第23話 衣装合わせ
クルーガー夫妻を先導にして、案内された先はスイートルームの一室だった。
入るとすぐにリビングがあり、その先に左右に個室が二つある。いずれもドアは開け放たれていた。
「こんにちは、ギレム様。本日は衣装合わせのためにご足労いただきありがとうございます」
リビングではモロー夫人が出迎えてくれた。
クルーガーはお茶でまず一息ついてからと勧めてきたが、モロー夫人からさっさと衣装合わせを開始したいという圧力を微妙に感じたので、彼女の内心を汲んだ……というより、圧力に押されて断った。
さっさと始めましょうと、追い立てられるようにセドリックは右の部屋に、アデルは左の部屋に通された。
個室にはトルソーにドレスがかけられて、アデルが入室したので中にいる三人の女性は手を止めてお辞儀をした。
「こんにちは、皆さん。今日はよろしくお願いします」
それぞれ、針子、髪結、化粧担当だとアデルに紹介した。
モロー夫人は紹介が終わると、隣室のセドリックの様子を見に部屋を出た。
補正と言っても、アデルの場合はデコルテをマシマシにするくらいだ。規則正しい生活を強いられていたお陰で体型の著しい変化はなかったためこれ以上直すところはなかった。
後はドレスに合わせた髪型と化粧の打ち合わせだ。
髪型については、肩にも届かない長さで尚且つ珍しい髪色なので、どうにも工夫のしようがない。
アデルは最悪の場合かつらでもいいと覚悟をしていたが、ブリュールから似たような髪色のつけ毛を用意したようで、地毛に結びつけてある程度ボリュームを出して生花の髪飾りを付けるようにする。
化粧は肌の色などを確認して、それに合う口紅や頬紅を何度か試しにのせる。
全体のバランスを見るために何度も近づいたり遠ざかったりして慎重に選んでくれた。
着付けから始まって一時間近く、簡略的ではあるがこんな感じになると全身鏡を持ってきて見せてくれた。
「お綺麗です」
針子が言うと、二人も揃って頷く。
お世辞だとわかってはいるが、姿見に映ったのを見ると言われてることもお世辞ばかりでもないのでは、とアデルも自惚れる。
職人達の技術力のお陰で、普段は男性に間違われる男顔も今は立派な淑女に成りおおせている。
その時、ノックがあった。
「モローでございます。開けてもよろしいでしょうか」
入室の許可をすると、モロー夫人は入口でしばし立ち止まり、そして近寄って正面、側面、背面からアデルを見回す。
「バッスルの部分にもう少しボリュームを出しましょう。サテンのリボンがあったのでそれを付け足します。髪飾りはこの色ではなく、ベージュのものにしてください。チークはもう少し薄めに。その代わりに口紅を濃くしてください」
針子と髪結は部屋を出て行き、化粧担当はチークを拭ってバスケットのような化粧箱から色を選び始める。
店から戻ってきた針子はサテンのリボンを器用に結び、腰から裾に流れるように付けて増量する。
髪結は花屋からバラとラナンキュラスを取り寄せてきた。
交互に髪に挿し、ラナンキュラスの方がいいとモロー夫人が断言した。
再度、全方向チェックして頷くと、針子達の肩から強張りが抜け顔が緩む。
「いかがでございますか?」
全身鏡に映すと、先程よりもわずかに若々しく見える。
ほんの少しの違いなのだが、シルエット、顔の映え、髪の色との相性で印象が変わるのは驚いた。
その差異を良い方向に修正できる審美眼を持っているモロー夫人は、やはり一角ならぬ人物なのだろう。
「おお、『美しい羽は美しい鳥を作る』だな。遠い極東の島国では『馬子にも衣装』というらしいぞ」
どこでそんな言葉を覚えてきたのか、あまりいい意味ではない諺を言ったのは、入口にいるセドリックだった。
まだ襟や袖にまち針のついている燕尾服を着ている。
「『立派な服が人を作る』。お兄様こそ」
セドリックは片眉を上げ、アデルは腕組みをして顎を上げた。
「まあまあ、お二方とも。とてもよくお似合いでございますよ。それはこのモローが保証申し上げます」
服に皺をつけてほしくない夫人によって、皮肉の言い合いに終止符が打たれた。
これ以上言うと夫人のセンスにも疑問を呈しているようになってしまうため、兄妹は口をつぐんだ。
二人並ぶと、アデルはわずかに兄より背が高くなるが、気になる程でもない。
「完璧でございます。恐らく、当日は一番の紳士淑女でございます」
モロー夫人の審美眼に適い、針子達も何度も頷く。
「皆さん、本当にありがとう。お菓子がありますので、後で手が空いた時に食べてください」
手製のシリアルバーだと告げると針子達は顔が綻び、揃ってお礼を言った。
☆
今日はこれまでということで、セドリックも元の部屋に戻って着替えをした。
アデルの着替えはもう少し時間が掛かるだろうから、せっかく時間があるし、本館内を散策したみようかと思い立った時だった。
「お疲れ様でございました、ギレム様」
頃合いを見計らってか、クルーガー夫人が部屋を訪れて労いをかけてくれた。
「アデル様のお支度が済むまで、よろしければ館内をご案内申し上げます」
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