第30話 誘い
宴会部門のホテル職員が大皿に載せて運んできたのはデザートの盛り合わせだった。
「このシャルロット、美味い。いちごの酸味とチョコムースのバランスが絶妙だ」
「マルセルさん、ミルフィーユも美味しいですよ。層がぱりっぱり」
ダンスもせず、ひたすらケータリングに舌鼓を打っている二人。
声を掛けられて皿から顔を上げると、旧知の女性の柔らかい笑顔があった。
「今宵はご参加いただきありがとう、セローさん、ガランさん」
「こちらこそ、お招きありがとうございます、フーケさん」
この度はおめでとうございますと、二人は揃ってお祝いの言葉を述べた。
「楽しんでる?」
フーケが二人に問いかけると、二人は何度も頷いた。
「もちろんです。どのお料理も美味しくて。さすがですね」
「本当、参考になります」
楽しみ方が食い気に専科されているようだが、楽しみ方は人それぞれなのでフーケもにっこりと笑った。
「それでね、紹介したい方がいるの」
小柄なフーケの後ろからすっと現れたのは、貴賓と紹介されていた侯爵家の子息だった。
◇
二人はばね仕掛けの人形のようにびくんと背筋が伸びる。
「こちらはルヴロワの泉質管理事務所の魔術師レネ・セローさんと、魔獣対策の騎士のマルセル・ガランさんです、ギレム様」
フーケから紹介された二人は慌てて貴族に対するお辞儀をする。
「はじめまして、セロー嬢、ガラン殿」
セドリックはなるべく居丈高にならないように挨拶をした。
「ギレム様は今、別館にお泊りになっていて、セローさんのあの熊の防犯グッズに関心をお持ちになったそうです」
紹介の取っ掛かりとして、熊の防犯グッズを引き合いに出した。
セドリックは胸ポケットから熊のストラップを出し、今も持ち歩いていると感心の高さを示した。
「すみません、ちょっと拝見してもよろしいですか」
案の定セローが食いついたので、彼女に差し出した。
スパの魔術師と同じように、足の裏の製品番号を確認してから全体を眺め回す。
フーケが他の客に声を掛けられて、断りを入れてその場を後にした。紹介は済んでいるし、今夜の主人公は忙しいのでここにずっと引き留めておくこともできないので、セドリックは礼を言って彼女を送り出した。
「これは、魔術庁で製造しているパイロット版です。でも、私が設計したのと違う。あ、手足が動く」
熊の肩と股関節は縫い付けられて固定されているのではなく、前後にぐるりと三百六十度回転するようになっている。
「
しかもツキノワグマで手が込んでいる、とセローはぶつぶつとためつすがめつしながら独り言のように言う。
「お、おい、レネ」
ガランに嗜められてセローははっと顔を上げた。
「し、失礼しました。私の作図したものよりバージョンアップしているので、つい……」
社交をしなくてはならないのに、自分のことばかり話しているのを恥じ入るようにおすおずと熊を返した。
「魔術庁には手芸部という部署があるのですか?」
「あ、いいえ、クラブ活動です。同好の者が寄り集まって、主に時間外に活動しています」
製品化する前に魔術庁での承認申請があり、製造面での工程などを精査するために専門部署に依頼するようになる。
だが、防犯グッズというカテゴリーから、広範の人が持つようになるので、子供や女性にも受け入れられやすいように『可愛く』なくてはならないのが条件だった。
「魔術庁の第二部が担っているのですが、いまいち可愛くない……いえ、裁縫は得手不得手がありますので、その、ばらつきがあったんです」
だが、第二部にはセローの同期の魔術師がいて、手芸部に委託してみてはとの助言があったのだ。
「部活動なので、作製は業務時間外にはなるのですが、商品化の承認が下りたら残業代として請求することができるみたいです。
「スポンサー?」
セローはついと視線を流し、赤毛のフーケの横にいる婚約者を見た。
「フェルトゲンさんです。彼は商品化に大変興味を持ってくださって、魔術庁の方にも色々根回ししてくれているので私も助かってます」
魔術師であるセローに不得意な、営業の側面をフェルトゲンが代行しているらしい。
スポンサーがいるので活動資金が潤沢。
材料である布や糸は生地屋の婚約者の助力もあり融通が利くとのこと。
「私も手間が少ない分、気が楽です。手芸部員は趣味が充実しているので、通常業務も捗ると言っていました」
これで実益が伴えば、更なるモチベーション向上につながるだろう。
商品化となると通常なら生産管理や労務管理で関係者はきりきりしていそうなものだが、話を聞く限りでもセローを見ている限りでも、呑気でどこか楽しそうだ。
その時、曲が終わり、また次の曲が始まるまでパートナー探しの時間になる。
セドリックはセローに手を差し出した。
「一曲、お相手願えますか、セロー嬢」
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