第31話 演出

 セローの顔が紅潮してから青ざめるのをセドリックは始終見てしまった。


 ダンスの誘いは余程のことがないと断るのは失礼にあたる。

 まして、貴賓からの誘いを断るのは。


 彼女の頭の中では、断る理由が逡巡して何が一番適しているかを選別しているようだった。


「おい、こんな光栄なことはないぞ、レネ。お受けしろよ」


 木の枝にぶら下がる言い訳の果実をセローが選んでいるうちに、根こそぎもぎ取って木を切り倒したのは隣に立っているガランだった。


「で、でも私、ダンスなんて入庁した後の新人研修でしかしたことないし……」


「ご心配なく。次はゆったりした曲なので、音に合わせて足を動かせばいいだけですよ」


 それでも戸惑っているセローを、肘で突いて急かしたのはガランだった。


「曲が始まるぞ。しっかりな」



   ◇

 目の端には渋い顔をしている宿屋夫婦と、平静を装っている副町長を捉えた。


 そして、一緒に踊るように送り出したものの、セドリックの一挙手一投足をも見逃さないような鋭い眼光のガランも。


 意中の女性が他の男の腕の中にいるのは、どうあっても気に食わないのだろう。


 隣町とはいえ、宿屋夫婦と副町長に忠告をしたことで、彼女にも何らかの圧力がかかるかもしれない。


 セローは魔術師なので、物理的に何かがあっても対応はそれなりにできるかもしれないが、仕返しはそればかりとは限らない。


 だが、侯爵子息であるセドリックがダンスに誘い、面識ができたことを示現しておけばある程度の抑止にはなる。


 セローを守る布石となるので仕方なく送り出したが、やはり理性と感情は仲良くしてはくれないようだ。


 簡単に割り切れるものではない熱を持て余している。


 騎士団に所属しているということだが、脳筋だけの護国の騎士ではなさそうだ。


 一曲だけだ、すまないなガラン。


 そう思いつつ、辿々しいステップのセローに微笑みを向けると、眉を下げて笑みを返す彼女が可愛く思えてきた。



   ◇

 曲が終わると、兄の元には数人の淑女が群がった。


 次のダンスに自分の娘を売り込みたいのだ。


 平民の魔術師と踊ったのだから、次はこちらにもお近づきになるチャンスがあると算段しているのだろう。


 これ以上は差し控えたいセドリックを横目で見つつ、アデルは席を立った。

 楽団員も小さく頷く。


 タキシードの襟を正してから、フェルトゲンとフーケの元へと向かった。


「今夜は趣深い時間をありがとうございます。お二人には心からお礼を申し上げます」


 アデルが声を掛けると、二人は揃ってお辞儀をする。


 彼らは、アデルが楽団員に混じって演奏することを知らされていない。


 本来なら、主役に知られないまま演奏して終わる予定だったが、それでは済まされないくらいの事態になったので、種々変更イレギュラーで進行することになった。


 一応、平静を装っているが、先程まで侯爵令嬢だったのに今はタキシードでピアノ演奏までしているのだから、二人の内心の動揺は相当なものだろう。


「今宵の催しの演出サプライズだと思ってください」


 後でクルーガーが問い詰められるだろうが、彼だけの責任ではないことをアデルが言うことで明確にする。


 そして、フーケに手を差し出した。


「是非、一曲願えませんか?」


 その瞬間、歓声のようなどよめきのようなものがホールに満ちた。


 フーケが頬を赤らめながら手を載せ、アデルと共に踊りの輪の中へ入っていった。


 始まった曲はゆっくりとしたワルツだ。


「あの、ギレム様。演出ということですが、クルーガーさん達はこのことをご存知だったのでしょうか」


 最初のターンの時にフーケはそっと尋ねてきた。


 段取りを大事にするからこそ信頼を得ていたクルーガーが、主役に内緒で進行を変えるなどにわかには信じられないのだろう。


 真実を言えば突発的な変更だが、彼女達がそれを知る必要はない。


「もちろんです。そうでなければ、私はドレスは持っていてもタキシードは持っておりませんので」


 実は、実家には男装用の夜会服はあるが、この休暇では置いてきた。


 だが通常、貴族の令嬢はドレスは持っていても、タキシードは持っていない。


 男性並みの身長だが体格は細身なので、誂えなければ着られるものがなく、そのアデルの体型にぴったりと合ったこのタキシードは、クルーガーから演出の要請を受け、そのために事前に用意していた証明であると見せかけることはできる。


 内実は違うが。


「この演出はあまりお好きではありませんでしたか?」

「いいえ、ギレム様のピアノの演奏は素晴らしいですし、そのお姿もとてもよくお似合いです」


 いい思い出になりそうですと言ってにっこり笑ったので、アデルもつられて微笑んだ。


 どこからかまた甲高い歓声のようなものが湧いた。


 曲が終わりお辞儀をすると、ばたばたと足音を響かせて女性達がアデルの周りに群がった。


「素敵でした、ギレム様」

「次はわたしと……」

「あら貴女、直接お誘いするなんてはしたない」

「いいえ、次はわたくしの娘と……」

「まあ、お宅のお嬢さんはさっきも踊ったばかりでお疲れでしょう」


 セドリックの時より多い人数に囲まれて、アデルも押され気味になった。


「演奏に戻らなくてはなりませんので、申し訳ありません」


 最後のダンスまでどうぞお楽しみください、と言い残し一礼をしてピアノへ戻った。


 途中、宿屋夫婦と副町長と目が合ったが、苦み走ったその表情を見てちょっとだけ溜飲が下がった。

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