第4話 つまりはそういうことか
ハインベルグ城での居室にしている西の塔へと戻った私は、護衛の兵たちに「皇帝が訪ねて来ても通すな」と
空きの目立ってきたワイン棚から適当に白を選び、
やや酸味の尖った液体を一息に
「やってられぬわ、馬鹿共めが……」
疲れ果てた脳に糖とアルコールが
失敗も
とはいえ、ここまで手酷い裏切りは過去にも――いや、何度かあるな。
思い返してみれば、どうにも
誰も愛さず、誰にも愛されず、感情を
自由もなく、楽しみもなく、国と家に全てを
大声で笑ったのさえ、つい先程が数年ぶりだ。
「ふっ、ふふっ……最も
せめて愛する者でもいれば、こんな終わりは避けられただろうに。
夢や目的があったなら、多少は愉快に日々を送れたのではないか。
誰かのためでなく自分のために、どうして生きられなかったのか。
血を吐くような想いをワインで流し込んでいると、空腹に杯を重ねすぎたせいか強い眠気が訪れてきた。
「大帝国の
グラスをテーブルの上に戻し、背もたれに体を預けた
どうやら、自分で思っているより
眠気と脱力に
意識を手放す直前、懐かしい声を聞いたような気が――
――ドンッ! ドンドン、ゴッ! ドッ! ガンゴンッ!
尋常ではない勢いで扉を叩かれ、意識を無理矢理に引き戻される。
ノックというより、叩き
もしや革命軍のシンパが城内に潜入し、私の
酔いが回っているのか、眠りを中断されたせいか、頭も体も上手く動かない。
しつこい打撃音を聞きながら身を起こし、視界のぼやけている目を
「何事だ! 誰も通すなと
軽く咳払いしてから、不快感を
すると扉の
「ネルディンク
「会議室へと向かい、幕僚共に伝えよ……後ほど確認する」
「軍務卿は、皇妃陛下にのみ伝えるべき最重要案件である、とっ!」
クリスティアン・ネルディンク公爵――クリスとも長い付き合いだ。
かつては子爵家の次男だったが、ガスパールの幼友達だった縁で護衛役に。
立場に相応の能力があれば、私の代わりに防衛戦の指揮を執っていたのだろうが、ガスパールの側近共の例に漏れない無能だ。
何故だかわからないが、クリスは自分を
そして、国の命運が
用件を聞くだけ聞いて早々に終わらせるか――二度、三度と頭を振ってから
「あぁ……しばらくぶりだな、ベル」
扉の先には
口ばかり達者な
そんな不審感を更に刺激する要素として、
「……皇妃陛下と呼べ、軍務卿。不敬な態度は許さぬ」
「ヘッ、名ばかりの皇妃が――いや、訂正しよう。
下らない
身分やら何やらがどれだけ変わっても、クリスの下世話で不快な性格に変化がない。
逆に感心するな、と思いながら
私についている護衛を斬ったとなると、つまりはそういうことか――
「この
「謀叛とは心外だ。国威を
「それを謀叛と呼ぶのだ、
ありったけの
この不気味なまでの余裕は、一体どこから来ているのか。
私とガスパールを幽閉するなり処刑するなりして実権を奪おうと、それで革命軍と連盟軍の攻勢は止められないだろう。
「新帝として
「阿呆が……統治しようにも、ヴィスギア要塞が落ちれば帝国は終わりだ。そして、要塞を守るべき兵は失われておる。我が軍にはもう敵を押し返せる
鈍すぎる頭にも理解できるよう説明してやるが、クリスは腹の立つ笑顔を崩さない。
隣でハデに目を泳がせているデカブツの方が、まだ現状を
芝居がかったポーズで溜息を吐いたクリスは、私を指差しながら語り始めた。
「そんな問題を丸ごと解決してくれるのが、ベルの存在じゃないか」
「フン……私を
「暴虐皇妃の首一つで、国と民が揃って救えるんなら安いモンだろ?」
「救えるなら、な。考えてもみるがよい、クリス。お前が革命軍を壊滅寸前まで追い詰めたとする。その状況で、先方が『軍師のテオドール・ユンカーは投降する。だが、他の幹部と将兵は無罪放免を約束しろ。それと占領地は絶対に手放さないし自治権を要求する』などと言ってきたなら、どう応じる?」
やっと想像力が追い付いたのか、クリスの
どうせだから、都合のいい妄想も粉々に砕いておくとしよう。
「ここに至っては、現段階で無条件降伏しようが、徹底抗戦の末に征服されようが、我らの末路は変わらぬ。侵略を主導したと
「馬鹿なっ……そんな馬鹿なことが、許されるとでも……っ!」
「許されるさ、それが勝者の権利だからな。帝国が占領地で何をしてきたのか、お前もよく知っているであろう」
「そっ、それは何もかも、ベルが……」
半笑いで言い放てば、クリスは蒼白な顔で返してくる。
自分の嘘を信じ切れてないのか、途中からは
いい加減ウンザリなので、
どうするつもりか知らないが、今はもうどうにもならない状況なのだ。
別のワインを開けようと、棚から古そうな白を選ぶ。
ラベルを見れば、私が学園に通っていた頃の、三十年前の数字が記されていた。
あそこで自分の感情に従い、別の生き方を選んでおけば、こんな
「帝国は滅びぬぅううっ! オレとぉ、オレの子がっ! 永遠に! 永遠のっ!」
なるほど、ゲオルクは側妃ペトロネラとクリスの不義の子か。
最後の最後に、カスのような
「総員! 皇妃陛下を拘束!」
デカブツの指示に応じ、扉の外で待機していた兵士たちが雪崩れ込んでくる。
頭に血が上り、計画の内容が飛んでいる様子のクリスは、殺意満点で体ごとサーベルを突き出してきた。
どうにも
「ぐっ――ふうぁ、あぅ……」
呪いの言葉の一つでも残そうとしたが、声は形にならず
となれば、選べる先は
白ワインをかぶったクリスを蹴って突き放し。
押し寄せる兵士たちの伸ばす手を
激痛に
息を詰め、背中から
そして、永遠にも感じられる何秒かが過ぎていく。
様々なことを考えたように思えるが、空の青さを眺めていただけな気もする。
ふと、
意識が薄れて視界が暗転し、頭部に
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