニ王国の第二王女。

 弟ハインリヒは『ゼーリントの虐殺』の中心人物。

 息子は皇太子フェルディナント・アレス・ブラウトリーン。


◎幼少期から学生時代


 幼少期にエンラント大公ハインリヒ(当時の国王グスタフ5世の弟)の嫡子ガスパールの婚約者となり、王族に相応ふさわしい教育を受けて育つ。残された資料では成績優秀で人格面も賞賛されているが、王立学園の教師や同級生の手記には、学内におけるベレンガリアの驕慢きょうまんな言動や、下級貴族や平民の学生を退学に追い込んだとの批判、それに学生たちの研究会を解散させたことへのなげきなどが散見される。


 学園在学中に発生した異母兄ルーカスの不審死が、ベレンガリアの悪評が高まった契機との説は世間的にも広く知られている。当時の王国政府の腐敗を憂い、不安定化する社会情勢に危機感を抱いていたルーカスは、貴族出身の同志と共に政治活動に身を投じていたのだが、遊説ゆうぜい中に消息を絶って十日後に死体で発見された。


 この件は強盗による殺人として処理されたのだが、共に消えた護衛二人が行方不明のままであり、父であるリヒャルトが息子の捜索にも事件の捜査にも消極的であったため、「ルーカスは大貴族らしからぬ思想を危険視され暗殺された」との噂が流れ、やがて兄の死に対して父親以上に冷淡なベレンガリアが暗殺を主導したのではないか、と変形して流布るふされる。それを事実と裏付ける史料は存在しないが、現在でも「ベレンガリア犯人説」は根強く信じられている。


◎『ブンメル謀議』と王位簒奪


 ガスパールとの結婚の翌年、1696年にグスタフ5世が崩御ほうぎょし、王太子アルブレヒト・リヒテル・ブラウトリーンがアルブレヒト3世として即位。しかし、実績不足で貴族や軍部からの支持が弱く、国民からの人気にも乏しいアルブレヒトの治世は初期から失敗が続き、元から不穏な気配があった国内情勢は更に悪化することに。


 1698年には、アルブレヒトの正妃マルティナの父で、内務卿の座にあったトヴィアス・ブンメル侯爵を中心に、王権を制限して諸侯の合議による国家運営へと移行しようとの動きが表面化。この改革が成功していれば、ブラウトリアはいずれ立憲君主制へと軟着陸できていた可能性が高いが、リヒャルトを領袖りょうしゅうとする派閥はこれを「外戚がいせきによる王位簒奪さんだつの陰謀」だと喧伝けんでん


 副宰相の地位にあるリヒャルトと、先王の正妃アンネマリーと幼少から懇意こんいで、王家に強い影響力を持つベレンガリアの工作により、ありもしない陰謀は現実のものと認定され、改革派と保守派は一触即発の状況に陥る。


 そんな中、アルブレヒト3世が急病で意識不明の状態に。世間ではこれが改革派による暗殺未遂として広まり、王都ニースベルグでは王を支持し愛国を煽る運動が拡大する一方、様々な背景を持った集団による暴動も頻発。現在では、これらはベレンガリアの仕掛けた謀略と見做みなされるが、証拠となる文書などは発見されていない。


 混乱の収拾を宣言し、親衛軍総監ハインリヒ大公は王都に麾下きかの軍を展開、要人保護との名目で改革派と中立派の主だった人々や軍の高官を軟禁し、大商会や新聞社にも兵を送って監視下に置く。その状況で改革派によるアルブレヒト暗殺計画が明らかになり、関与を疑われた者は一族と共に投獄。この暗殺事件の捏造ねつぞうも、ベレンガリアが主導したとの説が有力視されている。


 瀕死のまま意識を回復したアルブレヒトだが、子がおらず兄弟は幼い弟と母親の身分が低すぎる兄しかいないため、後継者にガスパールを指名。三日後にアルブレヒトが崩御すると、ブラウトリア王国第二十二代国王ガスパール1世として即位した。当時の公式文書にはこう書かれているが、この内容を信じている人間は当時でも少なかったと思われる。


◎王妃から皇妃へ


 王位に就いたガスパールは、国内の問題を次々に解決する手腕を見せ、東方で国境を接するウィンデン共和国との和平も成立させる。更には、新式の軍制を導入することで軍事費の大幅削減に成功、貴族に対する新税の創設も反対を押し切って強行し、年々悪化していた王国の財政を数年で立て直す。この成功の陰にベレンガリアの協力があったとの説もあるが、この時期の活動として確認されているのは、遺跡の調査や古文書の整理などの文化方面に限られている。


 全てが順調だと思われたガスパールの治世が、突然のゼーン共和国への侵攻によって暗転したのは、ベレンガリアとゼーン共和国の大統領夫人エマ・ペレイラの個人的な確執が原因だったと言われている。 実際に何があったのか確定情報はなく、今に至るも諸説紛々しょせつふんぷんなのだが、あらゆる文献がベレンガリアを非難する姿勢であるのは、類推するための手掛かりになるだろう。


 ゼーン共和国は開戦から三週間で降伏、全土はブラウトリアに併合されてガスパールは皇帝を名乗り、それに従ってベレンガリアは皇妃となる。1703年、ブラウトリア王国はブラウトリア帝国と国号を変え、侵略国家としての道を歩み始める。


◎帝国の栄光と衰亡


 急速な領土拡大と、それに伴う国家体制の変容(帝国の国内政治と対外戦略についての詳細は、ガスパール1世とリヒャルト・メービウスの項を参照)によって生じた歪みは、ブラウトリア帝国を常に不安定な状況に置くこととなる。それを悪化させた要因とされるのが、ベレンガリアの放蕩三昧ほうとうざんまいと残虐趣味だ。


 華美な宮殿や壮麗な城館を建設し、他国から収奪した宝物を展示する巨大な美術館を造り、芸術の保護のためと多額の予算を国費から計上し、その大半が使途不明で消える。親衛軍を私物化し、見目麗みめうるわしい貴族の子弟のみが配属された通称『逆ハーレム部隊』を編成し、三個師団分の予算を一個連隊に投入する。他にもスケールの大きな無駄遣いが多数記録されていて、全てが事実ではないにせよ皇妃の地位を振りかざしての暴挙を重ねていたのは、想像に難くない。


 そして、叛意はんいを疑われた貴族や商人に対する苛烈かれつな対応や、暴動や怠業サボタージュに参加した人々への処罰の重さは、一時的には人心を落ち着かせたものの、結局は帝国政府に対する不信と反感を増大させることに。とりわけ、ベレンガリアが考案したとされる非人道的な拷問や、罪人の家族も連座させる酷薄こくはくな処刑は、当時の国民感情を逆撫さかなでしたのは勿論のこと、現在でも帝国の消せない汚点としてかたぐさになっている。


◎革命軍の蜂起ほうきと連盟軍の侵攻


 数多くの矛盾を抱え込んだ帝国が機能不全に陥りつつあった1721年、帝国全土で同時多発的に武装勢力が蜂起。それらの鎮圧に向かうはずだった軍の内、三個師団が命令を無視して反乱軍に合流、この部隊を中核にして革命軍『自由ローフィス軍』が誕生する。革命軍は、時を同じくして帝国領内への侵攻を開始した大陸東方諸国連合『エルナダ連盟』と共同戦線を張って帝国軍との死闘を繰り広げ、半年で戦況を優勢に持ち込み、二年が経過した頃には帝国を敗北寸前まで追い込んだ。


 防衛戦の末期には、敗走を重ねる帝国軍にごうを煮やしたベレンガリアが軍の指揮を執っていたとの情報もあるが、その真偽しんぎは定かではない。しかしながら、帝国軍が防衛戦力の大半を革命軍・連盟軍の主力部隊に無為むいに突撃させて惨敗した『クンドゥナの殲滅せんめつ戦』での無様な用兵からして、軍事の素人である皇妃が関与している説も否定できない。帝国の命運が尽きることになったこの大敗の翌日、ベレンガリア・メービウス・ブラウトリーンはハインベルグ城の西塔から身を投げての死を選んだ。享年46。


◎世界三大悪女筆頭・悪虐皇妃ベレンガリア


 他国への侵略と併合した地域における苛烈かれつな統治、治安維持のための度重たびかさなる弾圧と粛清など、帝国の失策や誤謬ごびゅうとして扱われる物事の大部分を主導したベレンガリアは、生前より『悪虐皇妃』と綽名あだなされていた記録が残る。その他に『豺狼さいろう女帝』『首狩くびかり皇妃』などが同時代の出版物や個人の日記で確認でき、革命軍の活動が活発化して以降は『壊崩のベレンガリア』の記述が目立つ。


 現実味のない政策を強制した挙句にウィンデン共和国に大飢饉だいききんを発生させ、大量の難民を発生させて現在もくすぶり続ける周辺国との紛争の原因を作った独裁者グレタ・メルクーリ(1885~1948)、島国モプナ王国の王女の一人であったが、王の相談役であった宗教家に篭絡ろうらくされクーデターを起こし、鎖国状態で神懸かみがかりの理不尽な統治を行った数年間で、人口の8割を死滅させたバルバラ・ヘルタ・モプナ女王(1429~1470)と共に世界三大悪女の一人に数えられている。


 三人の面子は時代や地域によって入れ替わりがあるが、ベレンガリアのみは不動の地位を保っているので、『世界三大悪女筆頭』と揶揄やゆされる向きもある。

 

     【本書は1960年、南ローフィス民主共和国にて刊行された】



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今回で序章は終了となります。

次回からは学園ラブストーリーになる……はず。たぶん。おそらく。

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