第17話 招待状

 事案の確認と防犯ストラップの登録で終わりかと思ったが、本館と別館の総支配人達は席を立つ様子はなかった。


「実は、もう一つお願いがございます、ギレム様」

 姓で呼びかけるからにはアデルとセドリック両方にお願いがあるようだった。


 クルーガーの言葉を待っていると、スターレンスが立ち上がり、リビングの扉の向こうに控えているページボーイから白い封筒を受け取った。


 封筒は二通あり、アデルとセドリックの前のテーブルに置く。


「十日後に本館で、弊社社長のフェルトゲンの婚約披露の夜会が催されます。もしよろしければ、ギレム様にもご出席いただけたらと思いまして、招待状をご用意申し上げました」


 本当の婚約披露パーティーは来月、王都ブリュールの本店で開催されるのだが、その前に婚約者の地元でも小規模な夜会を執り行うことにした。


 平民で、こういうことに慣れていない婚約者を慮って本番前の予備演習も兼ねているとクルーガーは打ち明けた。


「本店での時は富裕層や名士、貴族階級にいる方もご列席予定です。婚約者本人も商人で短い対応はしたことがあるようですが、それだけで如才なく立ち振る舞えるものでもありません。本番前の予備演習も兼ねております」


 アデルの脳裏には数日前に挨拶だけ交わした、赤毛のおとなしそうな女性の顔が浮かんだ。


 F&Aホテルといえば、バルギアム国のみならず、周辺諸国の首都にも支店を展開している新興のホテル会社だ。


 ここティユーをはじめ、リゾート地の開発にも力を入れて街づくりだけではなく街道整備までも携わっていると聞いたことがある。


 辣腕を振るう実業家の婚約者として、足並み揃えるために彼女はこれから同じ速度で歩んでゆかなくてはならないのだ。


 その最初の一歩なのだろう。


 本番前の、彼女がこれから大きく踏み出すための軸足の調整なのだ。


「まあ、俺達でできることなら協力したいけど……」


 セドリックも胸を貸す気でいるのなら、とアデルも気持ちは同じなので頷いた。


「でも俺、夜会用の服なんて持ってきてない」


 兄の荷物は帆布の大袋だけだった。あの薄汚れた袋の中に夜会服が入っているはずもない。

 入っていたら逆に驚く。


「失礼でなければ、提携している貸衣装屋がございます。おいといでしたら、従業員をサンゼイユ領まで遣わせます」


 南東部のティユーから南西部のサンゼイユ領まで、馬車で往復でも三日くらいだ。

 当日までには充分間に合う。


「手間だよ。貸衣装があるならそれで俺はいいよ。でも、こいつはそういう訳にはいかないからなあ」


 セドリックは隣に座る妹を懸念した。


 男性の夜会服はある程度の定型に則っていればなんとかなる。


 だが女性の場合、ドレスは個人の体型に合わせて作るものであり、合えば借り物で済ませることもできなくはないが、それでは貴族の令嬢としての体裁に関わる。


「クローゼットには一応女性の時の服もあります。持って帰るように言いつけたのですが、ファニーはわざと置いていきました。ドレスもあります」


 実家のメイドのファニーをサンゼイユに帰す時に着ないものも一緒に持って行くように頼んだのだが、何があるかわからないので念のためにクローゼットに残しておくと固辞されたのだ。


 それがまさか役に立つ時が本当に来るとは。


 次回会った時に、勝ち誇るメイドの顔が目に浮かぶ。


「お前なら燕尾服でもいいんじゃないか? 似合うと思うぞ」


 揶揄い半分に言っているのだろうが、アデルは真顔で言い返した。


「ええ。似合う自信はあります。私はそれでも構いませんよ。ハイヒールを履くと、恐らくほとんどの男性を見下ろしてしまいますから」


 普段の男装時にはブーツを履いているのでセドリックの方がわずかに背が高いが、ハイヒールを履けば逆転する。


 社交界デビューの時もそうだったことを思い出した。


 高身長を理由にエスコート役がなかなか見つからなかった。


 アデルに見合いそうな上背の青年は早々に相手が決まっている(女性側も華奢に見せたいので倍率が高い)し、ハイヒールを履いて自分より背の低くなる青年は向こうが敬遠してきた。


 どうにもならなくて結局セドリックに頼んだのだが、あの時も噂をされたり、後で話題にされたりした。


「貸衣装屋を手配しますので、詳しくはその者達にご相談ください。一両日中にこちらに伺うことになると思います」


 ご都合のよい日にちがあればお教えくださいというので、特にこれといった用事はないので、そちらの都合に合わせますと答えた。


 アデルも髪型や化粧などもあるので併せてお願いすることにした。


「出席者はほとんどが地元の名士や仕事の関係者、または友人です。現段階の名簿では序列の一番はギレム様です。お顔見せだけでも光栄でございます」


 会に箔を付けるための名前貸し要員であるので、長居はしなくても咎める者はいないということだ。


 そうであるなら、長らく社交界と遠ざかっていたセドリックやドレスを着ての参加は久し振りのアデルも肩肘を張らなくて済む。


「何かご入用の時には遠慮なくお申し付けください。できる限りの対応を致したく思います」


 二人の総支配人はそう言ってからお辞儀をしてコテージを後にした。

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