第16話 到着

 帰りも再び乗合馬車に乗ってティユーへと戻った。


 両手に荷物を抱え丘を登り、別館にたどり着いた時はさすがにアデルもセドリックも疲労を隠せず、フロントで鍵をもらってから荷物はページボーイに頼んだ。


 ソフィーの先導でコテージに着いてすぐ、リビングのソファに座り込んだ。


「お疲れ様でございます。お飲み物はいかがいたしましょうか」

「氷冷庫に炭酸水が入っているので、それをお願いします」

 汗もかいたし喉が渇いているので、冷えたものが飲みたかった。


「一息ついたら一風呂浴びたいな」

「いつでもどうぞ。好きな時に入れるのが温泉のいいところです」


 ソフィーが持ってきた炭酸水を二人とも一気飲みして、同じタイミングで息をついた。


「恐れ入ります、後程総支配人がこちらにお伺いするかと思います」

 一息ついたところでソフィーが申し伝える。

「警察が身辺調査に来ました。お二人がこちらに泊まっているか確かめるために」


「お、早いねえ。南東部の官憲は真面目だね」


 ルヴロワの件で、身元の不確かな関係者の身辺調査や行動調査をするのは捜査の初動だろう。


 旅行者で宿泊先が判明しているなら、ホテルに滞在しているか確認するのももっともだった。


「まず本館にも問い合わせがいったようで、もしかしたら本館の総支配人も同席するかもしれません」


 言い終わった途端にソフィーがいつもより口を固く結んだ。


「何、怖い人?」


 思っていることが顔に出てしまったことに気づいてソフィーは慌てて取り繕ったが、セドリックとアデルも見逃しはしなかった。


「今、別館に来ています。とても有能な人です。でも、私はちょっと苦手で……。きちっとしてるというか、しすぎてるっていうか。スターレンスさんが優しいからかもしれませんが、本館と別館は雰囲気が全然違います。あ、内緒にしてくださいね」


 可愛く口元に人差し指をつけたので、アデルとセドリックは微笑ましく口外しないと誓約した。


 噂をすれば影とよく言うが、よく響くドアノッカーの音が聞こえてきた。


 肩をびくりと振るわせ顔を引き締めてからソフィーは対応に向かい、戻ってきた時には少し前と同じ口元をしていた。


「総支配人のスターレンスと本館総支配人のクルーガーが、セドリック様とアデル様にお目通りを申し出ております」


 アデルとセドリックは顔を見合わせたが、わざわざ出向いてくれているのだから余程の理由がない限り断れない。


 そして、その理由は今のところない。


「いいよ。いずれは説明しなくちゃなんないからね」

 兄がそういうなら、とアデルも頷いた。



 リビングのソファの向かいに座るのはスターレンスと、F&Aホテル・リゾート・ティユー本館の総支配人クルーガーだ。


 スターレンスが大柄なので横にいるクルーガーは小ぢんまりしているように見えるが、少なくともアデルよりは背が高いことは、挨拶の時にわかった。


「お疲れのところ申し訳ありません。この度のルヴロワでの事について、警察とスパの魔術師から連絡がありました。私共と致しましても本部に報告を上げなくてはなりませんので、当事者であるお二人に事情をお伺いしたく参りました」


 やや早口で流れるように述べたクルーガーは、時間を割いていただきありがとうございますと頭を下げた。


 質問は主にクルーガーがして、隣に座るスターレンスはメモを取る。


 答える方も、ほぼセドリックが担当してくれたので、アデルは状況に応じて返事をしたり頷いたりするだけだった。


 ソフィーが有能だと言っていたのがわかるような気がする。


 質問は要点をだけを述べ、こちらに答えさせるようにして、後は相槌を打つだけにしている。


 起こったことだけではなく、こちらの陳述も芋づる式に引き出しているのだ。


 本館の総支配人を勤めているだけあってしっかりしているというか、無駄を最小限にしようと効率的にしている感がある。


 だが、とアデルはソフィーが言った言葉が過ぎった。


 きちんとし過ぎているというのは、言い得て妙だ。


 亜麻色の髪は一筋の乱れもなく撫でつけられており、服の皺もない。

 来てからほとんど表情が変わらず、いつ瞬きをしているのかもよくわからない。


 隙が無さすぎて何となく近寄りがたい雰囲気がある。


「お二方に怪我がなかったのは幸いでございます。ただやはり何かあってからでは遅いので、こちらをお持ちいただければ」


 クルーガーがスターレンスに目配せをすると、上着のポケットから見たことのある紙袋を出して渡してきた。


 セドリックが受け取って中身を出すと、大きさは同じだが、体は黒、首元に三日月を横にしたような白の差しが入り、肉球はベージュ色の布を使った熊のストラップだった。


「お、これ、ちょうど欲しかったんだよ」

「ツキノワグマバージョンです」

 答えたのはスターレンスだった。


「へえー、いろんなのがあるんだ」

「ちなみに、アデル様がお持ちのものはヒグマです」


 そうなんだ、とアデルも内ポケットから出して見てみる。確かに茶色でヒグマといえばヒグマだ。可愛いけど。


 製造番号だけで区別をつけることはできるが、似たような色形だと他の人の指紋を登録したものを持っていってしまうことがあるかもしれないため、見て自分の物だとわかるように色や形も少しづつ変えているとのことだった。


 セドリックの指紋登録を済ませると、製造番号を書き込んでスターレンスはノートを閉じた。

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