第22話 陣中見舞い
起床後には、まずうがいをして軽く歯を磨く。
それから湯を沸かし、白湯かまたはレモンを絞って冷ましたお湯の中に搾り汁を入れてゆっくり飲む。
朝食(またはブランチ)を食べ終わったら、歯磨き粉をつけて歯を磨く。
運動は別館の丘を二往復程度。
(アデルは長袖で手袋とつばの広い帽子を着用)
運動中も水分補給をこまめにする。
小腹が空いたらオートミールまたはドライフルーツなどを食べる。
夜は別館調理部門に依頼するか、自作の場合はメニューを料理長に相談する。
風呂は毎日必ず湯船に浸かる。
(美肌の湯に入ることを推奨)
寝る前に化粧水と乳液をつける。
(セドリックも)
睡眠は八時間。
渡された行動指標にはもっと細かく書かれているが、大まかにこんな生活をアデルとセドリックは送っている。
息が詰まるかといえば、食事の制限以外ではあまりなく、規則正しい生活をしているせいかお肌の調子も良くなっているのを実感している。
夜会が終わっても続けてみようかなどと、昨夜も兄妹で話し合っていた。
夜会を三日後に控えた今日は最終調整があり、午後から本館へ向かう。
その前に、兄妹はキッチンに立っていた。
セドリックはアーモンド、カシューナッツ、くるみを乾煎りして、アデルはテーブルでドライフルーツ(レーズン、アプリコット、いちじく)を包丁でみじん切りにしている。
乾煎りしたナッツ類をサラシの上にあけ、四隅を折り畳んでから麺棒で叩き、細かく砕く。
ボウルにナッツ類とドライフルーツを入れて、オートミールを加えて混ぜ合わせる。
それから、しっとりするくらいまで蜂蜜を加えて混ぜる。
四角い型にバターを塗りボウルの中身を流し込み、上からぎゅうぎゅうと押さえつけてからかまどへ入れる。
五分から七分くらいしたら取り上げて、粗熱を取り、包丁で短冊切りにする。
それを一つ一つ食品用の紙に巻いて端を捻る。
シリアルバーの完成だ。
使った調理道具を洗って片付けていると、ソフィーが馬車の用意ができたと呼びに来た。
シリアルバーを小さなバスケットに詰め、ソフィーに預けて一緒に持って出る。
「こんにちは、アデル様、セドリック様。今日は私も本館まで同行いたしますのでよろしくお願いします」
事務棟でスターレンスが待っていて、挨拶してきた。
馬車はもう玄関前に用意されており、アデル、セドリック、最後にスターレンスが向かいの席に乗り込んだ。
ソフィーが持っているバスケットを渡し、ドアが閉じられて馬車は出発した。
「それは?」
アデルの膝の上に乗せているバスケットを見てスターレンスが尋ねてきた。
「シリアルバーです。モロー商会の皆さんに食べていただきたいと思って」
スターレンスから時々もれ聞く話では、毎日針子達が総動員で補正に掛かっていて、夜も遅くまでランプがついて作業をしているらしい。
仕事とはいえ、無理をさせているのでお詫びを兼ねた陣中見舞いだ。
「皆さん喜ぶと思います」
羨ましいなあとスターレンスは頬を緩めながら呟いた。
使った食材や調理方法など話していると、あっという間にティユーの大通り沿いにある本館の前に着いた。
馬車寄せの前でアデルとセドリックは降ろされ、ページボーイに二人の名前を告げるとスターレンスはそのまま乗った。
ホテルの制服を着ているので、正面玄関からではなく、裏口の従業員用の出入口から入るとのことだった。
どうせ後で会うのだから一緒に降りてもいいではないかと思うのだが、本館にいるドアマンや案内のサービスはお客様に向けられているものなので従業員がそれに乗っかることはできないという。
厳格な線引きがあるからこそ、顧客サービスが際立つ。
職業意識の片鱗を垣間見た気がした。
本館のエントランスは別館に比べて倍くらい大きい。
入ってすぐに、酒でも熟成できそうな大きな甕に生花が完璧なバランスで活けてあり、高い天井には大振りのシャンデリアがある。
毛足の長い絨毯は足音を吸収し、忙しないエントランスの騒音を軽減させている。
ラウンジでは数人の客が談笑しており、そのざわめきは吹き抜けを通り抜けていく。
その中から一組の男女が席を立ち、こちらへ向かってきた。
「本日はF&Aホテル・リゾート・ティユー本館へご足労いただきありがとうございます」
そう言って貴族に対するお辞儀をしたのは、先日会ったクルーガーだ。
「こんにちは、クルーガー殿。先日は世話になりました」
セドリックが声を掛けるとクルーガー達は顔を上げた。
お辞儀をしても髪一本乱れないクルーガーの横には、ミルクチョコレートのような髪と目の色の小柄な色白の女性が微笑んでいる。
「ご紹介申し上げます。こちらは妻のユリアです」
略式のお辞儀をしたので、アデル達もはじめましてと声を掛けた。
「クルーガーの妻で、別館総支配人のエリック・スターレンスの姉でございます。弟がいつもお世話になっております」
自己申告しなくても彼女がスターレンスの姉だとは見ただけでわかった。
柔らかく微笑むその顔は、弟のそれとよく似ていた。
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