第5話 ランチ

 レモンの皮を剥き終え、苦味の元になるので表皮の裏の白いワタは削ぐ。


 その後、表皮を千切りにして水を沸かした鍋に入れて二〜三分茹でてから笊に揚げる。


 五個あるうちの三個は白い部分を薄皮を削ぎ、薄皮に沿って包丁を入れて果肉を一房ずつ取り出し、残りの二個は横半分に切って搾り機で果汁を搾る。


 硬い表皮はすでにないので、搾りの工程もすんなりと終えた。


「これ、まだ搾れますよ」


 果肉を取り出す作業を難なく済ませたスターレンスは、アデルの脇で見ていて口を出す。


 そんなことはないだろうと思っていたが、スターレンスが代わるとじゅわりと染み出しもう一搾りできた。


 レモンジャム製作に興味を引かれた彼は、今はアデルと同じ調理コートを着用して作業を分担している。


 是非とも手伝いたいというので分担してもらっているが、総支配人としての仕事はいいのだろうか。


 それとも、これも営業・接待のうちなのだろうか。


 商売人というものはかくも臨機応変の即応力が求められる過酷な職業なのだな、とアデルは感心した。


 だが、手際良く作業してくれて助かってもいるし、彼も楽しそうだった。


 だから、水を差すようなことは言わないでいる。


「えっと次は、『種を布に入れて縛る』か」


 スターレンスはレシピを確認して、棚の引出しから清潔な晒し布を出してきた。


 果肉を削いだ薄皮と種は一緒に煮込むので鍋に移した時、昼食の用意ができたとソフィーが呼びに来た。


 煮込み始めると目が離せないので、ちょうど頃合いだ。

 調理コートを脱いで作業を中断し、ソフィーの案内でキッチンを出た。


 なぜかスターレンスと昼食を共にすることになっているが、手伝ってもらっているので仕方ない。


「今日はお天気も良いので、ティールームにご用意しました」


 昼時の白みを帯びた日差しの降り注ぐティールームには、先程よりは少し大きめのテーブルが置かれ、コックコートを着た男性が立っている。


「彼は別館調理部門の部長兼料理長のレーケンスです」


 スターレンスの紹介を受けて挨拶をした。


「この度は初にお目にかかります。ギレム様のご所望は軽食と聞いております」


 料理長は本日のサンドイッチの中身の説明を始めた。


 卵やハムに加えて、トラウトサーモンの身をほぐしてマヨネーズで和えたものやデザート感覚の生クリームといちごを挟んだものもあるという。


 聞いているだけで口の中に唾が湧いてくる。


「スナップエンドウのポタージュはわたくし共からの心尽しです。お口に合えば光栄です」


 一通りの挨拶と説明が終わると料理長はお辞儀をして退室した。


 給仕が配膳してきたのは、鮮やかな緑色のポタージュだった。


 白い生クリームと真ん中にあるクランベリーの実の赤が色を添える。


 一口含むだけで、スナップエンドウの香りがして青さが鼻に抜ける。ざらざらするかと思ったが口当たりは滑らかで、すっと口の中に消えるのだが、風味はしばらく残っている。


 生クリームの部分はより舌触りがなめらかでまろやかになり、クランベリーの酸味は口直しになる。


「美味しいですね」

「ありがとうございます。調理部門に伝えます」


 スターレンスとほぼ同時にスープを飲み終えると、サンドイッチが供される。


 大きさも一口で食べられるようになっており、カトラリーはあるがアデルは手でいただいた。


 軽食といって注文したのに、具の調味料の配合や具材やパンの切り方まで工夫されている。


「かえって手間をかけてしまったのかもしれませんね」


 ランチなのに料理長まで出向いてもらったこともあるしと、ぽつりと言うと、向かいに座るスターレンスは即座に否定した。


「いいえ。きっと調理部門は嬉しかったのだと思います」


 スターレンスが控えている給仕の女性を見ると、二人とも揃って頷いた。


「調理担当は、ギレム様が調理道具を大切に思ってくださっていると感激しておりました」

「料理長も礼をしたいのでご挨拶申し上げたのでございます」


 せっかくの好意を断ったと気を悪くしてはいないかと心配していたが、逆に受け止められていたようだ。


 アデルもほっとしたこともあり、口元が上がる。


「お気遣いありがとうございます。いただいた昼食はどれも美味しかったとお伝えください」


 二人は頬を染め、同時にお辞儀をした。



   ♢

 食後のお茶を飲み終えたギレム様と総支配人は中断しているレモンジャム作りをするためにキッチンへと行った。


「それにしても、噂通りに麗しい方ね」

 給仕係の女性が皿を片付けながら言うと、もう一人も頷いた。


「お優しいし、礼儀正しいし、まさに理想の貴族様って感じ。部屋付きのあんたが羨ましいわよ」


 給仕の後片付けの手伝いをしていたソフィーに嫉妬の眼差しが向けられる。


「えへへ、いいでしょ。専属のメイドをご実家に帰したから身の回りのことをやらされるのかと思ったけど、ほとんどご自身でしてるのよ。毎回ちゃんと挨拶もしてくださるし、わたしのことも気遣ってくれるし」


「あら、自分一人だけいい思いして」

「憎たらしいわねえ」

 惚気るソフィーに、給仕係の二人が冷ややかに見る。


「でも、そもそもなんだけど、何で侯爵令嬢ともあろう方が男の格好してるの? お支度は楽そうだけど」

「それに、言っちゃあなんだけど、妙齢じゃない、ギレム様。ご婚約とかご結婚とかしてるのかしら」


「それがね……」

 ソフィーはほうれい線に手を当てて噂話をする前傾姿勢となり、二人は引き寄せられるように耳を寄せた。

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