14歳ーリリエット警護任務編 第16話 仮面の軍師レイス
傭兵団『烏の爪』を、傭兵団詰所で登録した後。
それから俺たち八人は、日々、コンスタントに任務をこなしていった。
「―――モニカ、ガウェインの二人は、路地裏を回り、道の先で目標を待ち伏せしろ! 俺はこのまま奴を追いかける!! 手筈通りにルキナがいる場所へと追い込むんだ!! 良いな!!」
「あいよ、大将!」「分かりました!」
モニカとガウェインと別れ、路地裏を走り、俺は目の前を走って行く指名手配犯を追いかける。
「ち、ちくしょう! 何で俺が、こんなクソガキどもに……!! ふざけてんじゃねぇぞ!!」
悪態をつく指名手配犯。
そんな彼を追いかけること数分後。指名手配犯の前に、二人の人物が現れた。
「そこまでだ!」
指名手配犯が逃げた先にいたのは、先ほど別れたばかりのモニカとガウェイン。
その姿を見た指名手配犯は「ヒィ」とか細い声を漏らし、別の道へと逃げようと方向転換するが―――頭上の建物からルキナが飛び降り、指名手配犯の背中に圧し掛かった。
「ぐへっ!?」
「よし、作戦通りに捕まえたぞ、レイス!」
背中を足で踏みつけ、即座に腕を拘束するルキナ。
俺はそんな彼女に、笑みを浮かべる。
「よくやったぞ、ルキナ」
そう声を掛けた後、俺は、捕らえられた指名手配犯の前に立つ。
すると彼は、怯えた声を漏らした。
「な、何だ、お前……仮面……?」
「リチャード・ベイネル。貴様は離婚した元妻を殺し、財産を奪ったそうだな。無辜の民を傷付けし者よ。貴様にはそれ相応の報いを与えてやろう」
満月を背景に、俺は、彼に向けて手を伸ばした……。
翌日、町の中央にある時計台に裸で吊るされている男がいたが、それは別の話。
――これが初任務。報酬は銀貨五枚。
その後も、俺たち『烏の爪』は、たくさんの任務をこなしていった。
麻薬を密造している『鳶』の残党の別のアジトを襲撃したり。
「良いか? 盾役のジェイクが先行し、その後ろを俺とルキナが続いて、残党のアジトへ正面突破を掛ける。その隙に背後の入り口からガウェイン、モニカ、ルーカスが侵入して、敵の虚を突け。その後にマリーゴールドとアビゲイルが続いて中に入り、連携して矢と魔法を放つ。この戦略でいくぞ」
その次は、アンバーランドと王都を繋ぐ街道に現れた盗賊団を討伐したり。
「囮として雇った荷馬車が通るのを先んじてここで待ち伏せし、相手を背後から討つ。相手はまさか自分たちが待ち伏せされているとは思わないはずだ。その混乱に乗じて、一気に敵を叩くぞ」
俺たちは数々の任務をこなし、徐々に、アンバーランド内で有名な傭兵団となっていった。
傭兵団を結成して一か月後。功績を重ね続けて、ついに上から三番目のランク、銀等級傭兵団へと成り上がった。
同僚の傭兵たちからはいい顔をされなかったが、俺たちは今のところ請け負った仕事の達成率は100%。仲間の死亡もない。
周囲は、実力で黙らせた。
「みんな、見て見て! 黒いバンダナ!!」
銀等級を取った、その日の夜。
スラムのアジトで皆で夕食を摂っていると、マリーゴールドが首元に付けた黒いバンダナを見せてきた。
その光景に全員、意味が分からず首を傾げてしまう。
そんな皆に対して、マリーゴールドは人差し指を立て得意げな顔をして、口を開いた。
「やっぱり仲間なんだからさ、みんな、同じ色の付いたものを身に付けようよ!! というわけで……烏を模した、黒いマントとか付けちゃわない? 全員で!!」
「ユニフォーム、ということか?」
「そういうこと! というわけで、全員分の衣装を用意しちゃった! はい、レイスくんにはこの黒いマントを上げる! リーダーということもあって、レイスくんのマントには、黒い烏の紋様を付けておいたよ!!」
俺はそれを受け取ると、広げてみて、その紋様を眺める。
「この烏の紋様はお前が考えて刺繍したのか? マリーゴールド」
「う、うん。頑張ってみたんだけど……どうかな?」
「悪くない。これを俺たち傭兵団の旗にしても良いかもしれないな」
「ほ、本当!?」
パァッと顔を輝かせるマリーゴールド。
その後、彼女は仲間たちにそれぞれ黒いマントを渡していった。
ルーカスだけは愛用のマントを使いたいらしく、拒否していたが……マリーゴールドが怒ったため、しぶしぶマントの切れ端を千切って、それを腕に巻くことで許されていた。
全員が黒い衣装を身にまとったことを確認し終えると、俺は席を立ち、皆の前に立って声を張り上げる。
「よし。全員、同じ衣装を身にまとったことで心は一つになったな。ここで皆に次の任務を伝えようと思う」
俺は一枚の紙を懐から取り出し、それを見つめる。
その内容を見て俺は苦悶の表情を浮かべるが……すぐに冷静さを取り戻し、皆に向けて口を開いた。
「次の任務。それは―――――」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……お嬢様。朝食をお持ち致しました」
片手に食事の乗ったトレイを持ったメイドは、部屋の扉をノックし声を掛ける。
そんな彼女に対して、部屋の主は扉越しに言葉を返した。
「いらないわ」
「ですがお嬢様、昨日もろくにお食事を摂っていらっしゃらなかったではないですか? このままでは体調にも影響が……」
「いらないって言っているのよ!!」
ドシンとドアに何かがぶつけられる音が聞こえる。
メイドは小さく息を吐くと、ポケットから鍵を取り出し、ゆっくりと扉を開いた。
部屋の中は――グチャグチャになっていた。
床には脱いだ衣服や本、テーブルランプなどが散乱し、足の踏み場もなくなっていた。
メイドはその光景を確認し、テーブルに朝食を置いた後。
ベッドで上体を起こし、俯いているこの部屋の主である少女―――リリエットへと声を掛ける。
「お嬢様。ガストン様と婚約破棄したことについて、お父様がお話があるそうです」
「嫌よ! どうせよりを戻せとかそういうことでしょう!? あたしは、グレイスを助けるためだけにあいつに近付いたの!! グレイスがいなくなった今、あの男と婚約する必要なんてないわ!! あたしは……グレイスと結婚したいの……あいつとじゃないわ……」
毛布を握り締め、リリエットはポロポロと涙を流す。
そんな彼女の横に座ると、メイドは微笑を浮かべた。
「勿論、リリエット様がグレイス様をお慕いしていたことは、長年リリエット様の世話係を務めてきた私も存じております。貴方様は幼い頃からグレイス様だけを追いかけ見つめ続けてきた。だけど、いつも素直になれなくて、御屋敷に帰ってくる度に落ち込んでいた……四年前、婚約というチャンスが巡って来た時に貴方様が誰よりも喜んでおられたのを、今でも覚えております」
「だったらエリーゼ、貴方からお父様に言ってちょうだい!! あたしは王宮に戻るつもりはないって!! あたしはもう一生部屋から出たくないの!!」
「使用人である私では、そのような意見は言えません。ですが、お父様もきっと、リリエット様のことを考えていらっしゃるはずです。一度、お話してみては―――」
「話したところで、どうせガストンの元へと戻れと言うだけだわ!! お父様は、陛下が亡くなってから変わってしまわれたわ!! いつもブランシェット家の未来ばかり考えて、あたしのことなんて何も考えてない……もう、いや……誰か……誰か、助けてよ……」
落ち込むリリエットに対して、メイドは苦悶の表情を浮かべる。
―――その時だった。部屋をノックし、ブランシェット伯爵が姿を現した。
「リリエット。入るぞ」
「!? ご主人様!? リリエット様との会話は私だけという約束では!?」
「エリーゼ、私には時間がないのだ。分かってくれ」
そう言って部屋に入ってきたブランシェット伯爵は、塞ぎ込むリリエットの前に立つと、声を掛けた。
「リリエット。ガストン様がお呼びだ。今すぐ、王都へと向かうのだ」
「嫌」
「……お前の婚約を破棄したいという想いは十分に分かった。だが、ガストン様は一方的に婚約を破棄したお前ともう一度話がしたいと仰られている。会食をするだけでも良い。王都に行って話を付けてこい、リリエット」
「絶対に行かない」
「……アグランテ家は次代の騎士王家。アグランテ家と親密な関係にならなければ、ブランシェット家の未来は終わる。アグランテ家に臣従しなかった貴族がどうなってきたか、お前も分かっているだろう? これは我らの命を守るためでもあるのだ!! 行け、リリエット!!」
ブランシェット伯爵はリリエットの腕を掴むと、無理やり立ち上がらせ、部屋の外へと向かった。
リリエットは悲鳴を上げ、反抗するが……為す術もなかった。
「やめてよ!! もう嫌なの!! グレイスを殺したあの男の顔なんて見たくもない!! 憎しみしか湧かないわ!!!!」
「次代の騎士王に向かって何という口を利くのだ、リリエット!! 昔の婚約者のことなどもう忘れろ!! グレイス殿下はガイゼリオン陛下を暗殺した逆賊なのだぞ!?」
「違う!! グレイスは……陛下を殺してなんていない!! どうしてみんなグレイスのことを酷く言うのよ!! こんなの……あんまりよ……!!」
力の無くなったリリエットを廊下へと無理やり連れていくブランシェット伯爵。
そんな彼の行動に、メイドのエリーゼは慌てて声を張り上げた。
「ご、ご主人様、それではリリエット様が可哀想では……」
「エリーゼ、理解しろ! アグランテ家に臣従の意を示さねば、私もリリエットもお前も……アンバーランドの民も、皆、路頭に迷ってしまうのだ!! 我らの運命は、リリエットに懸かっているといっても過言ではない!!」
「ご主人様……!!」
廊下で騒ぐブランシェット伯爵とリリエット、エリーゼ。
そんな彼らの前に―――ある一団が姿を現した。
その一団の先頭に立っているのは、仮面の男。
彼は、ブランシェット伯爵に声を掛ける。
「何かトラブルですか、伯爵」
「……おぉ!! 来てくれたのか、『烏の爪』よ!! 貴殿らの噂はしかと聞いているぞ!! 盗賊団『鳶』を討滅し、その後、僅か一か月で数々の賞金首や盗賊団、犯罪組織を討伐してきたそうだな!! 子供ながらにとんでもない戦略を練ると聞いている!!」
リリエットは顔を上げる。
そして彼女は仮面を被った少年と、その背後にいる黒いマントを身にまとった集団を見て、訝し気な表情を浮かべた。
「……誰、この不気味な仮面の人は」
「はっ、不気味な仮面だってよ。やっぱりお前のその仮面はどうかしていると思うぜ、レイス」
「ルーカス、ちょっと黙ってください。伯爵とご令嬢の前ですよ」
「も、もがっ!?」
フードを被った銀髪の少年を、金髪の少女は背後から手を伸ばし、彼の口を塞いだ。
仮面の少年は「騒がしくて申し訳ございません」と伯爵に謝罪した後、リリエットに向けて膝を付いて頭を下げると、続けて口を開いた。
「お初にお目にかかります、リリエット様。まさかブランシェット家のご令嬢がここまでお美しい御方だとは思いもしませんでした。私は傭兵団『烏の爪』を率いるレイス、と申します。以後、お見知りおきを」
「傭兵団……? 傭兵が何でこの御屋敷にいるの……?」
「お前を王都まで護送するための護衛として彼らを雇ったのだ。お前も『烏の爪』の噂くらいは知っておろう?」
「なにそれ? からす……?」
「そうか。お前は半年近くも部屋から出ていなかったからな。外の世情には疎いか」
そう言って肩を竦める伯爵に補足するように、エリーゼがリリエットに顔を向け、口を開いた。
「傭兵団『烏の爪』は、一か月前に突如現れた、子供だけで作られた傭兵団です。長年アンバーランドに巣食っていた盗賊団『鳶』の討滅に成功しただけではなく、ブランシェット領にいる数々の犯罪者を討伐して、上から三番目の位、銀等級傭兵団として名を馳せている一団です。リーダーのレイス様は戦場で仲間を一人も失わない、完璧な戦略を見せる謀略の鬼神、仮面の軍師といわれております」
「そんな人たちが、アンバーランドにいたんだ……」
驚きの声を上げるリリエット。そんな彼女に、仮面の少年は穏やかな声を返す。
「いえいえ。まだまだ私たちは若輩の身。ですが、リリエット様の護衛を任せられたのは、身に余る光栄でございます。傭兵団『烏の爪』としては、ブランシェット家とは良い関係を築いていきたいと考えておりますので」
「こちらとしても貴殿らとは密接な関係を築いていきたいと考えておる。さぁ、エリーゼ、『烏の爪』の方々を応接室へとお通ししろ。リリエット、お前は今から旅支度だ。王都へと向かう準備を整えよ」
「……分かりました、お父様……」
そう言ってリリエットは、廊下の奥へと、とぼとぼとと歩いて行った。
その後ろ姿を、仮面の少年はただジッと、静かに見つめるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
メイドのエリーゼの案内に従い、応接室へと向かい、長い廊下を歩いている途中。
ふいに、ルキナが俺の顔を覗き込み、声を掛けてきた。
「……おい、レイス。お前、大丈夫か?」
「大丈夫、とは?」
「いや、あのお嬢様と顔を合わせてから何かお前、変な雰囲気だからさ。もしかして、怒ってる……のか?」
「そんなわけないだろう。彼女と俺は初対面だ。怒るも何もない」
「そう……だよな。ごめん、アタシの勘違いだったな」
そう言って申し訳なさそうな顔を見せるルキナ。
仮面を付けていて表情など見えないというのに……洞察力が鋭い奴だな。
王子グレイスは数か月前に死んだ。今の俺は仮面の軍師レイスだ。
だから、王子グレイスとしての感情を、表に見せることはない。
俺が感情を表に見せる時は……国を取り戻し、復讐を遂げるその日だけだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
第16話を読んでくださって、ありがとうございました。
9話のあとがきのネタバレで読む気が無くなったと仰っていた読者様がいらっしゃいましたが、ここでお詫び申し上げます。本当に申し訳ございませんでした。
前話も今までのお話に比べてハート数が少ないので、面白くなかった感じですよね? 本当に申し訳ございません。
ここまで読んでくださった皆様には感謝しかありません。
この作品を読んでくださって、本当にありがとうございました。
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