第2話 悪名も時には役に立つ
「ほっ、報告いたし、ますっ――皇太子殿下、御出陣! てっ、帝都を
苦しげな伝令の言葉に、会議室は大きくどよめく。
反応はポジティブとネガティブが1:9、といったところか。
皇族、それも皇太子が戦陣に
その一方で、無能なフェルディナントが戦闘指揮に口を挟んだり、自ら兵を率いて戦闘に参加したりの行動に出れば、現場は大混乱に陥るだろう。
余計なことをしてくれる、との愚痴を飲み込んで
「して、連れている兵力は」
「殿下の他は、
「ふむ……御苦労であったな、休むがよい」
伝令を下がらせると、室内では再び
既に兵力となる市民は徴兵し尽くしている――老人や子供を引き連れた
ともあれ、これ以上の予想外が起こる前に、計画を実行に移すべきだろう。
そう判断した私は、
一瞬だけ表情を
しかしながら、これは計画と呼べる程のものだろうか。
そんな
まずは和平交渉の席に、革命軍と連盟軍の指導者たちを引っ張り出せるかどうか。
以前に行われた停戦交渉と異なり、帝国の体制維持すら危うくなる条件を提示している。
帝国を完全に滅亡させ、皇族や貴族を片端から処刑したい革命軍が拒絶しても、連盟軍には魅力的に映る内容に仕上がっているはず。
敗北が明らかな状況では、和平を申し出ても意味がないように思われるが、話はそう単純ではない。
戦争というものは、勝ち負けよりも「勝ち方」「負け方」が重要になるのだ。
華々しい大勝利を収めたところで、得られるのが焼け野原と空の倉庫と飢えた民では、勝者にとって何の益もない。
だからこそ、戦後の帝国からの収奪に興味が移っている連盟の国々にしてみれば、徹底抗戦で国土を荒らされ帝都を炎上させるのは避けたいだろう。
それに、大陸を戦乱に巻き込んだ元凶と
「フッ――」
悪名も時には役に立つ、という思いが乾いた笑いを生じさせる。
メービウス侯爵家の長女、ベレンガリアとして生を
父の命で王弟エンラント大公ハインリヒの嫡子、ガスパールと婚約したのが六歳の時。
王族の一員たるべく文武の教育を十二年受け、ガスパールの妻となったのが十八の夏。
王族との結婚など望んでいないし、王妃の地位を欲してもいなかった。
しかし、責任ある立場となったからには
内政と軍事の両面で改革を主導し、反対派や抵抗勢力を排除しながら、国力を高めるべく
その結果が、隣国であったゼーン共和国への侵攻と占領後の併合、そして大陸統一を
「であるから、このアルモの
「馬鹿馬鹿しい」
「ぅはっ?」
中身のない軍議を聞き流していたら、つい夫への愚痴が漏れ出てしまった。
とは言え、この参謀の主張も馬鹿げているので、一応は釘を刺しておくか。
「誘導すると簡単に言ってくれるが、その方策は
「それは……
「具体的な案がなければ口を閉じておれ、阿呆が。そもそも、精兵などもう帝国には
冷笑交じりに言い放てば、会議室に重たい沈黙が下りる。
高級参謀たちが顔色を悪くして
思いがけない流れに、ついつい冷笑ではない笑みが浮かぶ。
どんな状況だろうと、全てを諦めるのでなければ
私もそうやって、深まる絶望の中でも最善を選び取ろうと、血を吐くような苦労を重ねてきた。
非現実的な出兵計画の修正と代替案の作成、
無能が大集合した国政を
その結果が、皇帝を
為政者であるからには、当然ながら
少なからず手を汚してきたし、それを悪と言われればその通りではある。
だが、皇帝と側妃の
抗議の声を上げようと誰も聞かぬだろうし、聞いても「笑うべき自己正当化」程度の扱いで終わるのは想像に
「皇妃陛下、ヴィスギア要塞のエンラント大公より、
「それについては、命令書を預けた従士を送っておる」
初老の参謀からの報告に応じながら、また一つ段階が進んだのを知る。
計画は既に動き出している――捕虜交換を口実にして敵陣に特使を何度か送り、降伏に近い条件での和平を求めているのは通告済みだ。
従士に
現エンラント大公ジークムントは、兄のガスパールと違って内政にも外交にも理解があり、元帥の地位に
開戦後に次々と発生した反乱や暴動の鎮圧と、その後の治安回復に各地を
反攻作戦の指揮をジークムントに任せろと、私は開戦直後から進言してきた。
なのにあの阿呆は、将兵や市民に人気の高い弟が華々しい
そして、肩書と
こうなればもう
せめて一年前にそうしてくれたなら、いくらでも挽回する手段はあった。
実際、複数の計画を提出していたのだが、途中で握り潰されたのか届いても無視されたのか、
もはや公式行事でしか顔を合わせぬ関係だったとは言え、誰が自分を玉座に
「まぁ、
「えぇと……申し訳ありませんが、
半ば無意識の呟きを通常の発言と思われ、問い返されてしまう。
それを扇を振って無言で制し「何でもない」と伝える。
ジークムント……ジギーとも四十年の付き合いになるか。
実弟よりも付き合いが長く、名実共に最も近しい家族と言える相手。
そんな存在だからこそ、
直接会談による講和――暴虐皇妃に
これが、革命軍と連盟軍の首脳部を釣り出すエサ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます