壊崩のベレンガリア ~世界3大悪女筆頭の暴虐皇妃、墜落したら30年ほど巻き戻る~

長篠金泥

序章 暴虐皇妃の最期

第1話 どうしてこうなった

 何が悪かった――


 どこで間違えた――


 どうしてこうなった――

 

 ここ数年、何度も繰り返した問いが、また脳内をグルグル回っている。

 自業自得な失敗もあれば、回避不能の事故もあった。

 自縄自縛じじょうじばくの自爆もあれば、予測不能の事件もあった。

 どれもが原因の一端いったんのようであり、どれも全く無関係のようでもある。

 ともあれ、自暴自棄じぼうじきは選択できない。

 寝不足のせいかストレスのせいか、強めの疼痛とうつうが常駐している頭を軽く振り、意識を外界がいかいへと向けた。


 ブラウトリア王国の旧首都ニースベルグ――現在はブラウトリア帝国の副都ふくとハインベルグと名を変えた街の中心にそびえる白亜の城。

 その会議室は昼夜ちゅうやかたず、暗澹あんたんたる空気に支配され続けていた。

 ぜいを尽くしたきらびやかな室内を飛び交うのは、虚勢きょせいまみれた放言ほうげんと、終焉しゅうえんを見据えた泣言なきごとばかりで、語る方も聞く方も無意味さを自覚している。


 それでも、逃げ出さずに会議室にいるだけ、まだマシだと言えた。

 一週間前と比べれば、いつの間にやら両手に余る人数が消えている。

 国家の滅亡が目前に迫っているのだから、無理もないことだろう。

 帝国の皇妃こうひという立場と、ベレンガリア・メービウス・ブラウトリーン個人の悪名がなければ、私だってどこかへ遁走とんそうしたい。

 実現不可能な夢想に浸りかけたところで、ヒゲの参謀が咳払せきばらいでざわめきをしずめる。 


「各地の戦況について、報告いたします」


 ロクでもない内容ばかりなのか、顔色がいつも以上にえない。

 私がうなづいたのを確認すると、ヒゲは手にしたメモを読み上げる。


「イドールとの連絡は途絶、イドールからカナスの線を防衛していた第十七師団は後退しての戦力再編を図るも失敗、ヘンデン城で包囲下にあります。第四師団はギゼー川にっての抵抗を断念、クロフィカを放棄した第九師団の残存兵力、帝都防衛兵団より抽出ちゅうしゅつされた義勇兵部隊『白狼旅団はくろうりょだん』と合流し、シュメインとポーグの間に新たな戦線を構築中、とのことです」


 やや早口での報告が終わると、室内は再びにぎやかさを取り戻す。

 しかし、聞こえてくるのは「何たることだ」「全面敗走ではないか!」「連盟の飼い犬めが」「親衛軍は何故に動かん!」など、動揺一色の発言だらけ。

 無能な幕僚ばくりょうたちに改めてあきれながら、従士じゅうしに命じてテーブルに広げてある地図の兵棋へいぎを移動させ、ズタズタにされている防衛線を再確認した。

 すると、あるべき軍勢がいくつか見当たらないのに気付く。


「イドール救援に向かわせた独立混成第五旅団は、どこにおる」

「それは……」


 返答に詰まった様子から、大体の状況は想像できてしまう。

 しかし、防衛戦の指揮を任された身としては、確かめておく必要がある。

 額に汗をにじませた参謀を見据えていると、新顔の若い士官が挙手の後に口を開いた。


「ハッ! 混成第五旅団ですが……行軍中に消滅いたしました」

「……何なのだ、それは。接敵して撃破された、ということか?」

「いえ、麾下きかの連隊長による抗命こうめいが反乱へ発展、旅団長ゴルト将軍は殺害され幹部にも死者多数、司令部の混乱により将兵は散逸さんいつ……一部は第九師団に合流したようですが、八割は逃亡したと思われます」


 室内の温度が、不意に二度か三度下がったかのようだ。

 この戦況は昨日か一昨日のもの――現在は、より悪化している可能性もある。

 もっと会議室が冷えるのを予想しつつ、質問を重ねる。


「南方から侵攻する敵軍の牽制けんせいを命じた、ミドゥア伯爵の動きは」

「ミドゥア伯は……率いる領兵ごと賊軍へ投降、伯爵領の全体が叛徒はんと共の勢力下に置かれた模様、であります」


 複数のうめき声が同時に漏れ、室内は更に寒々しさを増す。

 私の予想していた以上に酷い状況だ――天井をあおぎ、長い溜息を吐く。


 苦戦、後退、退却、包囲、壊走、全滅。

 失陥、逃亡、降伏、内通、反乱、暴動。


 そうした言葉の一つ一つが、帝国が破れつつある事実を容赦なく突き付けてくる。

 滅びの道を回避するため、あらゆる手を尽くしていたというのに、本当に……どうしてこうなった。


 最大の理由はわかっている――隣に置かれた無人の豪奢ごうしゃな椅子を横目でのぞき、奥歯をめる。

 かつてはブラウトリア王国の二十二代国王であり、現在はブラウトリア帝国の初代皇帝となったガスパール一世。

 革命軍と連盟軍に対する防衛指揮を、皇妃である私と元帥である皇弟に委任――と言えば聞こえがいいが、実際は全てを放棄し帝都の城壁の奥にこもったカス


 この無能にして貪婪どんらんたる誇大妄想メガロマニア俗物ボンクラ、ガスパール・アレス・ブラウトリーンこそが、無秩序な侵略戦争を繰り広げた挙句、帝国を窮地に追い込んだ元凶だ。

 ガスパールだけならば、何とか手綱たづなを取れたかもしれない。

 だが、私が対処すべき「敵」は、あまりにも多すぎた。


 皇太子フェルディナントを筆頭に、僅かな例外を除いて自尊心と自己評価ばかりが高い無能揃いで、軍務も政務も任せられぬ皇族とその取り巻き。

 ガスパールと子をしたことで特権的な地位を与えられ、外戚がいせきとしての権勢を振るおうとする側妃そくひの親族とその取り巻き。

 そして、際限なく私腹を肥やしながら無意味な政争を繰り広げる、貴族という名の豺狼さいろうの群れ。


 更には、そんな有象無象うぞうむぞうに近付いて、何食わぬ顔で権益をかすめ盗る悪徳商人ダニども

 連戦連勝に血迷って、ロクな戦略も用意せず際限なく戦火を拡大させる、無責任で不見識な軍人たち。

 何よりも手強い相手は、他国から収奪した財貨で豊かな生活を謳歌おうかし、永遠に続く繁栄はんえいを夢見せられた民衆だ。


 長い安逸あんいつに慣れ過ぎた人々は、破滅のきざしも、社会のきしみも、暴発のくすぶりも、見て見ぬフリでやり過ごした。

 どうにか危機感を広めようとしても、佞臣ねいしんに踊らされた皇帝が直々にコチラの行動を阻止してくるのだから、まるで手のほどこしようがない。


 大陸西方のふるき国名をかかげた反政府革命軍――『自由ローフィス軍』の一斉蜂起いっせいほうきと、帝国への臣従をこばんだ大陸東方諸国が結成した『エルナダ連盟』の侵攻が始まって、ようやく自分らが薄氷はくひょうの上にいたと知れ渡ったが、当然ながら全ては手遅れ。


 革命軍の首魁しゅかいである、不敗の英雄コンラッド・ヴェンゼル。

 その軍師にして、兵站へいたんを支える大商人テオドール・ユンカー。

 古今無双ここんむそうの戦術の天才と、不世出ふせいしゅつの戦略の天才である二人に対し、我が軍はすべがなかった。

 更には、帝国の裏面を知り尽くした暗黒街の領袖りょうしゅうスタニスワフ・エリンが、革命を公然と支持する態度を示し、各地の混乱を助長する工作を繰り広げている。

 そして連盟もまた、多数の名将・勇将の率いる軍勢で帝国の防衛線を次々に突破。

 

 内と外の連携れんけいによる全面攻勢に対応できず、帝国軍は緒戦しょせんから敗退を重ねる。

 僅か半年で十二の都市、二十七の軍事拠点が失陥し、四個軍団が消失。

 数度の反攻作戦も全て失敗に終わり、開戦から二年が経とうとしている現在、敵の主力は帝都まで70キロの距離まで到達している。


「この調子では、もう三月みつきもせぬ間に……我らも帝国も、地上から消え失せておるな」

「そっ、そのようなことはたわぬれにもっ!」

「客観的な事実にもとづいての予測だ。では問うが、おぬしにこの窮地をくつがえす策が何ぞあるのか」

「それ、は……」


 無意味な感情論を口走る、片眼鏡モノクルを掛けた初老の将軍を黙らせる。

 会議では重鎮じゅうちんのように振る舞っているが、コイツからは常識論と感情論しか出してこないな。

 見た目だけは有能そうなのが、またたちが悪い。

 適当な理由をつけて処断しておくべきだったか――などと考えていると、二人の士官に肩を借りた疲労困憊こんぱいの伝令が現れた。



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新作の連載を開始しました! 自分で書きながら「恋愛とは」と言いたくなる感が否めない導入になっていますが、しばらくするとそれっぽい展開になる……ハズなので大丈夫です。たぶん。きっと。


※カクヨムコンにも応募しているので、応援よろしくお願いします!

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