14歳ーリリエット警護任務編 第17話 警護任務の始まり
俺たちはメイドのエリーゼの案内に従い、応接室へと入る。
そこは、とても豪奢な一室となっていた。
天井には無数の宝石が散りばめられたシャンデリアが吊るされており、部屋の端には高価そうな壺や金で造られた甲冑の類が飾ってあった。
烏の爪の配下たちは、その光景にほぉうっと感嘆の息を溢す。
「どうぞ、こちらのソファーにお掛けください」
エリーゼにそう声を掛けられた俺は、彼らを引き連れて、中央にある大きなソファーに腰掛けた。
ソファーは三人掛けだったため、仲間たちはジャンケンをして……勝利したモニカとガウェインが、中央に座る俺の隣へと座ることとなった。
後の仲間たちは、背後で待機する形となった。
「お待たせしたな、諸君」
数分後。扉を開いて、ブランシェット伯爵と黄色いドレスを着たリリエットが姿を現した。
二人は俺たちの向かい側のソファーへと腰かける。
ブランシェット伯爵は膝の上で手を組むと、ニコリと微笑みを浮かべた。
「―――さて。改めて君たち『烏の爪』に依頼する仕事内容を伝えよう。既にご存知だろうが、依頼内容は我が娘、リリエットを王都へと連れていく護衛任務だ。馬車はこちらで手配したものを二台、使用していただこう。一台は君たち傭兵団が使い、二台目はリリエットが乗車するものとなっておる」
「ひとつ、ご提案がございます、閣下。お嬢様の馬車にこちらの手の者を一名配備するのは如何でしょうか? 万が一お嬢様の馬車に奇襲を仕掛けられた際、護衛が一人もいないというのは危険かと思いまして」
「申し訳ないが、娘はまだ嫁入り前の身。男性と狭い空間を共有させるわけには―――」
「勿論、そこに関しての配慮はできております。そうですね……私の配下である、モニカをお嬢様の近辺警護に付けるのはどうでしょう? 彼女は女性ですし、お傍に置いても問題にならないかと思いますが? 実力についても折り紙つきです」
俺はそう口にして、右隣に座るモニカへと視線を向ける。
するとモニカは緊張した面持ちを浮かべながらも、口を開いた。
「お、お任せを。お嬢様の身を、必ずや守ってみせます!」
「ふむ。確かに同乗するのが女性であれば何も問題にはならない、か。分かった。リリエットが乗車する馬車には護衛役のモニカ殿と、世話役のエリーゼを同乗させよう」
「こちらの提案に乗っていただき、ありがとうございます」
俺は小さく頭を下げ、伯爵に感謝の意を示す。
そして俺は、暗い表情を浮かべて俯いているリリエットへと声を掛けた。
「おや? リリエット様、大丈夫ですか? お顔の色が優れないようですが?」
「何でもないです。気にしないでください」
敬語でそう言葉を返してきたリリエット。
そんな彼女の様子を見て、ブランシェット伯爵は慌てて俺たちに顔を向け口を開いた。
「も、申し訳ない。この子は少し人と会話するのが苦手な子でな……! 昔から、一緒に育った幼馴染の二人とエリーゼにしか、心を開いてこなかったのだ……!」
「左様でございますか。幼馴染、ですか……。良いですね。私は昔から友人には恵まれてこなかったもので。一度手ひどい裏切りにあって以降、友人という関係を築くことに恐れを抱くようになってしまいました」
「ふむ? 背後にいる仲間たちは友人ではないのか?」
「私にとって彼らは仲間です。友とは肩を並べて対等に夢へと向かっていく者を指し示すもの。ですが仲間とは、私の夢に共感し、ついてくる者を指し示すものです」
俺のその言葉に、隣にいるモニカが、ジッとこちらを見つめてきた。
だが俺はその視線を気にするべくもなく、伯爵へと顔を向け続ける。
すると伯爵は、ふぅと、短く息を吐き出した。
「まだ子供の身だというのに、随分と達観した考えを抱いておるものだ」
「私は元はスラム出身ですので。普通の子供とは価値観が若干異なるのかもしれません」
「その割には、レイス殿は流暢で綺麗な言葉遣いをしておるな。ひとつひとつの所作も、貴族としてのマナーが完璧にできている。仮面で顔を隠しているところをみるに……元貴族か何かなのではないのかね? 君は?」
「フフフ。ご想像にお任せ致しましょう」
そうして、応接室での伯爵との仕事確認は、終わりを告げた。
リリエットは終始俯き、暗い表情を浮かべていた。
俺が知っている彼女はコロコロと表情が変わる少女だったが……この四年で随分と、変わってしまったようだな。
まぁ、奴はガストンに与する者、俺の知ったことではない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕方午後四時。
俺たちは城門近くに停めてあった馬車に、荷物を乗せていった。
先行する一台目には馬車を運転する御者と、俺を含めて傭兵団六名が乗り、後からついてくる馬車には御者、リリエット、エリーゼ、モニカの四名が乗る手筈となっている。
出発は午後五時のため、今現在、俺たちは荷造りをしていた。
寝袋や食料の入った鞄を仲間たちと共に馬車の荷台に載せていた、その時。
モニカが俺に近付き、声を掛けてきた。
「あの、レイス殿。少しよろしいでしょうか?」
「どうした、モニカ」
俺は荷物を載せた後、馬車の荷台の上に立ち、下にいるモニカへと視線を向けた。
するとモニカは何処か緊張した様子で、口を開いた。
「私たちはこの一か月間、レイス殿の指揮のおかげで、傭兵団として名を上げてきました。レイス殿がいなかったら、私たちは未だにスラムで盗賊たちの手先として、窃盗をして生きていたことでしょう。こうして手に職を持って正しい道に進めていられるのも、全ては貴方様のおかげです。本当にありがとうございました」
そう言って頭を下げてくるモニカ。俺はそんな彼女に、首を横に振る。
「俺が君たちに提示しているものが、常に正しい道とは限らない。悪いが俺は君たちを自分の目的のために利用している。モニカ、君は以前に高潔な女騎士を目指していると言っていたな。俺が目指すものは、恐らく君の理想とは相反するものだろう」
「……利用……だから、レイス殿にとって私たちは友人ではなく仲間、なのでしょうね。私たちはレイス殿の目指す国盗りの夢をただ追いかけているだけですから……」
「? 何が言いたい?」
「先ほど、伯爵に言っていた話なのですが……レイス殿は過去に、友人に裏切られたと、そう仰っていましたよね?」
「あぁ。そうだが?」
「これだけは貴方に言っておきたくて。……私たちは、過去にレイス殿を裏切ったその人たちとは違います。私たちが貴方のことを裏切ることは、絶対にありません。私たちは貴方を仲間ではなく友人として見ていますから。一か月も一緒に居たのです。そろそろ……貴方が抱えるものを、私は知りたいと思っております」
「モニカ……」
「し、失礼します! リリエット様の近辺警護へと戻ります!」
そう言って、モニカはリリエットとエリーゼの荷運びを手伝うために、後方の馬車へと向かって行った。
その時、マリーゴールドとガウェインが、荷物を持ちながら俺の元へと近付いてきた。
「あの子は本当、真面目ちゃんだよねー。多分、レイスくんが裏切られたって話を聞いて、同情しちゃったんだと思うよー」
「まっ、根が適当な俺たちとは違うよな。なぁ、マリーちゃん」
「ちょっと! そこ、どさくさに紛れて肩に触ろうとしない!」
ガウェインにセクハラされそうになったマリーゴールドが、彼の手の甲を抓り、撃退した。
ガウェインは抓られた自身の手の甲にフゥーフゥーと息を吐き、辛そうな顔を見せる。
「ったく、容赦ねぇのな、マリーは!! お前、美少年好きって言ってオレに靡かないのはいったいどういうことなんだよ!」
「あんたはどっちかっていうとマッチョ系のイケメンでしょ? マリーの趣味じゃないのよー。私、可愛い系が好みだから。ね、レイスきゅん?」
あざといポーズを決め、俺にウィンクしてくるマリゴールド。
そんな彼女に、ガウェインは引き攣った笑みを浮かべる。
「大将の何処が可愛い系なんだよ……。変な仮面被って眼帯してる、変人系だろ……」
「お前に変人とは言われたくないのだが、ガウェイン……」
そう、ガウェインに呆れたため息を吐いていると、彼は俺にまっすぐと視線を向けてきた。
「まっ、モニカは真面目な委員長タイプだからさ。すぐに人の苦労を買って出るんだよ。だからリーダーとしてちょっとあいつのこと見ててやってくれよ、大将」
「そういえば、ガウェインって、ルキナちゃんとモニカちゃんにはナンパしないよねー? なんでー?」
「そりゃ、あいつらはオレの幼馴染だからな。オレにとってあの二人は妹という立場に近い。実際、オレは18歳で、ルキナとモニカは15歳だし」
「え? あんた、そんなに歳上だったんだ!? 私14歳ー。レイスきゅんは?」
「……俺も14歳だ」
「同い年だったんだ!? きゃーっ、マリー、嬉しいーっ!! 今度からマリゴールドじゃなくて、マリーって呼んでよ、レイスきゅん?」
「そのきゅんっていうのをやめたらな……」
マリーゴールドからたくさんのウィンクとハートを飛ばされているのに辟易としていると、ガウェインがすれ違った女性に、鼻の下を伸ばした。
「お、おぉ……! 今の子、すっげぇ美人さんだったぜ……!! ちょっとオレ、ナンパしてくるから、お前らこの荷物、頼んだ!!」
「はぁ!? 今から仕事でしょ!? どこいくのよ、この馬鹿はー!! もう、モニカがいないとこのナンパ男の制御が効かないわねー!!」
マリゴールドは嘆きの声を上げながら、ガウェインを追いかける。
そんな二人を見て、荷物を持ってこちらに歩いてきたルーカスはポソリと口を開いた。
「相変わらずの馬鹿どもだぜ」
ちなみに後から気になって聞いてみたが、ルーカスとジェイクは15歳、アビゲイルは17歳だった。
つまり、この一団で一番の最年長は……あのナンパ男、という結果になってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車が城門を通り抜けて数十分後。時刻は日も傾き始めた午後五時過ぎ。
俺たちは現在、何事もなく、馬車に乗って街道を走っていた。
先行して走るのは傭兵団の馬車で、後から続くのはリリエットが乗る馬車だ。
馬車の乗車席にはルキナ、ジェイク、マリゴールドが座り、荷台には俺、ガウェイン、アビゲイル、ルーカスが座っている。
ゴトゴトと馬車に身体を揺らしながら、荷台の上でボーッと、背後から来るリリエットの馬車を眺めていると……突然、ガウェインが声を掛けてきた。
「なーに、ずっとお嬢様の馬車を気にしてんだよ、大将。……あ、分かった。大将、もしかしてあのお嬢様に一目惚れでもしたんだろ? そうなんだろ? いやー、綺麗だったもんなー、あの子」
そう言ってガウェインは俺の隣に腰かけると、干し肉を手渡してきた。
俺はその干し肉を受け取ると、ため息を吐く。
「お前じゃないんだ。色恋になど興味はない。単純に、警護に問題が無いか見ているだけだ」
俺がそう口にすると、アビゲイルが俯きがちに、開口した。
「でも……レイスさん、あのお嬢様に会ってから、何処かおかしいです……」
「それ、さっきルキナにも同じようなことを言われたな。俺はそんなに様子が変わって見えるのか? アビゲイル」
「は、はい。何か……ちょっとだけ、怖い雰囲気になってます、レイスさん……」
感情を表には出していないつもりなんだけどな。
どうして、ルキナもアビゲイルも、俺が怒っていると思うのだろうか?
俺が訝し気に首を傾げていると、ガウェインが俺の肩に手を回してきた。
「馬鹿野郎、お前って奴は頭が良い癖に、女の感情を読むのが苦手な奴だなー。良いか? ルキナもアビゲイルも、お前をいつも見ているから、些細な変化に―――」
「や、やめてください、ガウェインさん!」
アビゲイルは立ち上がると、ポカポカと、ガウェインの肩を可愛らしく叩いた。
そんな二人の様子を見て呆れていると……荷台の端に座っていたルーカスが口を開いた。
「おい、軍師殿、もうすぐ日が落ちるぞ。そろそろ夜盗どもが活発になる時間帯になる。今夜は野営地を決めて、夜明けを待った方が賢明だと俺は思うぜ。リリエットお嬢様の命を優先するのならな」
「あぁ、その通りだな。御者に馬車を停めるように言ってくる。ルーカス、お前はお嬢様の馬車に野営することを伝えてきてくれ」
「分かったぜ。じゃあ、行ってくる」
馬車の荷台から飛び降りるルーカスを見送った後、俺は乗車席へと戻り、御者へと声を掛けた。
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