第27話 魔術師と騎士
「噂には聞いていたが、随分大きな令嬢だな」
「あれじゃ、誰からも誘われないだろう」
そう言ったのは、古くからティユーで宿屋を営んでいる男性とティユーの副町長だった。
F&Aホテルができてから客足が遠のき、また副町長は町長の推し進める開発計画に難色を示している人物だと聞いたことがある。
アデル・ド・ギレムに対する揶揄には、多分にF&Aホテルの足を引っ張ろうとしている意図が含まれている。
壁際に立って見渡しているスターレンスにはそういう彼らと、何でもない振りをしているが彼らの言葉がしっかりと届いているアデルが同時に視界に入っている。
社長も取り繕ってはいるようだ。
隣で踊るセドリック・ド・ギレムも顔色が芳しくない。
社長には独自の貴族とのパイプがあるとはいえ、自身の婚約披露会で貴賓の心証を悪くしたら、それすらも危うくなってしまう可能性がある。
これ以上何か不敬なことを口にするなら彼らには退場してもらうしかないだろう、とスターレンスは照準を合わせた。
一曲目が終わり、二曲目は義兄と踊り始める。
やはり義兄とも身長差があり、彼らもそれを話の種にしようとニヤついている。
「あのう」
だが、そこに騎士団の礼服を着ている大柄な男が割り込んできた。
出席者の顔と身分は頭に叩き込んであるので、男がルヴロワの泉質管理事務所に勤めている魔獣対策の騎士だとすぐにわかった。
「俺も騎士団の端くれにいるから知ってるけど、あの人、ただ兵役をこなしただけの貴族じゃないっすよ。煩雑な事務作業を効率化して国内全箇所にそのシステムを導入した立役者です。筋肉にばっかり血流がいっている連中が頭を抱えていた書類仕事を簡略化して、手間を最小限にできるようにしてくれた優秀な人物です」
ただの貴族というだけではなく実績のある有能な人であると、頭一つ分高い所から忠告する。
「あのう」
そして、その背後から礼装用の魔術師のローブを纏った小柄な女性が顔を出した。
彼女はルヴロワの泉質管理事務所に勤務する魔術師で、防犯グッズの立案者だ。
最初の熊の防犯グッズを製作した時に、社長の婚約者であるフーケの店の布地を使った関係もあり、私的な付き合いもあるので今夜の会に招待した人物だ。
「私、ここに来る前に王都の魔術庁に勤めていたんですけど、あの方、有名人ですよ。仕事以外脇目をふる余裕のない
官庁はどんな職場環境なのかと、耳を傾けていて思わず身震いをしてしまった。
「非公式ですが、あの方には後援会もいると聞いてます。あの方の悪口を言った男性が片思いしている女性にこっぴどくふられたとか、職員食堂で定食の海老フライを減らされたとか。その裏では後援会が暗躍しているのではと噂されてます。ちなみに、魔術庁では後援会ではなく『タニマチ』て呼ばれてました」
なので、お気をつけになった方がいいですよ、と言い置いて二人はホール隅にあるケータリングに向かった。
宿屋夫婦と副町長はさすがに顔色が失せているのを見ると、ちょっとだけ胸がすっとした。
二曲目が終わり、次の楽曲までは少し時間が空き、それぞれ思うまま歓談や飲食などをする。
中央から人混みに紛れてアデル・ド・ギレムが来た。
多くの視線をその背後に引き連れているとは気づいていないだろう。
スターレンスはさり気なくエスコートをしてホールを後にした。
これから演奏者になるために足早に、三階のスイートルームへ向かい着替えをする。
身分の高い女性を一人にする訳にはいかないので、スターレンスがエスコートを担っている。
「あの、アデル様」
早足で進みながら呼びかけたはいいが、次の言葉を口にするのには少しばかり躊躇いがあった。
「申し訳ありません。せっかくご参加いただいたのに、一部の者のふ、不快な……」
「色々言われるのは慣れています」
スターレンスの続きを遮るようにアデルが言葉を被せた。
容姿のことで言われることはこれが初めてではないとはいえ、慣れているかもしれないが、それで傷つかないということではない。
階段の踊り場に差し掛かった所で、スターレンスは立ち止まった。
「あの人達は商売の関係上仕方なく招待はしましたが、私共をよく思っていないいわゆる商売敵です」
非のないアデルを揶揄い貶めて、こちらの立場を危うくしている。
対立する中の格好の餌食にされてしまったのだとスターレンスは説明して詫び、頭を下げた。
「顔を上げてください、スターレンスさん」
低頭から体を起こしてアデルを見ると、サファイアのような冴えた瞳に見つめられた。
「あなた方の事情もおありでしょうが、私もつけ込まれる要素を持っているのですから仕方ありません」
いいえ、とスターレンスは即座に否定した。
「アデル様はとても綺麗です。今日、踊ることができないのは本当に残念です」
これは紛れもない真実だ。
だから、きちんと伝えなくてはならない。
アデル・ド・ギレムはあの場にいた誰よりも綺麗だった。
たとえそれが自分の中だけの価値観であったとしても、自分だけの真実だから。
勢いで言いきったが、途端に顔に血が上る。
「ありがとうございます。そんなことを言ってくれる人はあまりおりませんので、とても嬉しいです」
頬を上気させたアデルの少し恥じらいの滲む微笑みは、スターレンスの心臓のど真ん中を撃ち抜いた。
「ですが」
微笑みは瞬時に消え、碧眼は宝石のように冷たい光を帯びた。
「そういうことでしたら、遠慮する必要はないですね」
口の端は優美に上がるが、目は笑っていない。
時間がないので先を急ぎましょうと右手を差し出され、嫌な予感がしても淑女の願いを断る訳にはいかないのでその手を取り、階段を再び登り始めた。
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