第3話 衣装チェンジはマジックと同じだよ
☆ side 火野宮アリス ☆
某テレビ局の控え室。私、火野宮アリスは机の上に用意されていたクッキーを食べながらスマホを眺めていた。
「もう! 私の愛のあるメッセージに対して一言で終わらすなんて酷い!! 」
メッセージの相手は月乃森輝夜だ。超有名な実業家の月乃森家の娘だ。そして、私のもう一つの顔のお仕事としてのライバルでもある。
画面に向かって頬を膨らませていると、後ろにいたマネージャーが声を掛けてきた。
「アリスさん。 ちなみになんですが、輝夜さんに何とメッセージを送ったのですか?」
「えっとね、『我が愛しのライバル月乃森輝夜へ。今夜、例の案件を実行する為に例の場所で午後十九時に落ち合いましょう。仕事着着用ですからね』と送りました」
マネージャーに一字一句間違えずに送った内容を伝えると、目の前でため息をつかれた。
ちなみにマネージャーは私と月乃森が怪盗の仕事をしていることを知っている。というよりも、私のマネージャーは火野宮家の関係者だしね。一般人に任せたら怪盗の仕事ができなくなるということで、火野宮家の圧力によって実現した。
あと火野宮家の関係者は全員優秀だから。
「なんでため息をつくのよ! てか、内容を聞いてきたのはマネージャーの方なんだからね!!」
「それはそうなんですけど…失礼ながらアリスさん、私とても面倒くさい内容だと思いました」
「その発言はマネージャーとしてはかなり失格なのでは?」
「いいえ、担当アイドルが変な方向にいかない為に辛辣になるのもマネージャーとしての仕事です」
「それってさ、辛辣にされた分だけ私が捻くれる可能性も考えたのかな?」
「アリスさんなら大丈夫だと思います」
私への信頼が厚すぎるでしょ。でも、そこまで信頼してくれるからこそ、色々と無理難題をマネージャーに頼むことができるんだけどね。
「それで話を変えますけど例の案件とは尾田川咲夜のことであっていますか?」
「もちろんよ。 あの日、叔母様からの依頼を聞いてから今か今かと心待ちにしていたんだから。 それで尾田川咲夜のことは調べてくれたのよね?」
「もちろんです。完璧に調べることができました」
依頼を受けてから私はマネージャーに尾田川咲夜に関することを調べてもらっていた。月乃森にとっては彼は後輩だから色々と知っているかもしれないけど、私にとっては初対面だ。この段階でアドバンテージの差が大きすぎる。
という訳で調べてもらっていたのだけど、自信満々の顔を見るに余裕だったようだ。叔母様が認めるライバル関係の息子だと聞いていたから警戒していたけど、案外私でも調べられたかもしれない。
「それじゃあ、早速調査結果を見せてもらうわ」
「分かりました」
そう返事をすると、マネージャーから一枚の方を受け取った。
(調査結果がたったの一枚なの?! いつもなら三枚は確定であるのに)
そう思いつつ、私は紙に視線を向けた。
「……」
なるほど。確かに一枚で済む内容量だね。
マネージャーが調べ上げた内容は彼の生年月日と家族構成、好きなことや嫌いなことなど簡単なことばかりが書かれていた。
優秀なマネージャーが簡単に調べ上げてこれだけの報告書になると、彼にはほぼ何もないことになるのだけどーーー
「母親の仕事以外は気になることは何もありませんでしたよ。ほんと彼にはなにもありませんよ」
私の言いたいことが伝わったのか、質問する前にマネージャーから答えが返ってきた。
「そう、何もなかったのね」
そうなると調査報告を見てから作戦を考えようと思っていたけど無理そうね。尾田川咲夜に何かしらの弱点があれば、月乃森を出し抜いてお宝に一歩近づけると思ったんだけど。
まあ地道に誘惑やらして目指すしかないね。
何たって人気絶頂のアイドルからの誘惑なら、男ならイチコロで間違いないもんね。
「それで気になると言っていた両親の仕事だけど、これは叔母様から聞いた話と変わらないわよ?」
「そうでしたか。ですが、あまりにも“仕掛け屋“というのが珍しい職業だったもので気になってしまいました」
「確かに珍しい職業かもしれないわね」
そもそも“仕掛け屋“という職業はない。
これは尾田川咲夜の母親が色々な宝に仕掛けをして怪盗被害を無くしたことから付けられた異名らしい。だけど職業欄には“仕掛け屋“と書いても受理されるから信頼は厚いのだろう。
「でも、この仕掛け屋によって叔母様たちは何度もお宝を逃したと言っていたから侮れないわね」
「そうですね。 色々と気になることもありますし、指定されたお宝を盗む時は気を付けた方がいいかもしれませんね」
「だね」
どうして尾田川咲夜の恋人候補を作りたいとか、そのお宝を使って何が起こるのか気になることは沢山ある。もしかしたら、全て彼の母親の手のひらの上で踊らされているだけなのかもしれない。
だとしても、怖さや不安よりもやはり勝つのは興味本位。あの話を聞いた時も思ったけど、こんなに面白そうなことは怪盗生活を始めてからは一度もなかった。何が何でも成功してみせる!!ついでに恋人もできるなんて一石二鳥だしね!
「それじゃあ、さっさと仕事を終わらせて待ち合わせ場所へと向かいましょうか」
「それは遅刻への伏線ですか?」
「そんな訳ないでしょ!! アイドルに遅刻は厳禁なんだからね!!」
「冗談です」
「マネージャーが言うと冗談に聞こえないのよ!」
ハンガーラックに掛かっていた衣装の上着を羽織り、呼ばれたスタジオへと向かった。
◯
☆ side 月乃森輝夜 ☆
昼頃、火野宮から連絡を貰った私は約束通りメッセージに書かれた場所へと来ていた。
その内容は例の件、つまり尾田川咲夜の恋人候補と彼が持つお宝の解除だ。これは火野宮と共同作業みたいになっているけど、私たちにとってはどちらが先に尾田川くんと関係を進展させ、お宝に近づけるかの勝負にもなる。
「にしてもだ、火野宮遅すぎるだろ!!」
現在の時刻は午後十九時二十分。約束の時間から二十分は過ぎていた。
火野宮のことだから何かしらの事情があって遅れているだけだと思うのだけど、遅れるなら一言くらいメールをしてこいよ!!
(仕方がない…。ひとまず、授業の復習でもしながら気長に待つとしますか)
そんな感じでノートを見ながら復習をしていると、目の前に薄っすらと影が差し込んできた。
「月乃森輝夜、まずは遅れたことを詫びるわ」
視線を上げると火野宮が目の前にいて、そして堂々とした態度をしながら言われた。
(こいつ…詫びる気が一つもないだろ)
そんなことを思いつつ、私は見ていたノートを鞄にしまい、もう一度視線を火野宮へと戻した。
「それは人に謝るときの態度ではないですよね?」
「これが火野宮家の…いや私の謝罪の仕方になるのよ。それに遅刻は私のせいではないからね」
「どうゆうことかしら?」
「マネージャーが遅刻するような発言をしたら、それが伏線となって仕事の時間が伸びたのよ」
「伏線っていうよりも、普通にあなたが仕事で失敗しただけなのでは?」
「そ、そんなことはない!! 私は超絶完璧美少女アイドルなんですからね!!」
完璧人間はあまり主張しないと思うのだけど、火野宮が満足しているのなら黙っておこう。
「そう」
「その顔は何かな〜? 全く信用していないところか、少し馬鹿にしているように見えるんだけど」
「気の所為よ。 それよりも話を進めましょう」
時々、火野宮は勘が鋭くなるから怖い。
それでいくつかのお宝を盗まれているから、尚更彼女が憎たらしく感じる。
「そうですね。 まず尾田川咲夜の家に行くにあたりお土産が必要だと思います」
「確かに顔見知りだとしても家を訪ねるときは何かしらのお土産が必要になるわね」
「そこで指定されたお宝とは別に彼が興味持ちそうなお宝を盗み、それをお土産にしようと思います」
「でもお宝を盗むとなると二つのターゲットが必要になるわよ。私と貴方で」
「今回に限り、一つの宝で済ませましょう。これから増えていくとなると、彼にも迷惑になりますし」
「それじゃあ、今回に限り例の勝負の件は無しになるということでいいのかしら?」
例の勝負。それは私と火野宮でどちらが多くの指定されたお宝を盗めるかだ。簡単に言えば、一つの宝を先に取った方が勝ちーーー早い者勝ちだ。
それで勝者には尾田川くんとのデートをする権利が貰えるルールになっている。まあ私たちが勝手に決めたルールだから、当の本人である尾田川くんは何も知らないのだけどね。
火野宮は優しく微笑む。
「もちろん」
「それなら私としては別に構わないわよ。 それで予告状とかは出してあるのかしら?」
お宝を盗む以上、予告状は大事だ。
予告状なしで盗むなんて怪盗失格だし、そんなのはただの泥棒と変わらない。
「もちろん! 遅刻はしても怪盗としての心構えまでは腐っていないわよ!」
「はいはい。 何盗むのか知らないけど、時間が勿体ないから現地に向かいながら聞くわ」
「仕方がないですね」
私たちは制服から怪盗衣装に着替え、目的地の場所まで屋根を伝って向かった。
えっ、怪盗衣装をどう着替えたって?
そんなのマジックと一緒で制服を脱いだ瞬間に怪盗衣装に変わっているのよ。
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